天国か地獄か
「――きて。そろそろ起きて!」
どこかで聞いたことのあるような声が、うっすらと聞こえる。
先程まで聞こえていた水が落ちる音も二ベルの音も、いつのまにか聞こえなくなっていた。
目を開くとそこにあった光景は、さっきまでいた誰もいない劇場ではなく、どこの家にでもある居間のような場所だった。
「……あれ……もしかして劇は…………」
「え?あぁ、もう終わったよ」
どうやら、あの人形の劇はかなり前に終わったらしい。
青年が言うには、俺は着替えている途中に消えて気がつくと足元で倒れていたらしい。
そして慌てて俺を担いで、ここまで運んでくれたらしい。
「なら、ここは……?」
「あぁ。ここは……ボク達の――」
「あーーーっ!!!」
犬が吠えるような大きな声が聞こえ、制服を着た男の子が勢いよく駆け寄ってきた。
青年はどこかぎこちない顔をしていたように見えたが、すぐにその顔はニヤニヤした顔に戻った。
「スーツのお兄さん!やっと起きてくれたんですね!!よかった〜」
「え、えっと……君は……?」
「自分、
右手を突き出して、はちきれんばかりの笑顔でこちらを見ている。
家にいる小型犬が、客人に対して元気に近づいてくる。そんな雰囲気を、この子から感じた。
「あ、あぁ……よろしく」
「自分はお兄さんのこと、なんて呼べば……?」
咄嗟に答えようとしたが、自分が何者だったかをうまく思い出せない。
思えばあの劇場に居た経緯やそれ以前の記憶が、ポッカリと抜けてしまっている。
「あー。悪い……その…………名前とか、いろいろ思い出せないんだ」
「そう……なんですね!すぐに思い出すといいですね!!」
あまりの明るさに少し押されながらも、握手を交わす。
握手をしていると、ひょっこりと青年が飛び出してきた。
「そういえば、ボクも名乗ってなかったね。ボクのことは、ソウマって呼んでよ」
ソウマ……ソウマって、さっきの……!!
ソウマヒナタ。もらったパンフレットに書いてあった、劇の作者だ。
「もしかしてお前、ソウマヒナタか?」
「うーん……惜しい!半分正解、かなぁ」
「……半分?ってことはもしかして、共作とかなのか?」
「わお、大正解!キミ、冴えてるね〜」
ソウマは俺に指を刺して、ケラケラと笑いながらダイニングチェアへ座る。
それについていくように、落合君もチェアに腰掛ける。
「そういえば、ヒナタさんはどこに行っちゃったんですか?」
「さぁ?またあの
シ、シアター!?この家は、そんなに豪邸なのか……?
置かれている家具や家電を見る限り、ごく普通の家に見えるのだが…………。
もしや、とんでもない富豪なのか……?
「な、なぁソウマ。ずっと気になってたんだが、ここは一体どこ……?」
家具を傷つけないよう、おずおずとイスを引き丁寧に座ってソウマに話しかける。
「え?あぁ!まだキミに説明してなかったね。ここは、死んだ後の世界だよ」
「へぇ!死んだ後の……って、え……?は? なんかの聞き間違いか?今、死んだっていったか……?」
「え、うん。キミは、しっかり死んでるよ?」
そんな日常会話の感覚で、死んだことを伝えられても……!!
嘘だ、信じられない。もしかして、俺を騙そうとしてるのか?なにかの番組のドッキリとか……?
「な…な、なぁ落合君。今日って、何月の何日かわかるか……?」
「……?えっと…ごめんなさい!自分もここにきてからあんまり時間が経ってないので、わからないんです……」
落合君は困惑しつつも申し訳なさそうにこちらを見て、頭を下げる。
「…………少なくとも、4月ではないと思うよ。この答えで、キミは満足かな?」
一連のやり取りに一瞬ソウマも眉間に皺を寄せたが、すぐにひらめたようで自信満々そうに答えてくる。
いや、でも……
「じゃあ、なんで俺はここにいる?死んだら天国か地獄に行くんじゃ……」
「残念だけど、ここがどこなのかはボクも完全に理解してないよ。けど、ここの案内くらいなら……多分できるよ」
天国でも地獄でもない場所……。死んだ後の世界……。
いきなりSFの世界に飛ばされた気分だ。
「そうか。……なら今すぐにでも案内してくれ。ここがどこなのか、気になって仕方がない」
「えぇ……今から!?そうだなぁ――」
「あ、あの!先に飯、食べませんか?自分、お腹すいちゃって……。お兄さんも、何も食べてませんよね?」
落合君は台所へ向かい、ご飯の準備を始めている。
言われてみれば……確かに。どうやら、この死んだ後の世界でも腹は空くらしい。
「……わかった。ソウマ、食べ終わったらすぐにでもここを案内して欲しい」
「はいはーい。あ!ねぇオチ君。チナツちゃんの作り置きってまだ残ってる?」
「確か……あった!まだ残ってますよ!一緒に食べます?」
「うん。よろしく〜」
「お兄さん、嫌いな食べ物とかあったら言ってくださいね!自分が食べます!」
「え?あぁ、うん。ありがとう……」
見たことのない劇場で目を覚まして、人形がやっている劇をみて、
知らない場所で、知らない奴らと食卓を囲むなんて……
何が起こるか、わかったもんじゃない。
早く記憶を取り戻して、ここから出る方法を探さないと……。
そう決意を固め、用意してくれた卵かけご飯を、勢いよく掻き込む。
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