召されたまま

のなめ

存在しない千秋楽

観客による鳴り止まない拍手の音。

上がる歓声を後にステージから捌ける。

まだ終わらないでと熱狂的なファンからの名残惜しそうな声に、舞台の成功を確信する。

誰もが憧れて、一度は夢みるような主役に俺は、ついになった。


はずだった。


 

「…………俺は一体、どこで間違えた……?俺は今、何をしてるんだ……??」


目の前に広がるのは誰もいない劇場。俺は座席に座っていて、舞台に上がる演者ではなく観客になっている。

いつこの劇場に来たのかもわからないし、そもそもここがどこかさえわからない。


「くそっ。とりあえず受付まで――」

「ちょっと待って、もうすぐ始まるよ。お兄さん」


勢いよく座席から立ちあがろうとすると、隣に現れた若い青年に腕を掴まれ、座席に腰を吸い込まれた。


「うわぁっ!?お、お前誰だよ!さっきまでは、いなかっただろ!?」


青年はまぁまぁと俺を宥めるように両手を広げて突き出し、落ち着かせた。

そして青年はすぐに座席を深く座りなおし、真っ赤な緞帳を指差した。


「いまから面白いものが見れるから。騙されたと思って見てみようよ。……ほら、座って?」

「……イヤだ。俺は受付へ行って、スタッフにここがどこなのか聞きに行く。」


「ふーん。その格好で?」


青年は面白そうなものを見る目で、こちらを見ながらニヤニヤとしている。


「…………は?」

 

慌てて下を見ると、どこかの高級なホテルでシャワーを浴びた後のような服装になっていた。

こんなバスローブを着れるほど俺は金を持ってはいないし、持っていたとしてもこのバスローブは趣味が悪すぎる。

 

「ここがどこかわかんなくても、今キミがそのまま受付に行くと……そのまま通報だろうねぇ?」

 

青年は悪そうな顔をしながらこちらを見て問いかけてくる。


「あーあ〜。キミがこのまま一緒に見てくれたらなぁ〜。服なんて、いくらでも貸してあげられるのになぁ〜」

「ぐっ……」


このままここを出て、受付へ行って変態扱いされるのは御免だ。

ここがどこか知る前にムショにぶち込まれるのは……困る。


「…………もだ」

「え?」

「ここがどこなのかも教えろって言ったんだ!それなら……まぁ、見る」

「へへっ。取引成立、だね」


ため息を吐きながら、座っていた座席まで戻り泰然たいぜんと座す。

流れてくる風が全身を這うように伝うため、どこか気持ちが悪い。


「……なぁ、先に服だけでも――――」

「しーーっ。ほら、本ベルもなり始めたから。後でね」


おい、嘘だろ……。幕間まくあいまで俺はこの格好なのか!?

真っ暗になった空間に異彩を放つ、真っ白なバスローブ。

夜空に浮かぶ一等星のような存在感を放っている自覚がある。

 

「お前以外に客がいなくてよかった…………」

目覚めた瞬間に人生が終わるというヒヤリハットが、実現しないことにホッと安堵し、緞帳に目を向ける。


 ◇


緞帳が上がり、演者と観客が顔を合わせる瞬間。非日常へと誘われるその瞬間。

 

舞台に出てきたのは人間ではなく、一体の人形だった。

驚くべきはそこだけでは無い。その人形には糸や針金が通っておらず、中に人がいる様子もない。


「一体、どうなってるんだ…………」

「これ、あげる」


青年から渡されたのは、一枚のパンフレットだった。

パンフレットを開くと題名があり、作者はソウマヒナタ。聞いたことの無い名前だ。

『C’est la vie』。どうやら、とある男が生まれてから死ぬまでの人生譚らしい。


物語は産声から始まり、次第に聞こえなくなっていく水滴の音で終わる。

男の母親がある日自死する。そしてそれがきっかけで、男の人生が狂い始める物語。

そうして男は狂った人生に対して、何もかも諦めて真っ赤な水に沈んでいく……。


歯切れの悪い終わり方だが、人が生きるというのはこういうもんだろう。

死はいつもすぐ側にある……。生きてるうちは、生きるのに必死で見えていないだけ。

そう思わされたのは、演じていた人形のせいだろうか。

人形のはずなのに、人がその場で演じているように感じた。けど……


「まだ……足りない……」


この作品には、何かが足りていない。何が足りない……?

苦しさ……いや、後悔?生きづらさか……?それとも――


「――しもーし。もしもーし!幕間、終わっちゃうよ?」

「えっ」


 いつのまにか周囲は明るくなっており、

 着替えを用意した青年が、不思議そうな顔をして目の前に立っていた。


「大丈夫そ?ずーっと魂、抜けてたけど」

「あぁ、大丈夫。それより早く着替えてこないと……」


 用意してくれた服に手を伸ばすと、青年が突然グンと服を上に持ち上げた。


「着替え終わっても、どっかに行かないでくれる?」

「もちろん。俺はアニメや映画は、一気に見るタイプだからな」


青年はこの返事に満足したようで、持ち上げた服を下ろし、渡してくれた。

受け取った洋服はごく普通の黒いスーツで、異彩を放っているバスローブとは、これでようやくおさらばだ。

服をもらったのはいいが、新しく疑問が生まれる。


「それで……俺は、どこでこの服に着替えてこればいい?」

 

この服装で外に出ると一発アウトで退場になってしまう。

だからと言って、ここでいきなり着替えるのも……。


「別に、ここでいいんじゃないかな〜。ボクら以外、だーれもいないし」

 

青年は周りをぐるりと見渡して誰もいないことを確認した。

 

「本当に、誰もいないんだよな?」

「大マジだよ。信じて」

「……わかった。俺はお前を信じる」

 

とりあえず、下はローブ越しでも着れるから問題ないが……

バスローブを脱ぎ、そのまま座席に置く。


「なぁ悪い、そこに置いたシャツを取ってくれない――か……?」

 

視線を座席から上へあげると、さっきまでいたはずの青年はいなくなっており、この劇場に1人ポツンと取り残された。


「あ、れ……??」


青年がいなくなったとわかった瞬間、突然謎の孤独感に襲われ、全身に寒気が走る。

 

・・・

 

―――

 

・・・



まるで風邪をひいてしまったような、そんな感じ。

うまく、頭がまわらなくて……意識が朦朧としている……。

ここは、どこで……俺の…………名前は……


……何も思い出せない。


ただぼーっと降りている幕を見ていると、視界が徐々に薄れていく。

どんどんと全身の力が抜けて何も考えられなくなる。


「劇…………。青年……人形……」


真っ赤な視界。真っ赤。赤くて……水の落ちる音。

この記憶はさっき見た劇の……?

それとも……。


何も見えなくなる中、さいごまで水が落ちる音と二ベルの音が、混ざって聞こえていた……。


 






 

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