空を翔けて落ちる
やってきたのは、都会にある大きな劇場のシアターのような場所。
大きなモニターに反して、客は誰もおらず閑古鳥が鳴いている。
「本当に映画館みたいだな……。一体、どうなってるんだよ……」
劇場と映画館と……居間。死んだ後の世界にしては、よくわからない組み合わせだ。
「流れてくる映像も選べないし、いつ始まるかもわからない。とっても不便な
ソウマは少し不満げに近くの座席に腰掛けた。落合君も隣の座席にちょこんと座る。
「……自分が目を覚ました時、ここに居たんですよ」
「へぇ、そうなのか。なぁソウマ、俺は劇場にいたのは、何か意味があるのか?」
「さぁね。ボクに聞かれても、満足してもらえるような答えは持っていないよ」
そうだった。ここにくる前、ソウマは案内しかできないと言っていた。
「なら、ここからいなくなった奴とかは……いないのか?」
「いたよ。1人だけね」
なんだ、ここから出られないわけじゃないのか!
なら話は早い。こんな摩訶不思議な場所、とっとと去らせてもらおう。
「本当か!?なら……そいつのことを聞かせて――」
話を聞こうとした、その瞬間だった。
あたりが暗くなり始め、スクリーンが白く光り始める。
「残念。この話は、また今度ね」
「自分、ここで流れる映像まだ見たことがないんですよ」
「ここで目覚めた時に流れてなかったのか?」
「えぇっと……流れ始める前に、ソウマ君が……」
「ま、まぁまぁ……!!ほら、オチ君!そろそろ始まるよ」
「いや、お前が原因なのかよ……」
まぁいい。結局、今から流れる映像を見ることになるんだから。
映画の内容とか全く聞いてなかったが、なんとかなるのか……?
不安を胸に、スクリーンに集中する。
◇
雲ひとつない快晴。
あれだけ綺麗に咲いていた桜も、いつのまにか色を落として緑一色になっている。
「ロン!へへっそいつでアガリだ!
「げっ!マジかよ……お前、イカサマだろ」
「う……俺、箱になったわ……」
「しゃーねぇなぁ。お前ら合わせて5000で許してやる。おら、とっとと財布出せ」
こんな快晴の日にオラついたこいつらは、屋上で賭け麻雀をしている。
はぁ……もう帰りたい……。
「おい落武者ぁ!!てめぇちゃんと見張ってんだろうな?」
「は、はい!自分、ちゃんと見てます!」
快晴の日に僕は、屋上で賭け麻雀をしているのを教員にバレないよう、見張りをさせられている。
そんな日常。こんな毎日の繰り返し。
…………。
*
でも、そんな僕にも最近できた密かな楽しみがある。
……そろそろ、その楽しみがやってくる。
太陽がちょうどてっぺんに昇る頃、中庭の草むらからガサガサと音を立てながら、茶トラの猫が近づいてくる。
「ン―」
「今日も来てくれたんだ〜。かわいいやつめ」
手のひらを差し出すと、茶トラ猫は近づいてきて顔を擦る。
換毛期がまだ終わっていないのか、毛があちこちに付く。
「ごめんね、今日はご飯持ってないんだ……」
今日はご飯よりも気持ちよく眠れる場所を探していたらしく、膝に飛び乗って丸くなる。
「へへへ……おまえは今日もふわっふわで、柔らかいな」
頭を優しく撫でると、気持ちよさように欠伸をしている。
ブラシでもあれば、この子はもっと喜んでくれるだろうか。
「……ほんとは家に連れて行ってあげたいんだけどな。ごめんよ」
母さんが猫アレルギーじゃなければ、今頃おまえは家にいるのにな……
「でもその代わり、今日はいくらでも僕の膝を使っていいぞ」
「ンナーァ」
温かい日差しと過ごしやすい気温が、眠気を呼び起こす。
昼食後というのもあって、さらに瞼が重くなってくる。
少しくらいなら、寝てもいいか……。
「午後の授業は……もう、いいか…………」
膝の上に暖かさを感じながら、眠りについた。
*
「ん……さむっ……」
次に目を開けると、辺りはすっかり暗くなっている。
膝の上にいた友達も、ふわふわの置き土産を残していなくなっていた。
「げっ……帰る前にちゃんと全部綺麗にしないと…………」
もし家にあの子からのお土産を持って帰ってしまうと、母さんの目がゾンビ映画のエキストラに出られるほど真っ赤になってしまう。
悪いけど、全部落として帰ろう。
カバンからカーペットクリーナーを取り出してコロコロと回す。
「おや、学生さんかな。そろそろ19時過ぎるから、正門が閉まる。急いだ方がいいよ」
中庭にある自販機帰りの警備員さんとばったり遭遇し、現在の時刻を知る。
19時!?いくらなんでも寝過ぎだ。春眠暁を覚えずというが、流石にぐっすり眠り過ぎだ。
「マジですか!?すいません、すぐ出ます!!」
クリーナーをカバンにしまい、全速力で走る。
「だぁ〜……つっかれた……」
幸いなことに学校から家まではそこまで遠くはなく、走ればすぐにでも家に帰れる。
ただ……家に帰っても誰も居ない。
幼い頃に両親が離婚し、僕は母親について行った。
その母は夜遅くまでどこかに行き、そのまま帰ってこないことの方が多い。
食費代として幾分もらってはいるが、成長期真っ只中の男子学生1人が十分な量食べるには、少し足りない。
毎日、毎日、毎日、毎日……この生活。
何かが足りない。いや、全部足りない。
ありふれた学生として学校に通うことも、ごく普通の家庭で過ごす時間も。
僕には……寄り添える相手が……どこにも居ないんじゃないか。
あの中庭で過ごす昼間以外、生きている心地がしない。
眠れない。昼に寝過ぎたのもあるだろうけど……。
朝が来るのが、怖い。こんなにもお昼が待ち遠しいのに。
明日になれば、またあいつらにこき使われて……誰も助けてくれない。
苦しい、苦しい。いきなり隕石でも降ってこないかな。
……そしたら、楽になれるのに。
そんなことを考えていると雀の鳴き声が聞こえ始め、朝が来たことを教えてくれていた。
春眠暁を覚えず。不満と不安が詰まった日は、春の暁を見ることができるのかもしれない。
もしあの茶トラ猫が来なくなったら、僕はどうなるんだろう。
その答えは、すぐに知ることになった。
*
すっかり春は過ぎ、ゴールデンウィークも終わった頃。
今日も憂鬱な朝が来た。母さんは今日も帰ってきていない。
休みの間は何もすることがなく、ただただ過ぎていく1日を浪費していた。
外に出ようとも思ったが、ここのところずっと天気が悪く、出る気を削がれていた。
そして……やってきてしまった月曜日。
久しぶりにあいつと会える。そう思っていたのに、そんな小さな願いすら叶わなかった。
朝日は差し込まず、雨も降っていない中途半端な天気の朝。
学校に着くや否や、あのオラついた麻雀組に校舎裏へ連れて行かれた。
そしてそこで見たのは見るも無惨な、あの猫の姿だった。
ふわふわだった茶色い毛は、酸化した血でドス黒くなり、固まってしまっている。
その姿を見た時、衝撃で言葉が出なかった。
え、……え………………え?
「ぷっ……ははは!!やっぱりこいつ、声もだせねぇみたいだぜ!賭けは、俺の勝ちだな」
「な、な…………なんで……?なんで、こんなこと……?」
「……理由か?てめぇがチクったんだろ?」
「…………は?」
「だから!てめぇが
いきなり胸ぐらを掴まれ、身動きが取れなくなる。
……なんの話をしているんだろうか。やってない。本当にやっていない!!
「ち、違う!もしチクったとして、自分に、なんの意味が――!」
「うるせぇ!!てめぇのせいで、俺たちの居場所は無くなっちまったんだ!」
「だから俺たちは居場所を奪ってくれたお礼に、お前の居場所も奪うことにした」
「……っ、だから!!僕はそんなことしてないって……!!」
「けっ、話にならねぇな。せいぜい、そいつと仲良くやってろ」
「ま、待ってよ……!!」
この場から立ち去ろうとする奴らの肩を、懸命に掴む。
「触んなっ!!」
鋭い拳が飛んできて、あの子の側まで突き飛ばされた。
どろどろの血溜まりの中に飛ばされ、うまく立ち上がれない。
「待ってよ……なぁ……待ってくれよ…………頼むよ……」
あいつらの姿は、もうない。すぐそばの死骸には蝿が群がっている。
冷たくなった顔を撫でても、あの人懐っこい声は、もう聞こえない。
『お前が殺した』『お前のせいで』『お前の…………』
頭の中でぐるぐると声が聞こえる。何も、わからない。
僕は何もしていない……。それなのに、どうしてこうなってしまった…………?
たった1つだけの、僕が僕でいられる居場所。それをあっさりと……。
何もしていないのに、あいつらはなんであの子の命を奪ったんだ。
「どうして…………どうして……。…………ごめん……ごめんな…………」
僕と関わってしまったばかりに。いつかは死んでしまうだろうけど、こんなことには…………。
僕の、せいだ。全部、全部、全部全部全部!!僕の…………せいだ。
「くそっ……!くそっ…………!!…………くそ……っ」
遣る瀬無い気持ちが、頭の中に巡る。
どんどんと目が熱くなり、涙が溢れる。
不甲斐ない僕は、この場でただ泣きじゃくることしかできなかった。
*
……何時間、ここにいるんだろうか。
いつも毛がついていたズボンには、すっかり血が滲んでいる。
蝿の飛ぶ音すら、もう気にならない。
――ポタッ
冷たい雫が顔に降ってくる。
「雨だ…………」
朝からずっと不安定だった天候は、ついに崩れ始めた。
足元の血溜まりが、どんどん雨水と混ざっていく。
もう、どうしようもない人生。終わりにしてしまおう。
どうせ誰も悲しまない。父さんからの連絡も、ない。
……母さんが帰ってこないのも、別の男ができただけってわかってた。
そんな苦しい現実を見ないように、ずっと目を逸らし続けてた。
でも……でも今日、どうしようもない現実を突きつけられた。
僕は何もしていない……。何も、してこなかった。
今まで生きてきた意味を考えながら、誰も居ない校舎の階段をのぼる。
長い階段をのぼりきってようやく屋上に辿り着き、フェンスをよじ登る。
「……もう…………終わりなんだ」
ようやく……終わる。
全身に風を感じ、どこか心地よさを覚える。
この風をいつも感じる鳥は、案外悪くないのかもしれない。
「来世は猫か鳥がいいな」
◇
画面が暗転し、これまで聞こえていた雨の音が聞こえなくなる。
画面が元に戻ると、雨がどんどんひどくなり、ついに雷まで鳴りはじめた。
水たまりの中に、赤色の根のようなものが伸びていく。
遠くに聞こえるサイレンの音が、どんどん高く聞こえてくる。
そこで、この物語は終わった。
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