第126話 紅の行き先
【11月16日】
こちらの話がほぼ書きあがっていたので先に投稿します!
まだ復活のめどはたっていません…申し訳ございません。
今しばらくお待ちいただけると幸いです…!
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――あなたの事が大切だと言葉にしたところで、それが本心からのものだと証明するすべはない。
――あなたの事が大好きだと叫んだところで、その心を伝える手段なんてない。
――あなたの事を愛していると泣き縋ったとこで、それはあなたを苦しめる免罪符にはならない。
だから私は口だけではないのだと証明しよう。
この心を行動と言う形にして見せよう。
あなたがあなたをあなただけが私の大切なものだから。私がこの胸の中の愛を向けるのはあなただけだから。
おいついて、おいついて――死があなたに届くよりも先に。
そのほかの何を捨て去ったとしても必ず私が――を殺してみせる。
大切なあなたへの…他ならぬこの気持ちに誓おう。
私が私の私だけのこの想いに一切の嘘なんてないのだから。
此方から先は彼岸。
ならば彼方の前はきっと――。
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その少女は目が見えていなかった。
赤黒い錆色の髪の奥…本来ならば瞳が覗いているはずの場所には白い包帯がぐるぐると顔を回すようにして蒔かれており、少女の目がどのような形をしているのか伺い知ることはできない。
しかしその身に纏う雰囲気や所作からは静かで…そして柔らかな空気を纏う少女であると察することができ、カツンカツンと少女が歩くたびにその手に握られている杖が地面を叩く音が足音に混じることで視界が見た目だけではなく事実として封じられていることも察することができた。
そんな少女は杖を使い、器用に歩を進めながらとある場所で立ち止まった。
そしていつものように手に持っていた籠とお金を差し出しながら「いつもの果物をもらえますか?」と口にした。
しばらくすると少女の手から金の重みが消え、代わりに籠の中にそれ以上の重みが加わる。
「いつもありがとうございます果物屋さん」
籠の中に手を入れて目的の果物がそこにあることを確認し、少女はぺこりとそこにいるであろう人にむかって頭を下げた。
目が見えてはいないが少女はそこが果物屋であることを知っており、毎日ここに果物を買いに来ることが日課となっていた。
「…」
確かに気配は感じるのだが果物屋の店主は少女に話しかけることはなかったために本当にそこにいるのか少し不安になる。
しかし確かに果物自体は手に入れているのだからいないという事はないのだろう。
少女はもう一度だけ頭を下げると再び杖で地面を叩きながら歩き出す。
カツン、カツン
気にするような大きさの音ではないにも関わらず、そのおとはやけに耳を劈いた。
いったいなぜなのか?
それは周囲にほとんど音というものが存在していないからに他ならない。
まるで世界には少女一人しかいないかのように静かなのだ。
少女に耳に自分以外の足音は聞こえている。
人が通り過ぎていく気配も感じる。
しかし音がないのだ。
道行く人々は誰も声を出していない。
誰かと話すことをしていなければ、店の呼び込みは愚か些細な喧騒すら聞こえない。
異様にして異常な状況ではあるが目が見えない少女に周囲がどうなっているのかなどと確認するすべはなく…またこの静けさを除けば何も不都合はないので少女自身そんな状況に身を置かれていることに対していまさらなにかリアクションをすることもない。
ただただ手に入れた果物を抱えて帰路に就くのみだ。
やがて少女は地面を叩いていた杖からの反響で目的地に着いたことを理解し、杖ではなく手を伸ばしてひんやりとした感触の壁に触れる。
いや…それは壁ではない。
力を籠めればゆっくりと軋むような音をたてながらゆっくりと動くその壁は巨大な扉だった。
「ただいま~」
開いた扉の隙間に体を滑らせ、再び杖を使いながら進んでいく。
少女はなんとなくその建物の中が灯り一つない暗闇に包まれていることを察していたが、光があろうとなかろうと自分には関係がないので灯りを探すようなことはしない。
カツン、カツン
建物の中では杖の音はより一層大きく響く。
その音で少女にはほとんどすべての事が手に取るように理解できた。
地面を叩くことで伝わってくる反動。
周囲に反響する音。
それらは視界と言う情報よりも多くのものを少女に知らせてくれる。
何メートルほどの距離に何があるのか。
どこに人が何人ほどいるのか。
少女にとって一人で出歩くという事は目が見えないからと言って何も苦になることではないのだ。
だが不意に何かが少女の頬に触れた。
それは人間の手のように感じたがまるで氷を押し当てられているかのように冷たい。
「ひやぁっ!?」
なにより音はそこに人がいるなどと言う情報を一切伝えては来なかったのに、突如として何者かが触れてきたという事実に少女は悲鳴をあげながら飛び上がった。
しかしそれも一瞬、少女は落としかけた果物を抱えなおすと手が伸びてきた方に向かって威嚇するように杖で小刻みに床を叩く。
「もう!もう!いつも驚かせないでって言ってるのに!いるんでしょ「ヴィオ」!」
「ええいるわ。おかえりなさい「ヒノ」」
「ひゃっ!?」
盲目の少女…ヒノが向いていたのとは逆の方向から再び冷たい手で触れられてまた悲鳴を上げた。
その手の持ち主であるヴィオと呼ばれた女はくすくすと笑いながらヒノを抱きかかえて大きなソファーの上に座った。
「もー…いきなりやめてよー。果物落としちゃうかと思ったよ」
「洗えばいいじゃない。それよりも危ないことはなかった?」
「ないよー目が見えないからって甘く見ないでよね」
「別にそっちの心配はしてないわ。でも外は物騒でしょ?誰かに襲われたとかなかったかって聞いてるのよ」
「ないよーみんないい人たちばっかりだよ」
「…そう。でもいつも言ってるけどいつもと違う気配を感じたらすぐにここまで戻ってくるのよ?とくに「喋ってる人間」なんて見つけたらすぐに」
「そんなに毎日言わなくても大丈夫だよヴィオ。ちゃんと帰ってくるよ」
「ならいいのヒノはのんびりしてるから不安なになるのよ」
すり…とヴィオが膝の上で抱きかかえているヒノに頬ずりをした。
頬も手と同じようにひんやりとしているが不快感はなく、むしろ冷たくて気持ちがいいとすらヒノは思っていた。
そうやって二人はしばらく何をするでもなく時折じゃれ合いながらソファーの上で抱き合っていたのだが…そんな空気をぶち壊すかのように幼い少女の声が割って入ってきた。
「んふふふふふ!なぁにしてるの?ヴァイオレット?」
その声が耳に届いた瞬間、それを理解するよりも早くヴィオはソファーから立ち上がり、ヒノを庇うように背に隠して声の主と対峙する。
それは全てを燃やし尽くす炎のように…あるいはとめどなく零れ落ちる血のようにどこまでも重たく、そして鮮明な真っ赤な髪の小さな少女だった。
ヴィオはごくりとつばを一度だけ飲み込み、口を開く。
「…何の用かしら「お母様」」
そう呼ばれた赤髪の少女は嫌そうな顔を見せながら片手で虫でも振り払うかのように振る。
「うわぁ…やめてよやめて。勝手に人の事母親とか呼ばないでくれる?此方はお前みたいなでかい子供を産んだ覚えはないわ。此方の鱗か何かの残骸から勝手に生まれただけのくせして娘面されもねぇ?」
「何の用ですかと聞いているのです。人をからかいに来ただけならばすぐに帰ってくださる?これでも忙しいのですよ私は」
「んふふふふふ!忙しい…忙しいねぇ?此方には「おままごと」をしてるだけにしか見えないけどねぇ?あぁでも見えない子で遊んでるんだからそれでいいのかな?いいんだよね?あははははははは!!!」
「ね、ねぇヴィオ…何の話をして…お客様ならおもてなししないと」
「出てこないでヒノ!何でもないから少しだけ静かにしていて」
「いやだなぁ。そんなに必死にならなくても何もしないよ。だってその子といるヴァイオレットの姿って滑稽で見てるだけでも面白いもの!あははははははは!!!」
ケタケタと腹を抱えて笑う赤髪の少女とは裏腹に、背にかばった少女を必死に守ろうと険しい表情を浮かべ冷や汗を流すヴィオの姿はあまりにも対照的だった。
「だから大丈夫だって。何もしないって言ってるじゃん。知ってるでしょ?此方はお前を娘だとは思ってないけどその力を気に入って入るって。あなたの力ってとっても素敵なんだもの…この「紫神領」に足を運ぶたびに!お前の力で包まれたこの場所の惨状を見るたびに!とっても面白くて良い気分になるもの~!んふふふふふふふ!」
「…再三聞きますよ。何の用ですか」
「あぁはいはいご用事ねご用事。実は今からその子を殺そうと思って」
つい今しがた口から履いたはずの言葉を翻し、少女がヒノを指差す。
瞬間弾かれたようにヴィオが動き出し――
ヒノには見えないために何が起こったかは分からなかったが走り出したヴィオが次の瞬間には膝をついた…そんな風に感じた。
「冗談だよ。なぁに怒ってるのぉ?ジョークが通じないなんてつまらないなぁ~…ほーんと――死ねばいいのに」
「っ!!!?お母様…!!!」
「んふふふふ!だぁから冗談だって冗談!だめだよ死んじゃったりなんてしたら!生きることは楽しい!生きていれば無限の可能性がある!だからほら頑張って頑張って、死なないで努力して生きましょう。その方がきっと楽しいんだよね?ね?んふふふふふふふ!」
くるくる一人で踊るように回りながら聞いたものに不快感を与える笑い声を少女はヴィオに投げつける。
「大丈夫大丈夫。お前が滑稽滑稽こけこっこーでいる限りは笑えるからなにもしないしない。ただでさえ退屈な世界なんだもの。生きていくためにはそーいう楽しみみたいなものが必要でしょう?んふふふふふ」
「…あなたが私に何かをやれと言うのなら従う。でもヒノに手を出そうとするのなら冗談でも許さない。私ではあなたに勝てないだろうけど、私ができる最大限の方法であなたに損害を与えて見せる。それだけは覚えておいてくださいな」
「あっはっはっは!それは楽しみだなぁ…ま!そんな話はどーでもいいのよどーでも!何故か話がそれちゃったけど実は今日は用事があってきたんだぁ」
「…なんでしょうか」
「実はさ此方がずっと探してたものが見つかりそうなんだ。それでさ少しだけ場所を貸してほしいの」
「…この場所をと言うと紫神領をということですか…?」
「そそ!もし本当に私の探し物が見つかったのなら…もう意味のない暇つぶしをする意味もないし、この機会にほかの邪魔なもの全部整理しようと思っててさぁ?「金」ちゃんにはもう声もかけててあとはことを起こしていてる間にちょっと「避難場所」が欲しいなって。そんでもってここが都合がいいんだよねぇ。めんどくさい工作と化しなくていいし!ね?おねがぁいヴァイオレット~」
両手を合わせてこれ見よがしに祈るようなしぐさを見せた少女だったがヴィオにはそれがお願いではなく命令であることは分かっていた。
断るという選択肢はない。
なぜなら少女こそがこの世にある森羅万象すべての頂点に坐する絶対の存在なのだから。
死を司る深紅の龍。
そしてヴィオこそはその力の一端から零れ落ちた「紫」の名を司る龍だ。
だからこそその絶対的な力の差の前にはひれ伏すしかできない。
「…わかりました。好きにしてください」
「わー!ありがとぉー!じゃあ此方はもう戻るね!段取りも決まったしちゃっきちゃきと進めないとねー!じゃあヴァイオレットもお人形さん遊びに戻っていいよ!…あ!そんな事言っちゃあだめだよね~反省反省!んふふふふふふ!!」
そんな笑い声残して少女の姿はいつの間にか闇に溶けるようにして消えていた。
「っはぁ…!まったく…相変わらず心臓に悪い人だこと」
ヴィオが冷や汗を乱暴に拭っているとそれまで静かにしていたヒノが心配そうにその服を掴んだ。
「ヴィオ…」
「ああごめんなさいねヒノ。もう大丈夫よ」
「うん…ねぇ今の人って…ヴィオのお母さんなの…?」
「正確にはそういえるのか微妙だけどね。ただ私から見たあの人を言い表す適切な言葉が他にないからそう呼んでいるだけ」
「そう、なんだね…あの…こういうこと言うのはだめかもしれないけど…嫌な人だったよあのひと…ずっとヴィオのこと嗤ってた。気配も何もわからない不気味な人だったけど…ずっとヴィオの事を馬鹿にしてたのだけは感じられたから…」
「そうね。でも気にしないわ」
「どうして…?あんなに言われて悲しくならないの?」
「ええ。だってあの人の言葉にいちいち反応する意味なんてないもの…お母様はねかわいそうな人なの」
先ほどまで少女がいた場所を見つめながらヴィオはそう言葉を漏らした。
「かわいそう…?」
「ええ。あの人がね必要以上に他人を悪く言うのは…あの人自信を否定してほしいから」
「…どういうこと?」
「あの人はいつだって誰かに自分を否定してほしいの。それが怒りでも悲観でも憎悪でも…とにかく誰かに否定してほしい。だから簡単な手段として悪しざまに誰も彼をもにあんなことを言うのよ」
「人に嫌われたいからって事…そんなことしてなんになるの…?」
「お母様が何を考えているかなんて私にはわからない。それを知るには私とあの人の間には差が大きすぎる。でも…それでも一つだけ、私の直感で言うのならきっとあの人は…」
ヴィオはヒノをぎゅっと抱きしめ、その体温を感じながら耳元でそっとその続きを囁いた。
「――誰かを愛してるのよ」
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