第118話 欠陥品の愛4
「…それがなにか問題なの?」
エクリプスの告白を聞き、メアは頭に「?」を浮かべながら首を捻った。
その顔は本当にわからないと書いてあるようにすら見え、エクリプスにとって感情が読みにくい相手であるはずなのにそれだけはよくわかった。
なのでエクリプスは苦笑いを一つ漏らし、少しだけ頷いた。
「ですよねぇ~ぃ。私もぉ今考えればなぁにが問題なのかぁわかんないですものぉ~…しかし当時はですねぇ~本当に問題だったのですねぇ~」
「そうなの?わっかんないにゃぁ」
「んー…一言でいえば常識…いやぁ固定観念というものですかねぇ~…女は男から、男は女から「食事」を頂く…それが当たり前で普通でしたからぁ~」
「ほぇ~?」
女型の淫魔は男から注がれる精とそこに含まれる特別な魔力を吸収することで食事とし、男型の淫魔は女が達した時に滲み出る魔力を吸収する。
それが当たり前であり、淫魔たちの中での常識だ。
しかしエクリプスは生まれつき「そう」ではなかった。
女形の淫魔であるのだからと男の精を親から分け与えられる形で食事をとろうとしても、どうしてもそれを食事とすることができなかった。
間接的ではなくエクリプス本人が直接的な手段を用いたとしても結果は同じであり、動種族の誰もが疑問を覚えた。
食事のとれない淫魔。
疑問はやがて差別へと変わり、誰から広まったのかエクリプスは「欠陥品」と呼ばれるようになっていた。
周囲からは笑われ、気味悪がられ、迫害され…親すらも彼女を見捨てた。
「…お母さんも助けてくれなかったの?」
「最初は何とかしてくれようとしてた…よーうなきはしますけどねぇ~…まぁ最後の方は視界にも入れられなかったですねぇ~。「アンタのせいでこっちまで蔑まれて最悪」だとか言われたのは覚えてるんですがぁ~ねぇ~…っと、冗談ですよぅ冗談。たははのは~少しぃ話を盛ってしまったかもですぅ~」
「…」
話の途中でメアがうさタンクをぎゅっと抱きしめながら悲しそうな顔をしたのが見え、エクリプスは慌ててごまかそうとしたが…残念ながら効果はなかった。
そう言えばメアはすでに亡くなっている母親の事が大好きだったらしいとソードから聞いたことがあることを思いだし、最初からぼかしておくべきだったかと少しだけ思った。
「…お腹」
「はい~?」
「お腹は空かなかったの…?ご飯を食べられないのは…大変だから」
「まぁそこですよねぇ。実は当時はふしぎだったのですけどもね~私は自分でやっても食事をとることはできませんでしたが、他人の行為を覗き見していると少しだけですがお腹が満たされたのですよぅ。わかりますかね~?つまりは私本人も気づいていなかったのですがぁ~…覗き見しているときに男性からではなく、女性側から精を頂いていたのですねぇ。おこぼれですが」
それでも最初はなぜそんなことが起こるのかわからなかった。
だから誰にも気づかれないようにこっそりと同族の後をつけ、覗き見をすることで腹を満たしていた。
そんなことを繰り返すうちにある時、ふと気が付いた。
もしかして自分は男ではなく、女から栄養を得ているのではないだろうかと。
そして当時のエクリプスは行動に出た。
激しい行為の後、ベッドで眠る男の淫魔と人間の女。
そこに潜り込み、こっそりと女の首筋を舐めてみたのだ。
そうすることでようやく気が付いた。
自分の食事の元は「こちら」なのだ――と。
「とはいってもぉ…それが分かったところでなぁんにも変わらなかったのですけどねぇ~」
自分も同族と同じように食事をすることができる。
ただ誰も気が付かなかっただけで女からなら精を取り込むことができるのだ。
それを伝えればエクリプスは同族の皆に受け入れてもらえるようになると信じていた。
信じて伝えて…何も変わらなかった。
あえて言えばエクリプスを見る者たちの嫌悪感は強まったかもしれない。
気持ちが悪い。
おかしい。
やっぱり欠陥品じゃないか。
エクリプスは頭の中でなにか糸のようなものが切れる音を聞いた。
だがエクリプスには力がなかった。
怒ってキレて泣いて叫んでも、身に降りかかる理不尽をひっくり返せるだけの何かは手の内にはなかったのだ。
だから逃げ出すしかなかった。
生まれ育った地も、家族も…同族も、自分を捨てたすべてを捨てて、ただいなくなった。
それからエクリプスは人里にひっそりと降り立ち、夜な夜な食料を生み出す女に声をかけて回った。
幸いどう見ても人間の…それも美しい人間の容姿を持つエクリプスは人の世界で生きるのにそこまで苦労をすることはなく…また毎日とはいかないが、たまに物好きな女が捕まるので飢えに苦しむ…という事もそこまではなかった。
現在の男装に不自然なほど間延びした口調という組み合わせも食料を釣るために様々な経験を積み上げた結果たどり着いた。
物好きと言うのは非日常…普通から外れたおかしなものを好む傾向にある。
実際にエクリプスはそっちの界隈ではそこそこの有名人となっていたのだ。
少しの金で女にちょっとした非日常と快楽を提供する女がいる…と。
やがて生活も安定し、同族たちの傍にいた時とは比べ物にならないほどの恵まれた日々を送ることができていた。
だがエクリプスはその心が満たされることはなかった。
何の不自由もないはずなのに…たくさんのものを注ぎ込んでいるはずなのに心と言う器はいつまでも空っぽのままで…それを満たす何かを探して顔に愛玩動物のような可愛らしい媚びた笑みを浮かべながら夜の街で一夜の楽しみを求めて街灯の下で座り込む。
そんなある日、突然の雨に降られ人気のない場所で雨宿りをする羽目になった。
こんな時に迎えに来てくれる人も、そっと傘を向けてくれる人にも自分にはいない。
ぼんやりと雨粒を眺めながらそんなことを考えていた時だった。
綺麗な白髪を携えた一人の青年がエクリプスの前に現れたのだ。
「大丈夫かい」
突然声をかけてきたその男に少しだけ警戒心を向ける。
おそらく一般的な基準で言うのなら…美青年なのだろう。
清潔感があり、さわやかさも感じさせ、顔立ちも整っている…普通の女ならば声をかけられればドキッとしてしまいそうなほどの青年。
だが男である時点でエクリプスにとっては何の価値もない存在であり、興味を向ける対象ではない。
なので適当にあしらうことにした。
「ナンパなら間に合ってますよぅ。他を当たってくぅ~ださいなぁ~」
「ナンパ…そうか僕は今、ナンパをしたのか。ふむ…」
「…なぁんですぅ?」
「あぁいやごめん。以前に男らしくありたいのならナンパくらいしないととか言われた気がするんだが、やっぱりなにが男らしいのかよくわからなくてね。それにナンパというのは女性をデートに誘う事を言うのだろう?なら僕は違うよ」
「…意味わかぁんない~ぃ。ナンパじゃないならなぁに?」
「女性が泣いていたら男としては声をかけるものだろう?心配じゃないか」
「…はぁ?」
思わず絶句…という経験をエクリプスははじめてした。
突然現れて意味の分からないキザったらしいセリフを吐く謎の美青年。
とにかく訳が分からなくて絞り出したのが「はぁ?」であった。
「私がぁ泣いてるように見えるとぉ?」
「うん、だから声をかけたんだ。こんな雨空の下で泣いている女性を見て見ぬふりをするなんてかっこいい男のすることじゃないからね」
「まぁじ意味わかんないのでぇ変な絡み方ぁをするのを~やぁめてもらえるぅ?そもそも泣いてないですしぃ~泣いているように見えるのならそれは雨粒ぅ~。勘違い恥ずかしいよぉ~?かっこいい男アピールしたいのなら他をあたりやがれぇ~」
「キミが泣き止んだらすぐにでも立ち去るよ。それでどうして泣いているんだい?僕に力になれることがあるのなら何でも言っておくれ」
しゃがみ込み、視線を合わせにっこりと笑う白髪の男のそんなセリフにエクリプスは再び言葉を失うのだった。
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