第119話 欠陥品の愛5

 白髪の奇妙な男はエクリプスにニコニコとした笑みを向けながら一人で雑談を繰り広げていた。

心の奥底からウザいと思いながらも雨が降り続けているために男から逃げて移動するのも億劫に感じてしまい、結果エクリプスは男を徹底的に無視していた。


しかし男はそんなエクリプスの態度をどうとったのか、ついには隣に腰かけてしまい路上で座り込む迷惑カップルのような状態になってしまっていた。


「…いーつまでそこにいるつもりぃ~?」

「キミの涙が止まるまでかな」


「あなたぁお友達からウザいってよく言われませぇん~?」

「どうだろう?友達がいないからよくわからないかな」


「でしょぉうねぇ…まぁ私もお友達なぁんていないので~人の事言えないけどもぉ」

「そっか。なら僕と君はある意味で似た者同士という事だ。これも何かの縁だと思うし、よかったら食事でもどうだい?」


「男が私に向かって食事とか片腹痛しぃ。どれだけ下心を向けられようともぉご期待に応えるつもりはないからぁいい加減消えろカスぅ。ナンパなら他を辺りやぁがれぇと言ってるのが聞こえないのぉ?それともぉご立派な白髪様だからぁ茶髪の私は大人しく言うこと聞けとでもぉ?」


いい加減限界を迎えてしまい、口調こそのんびりとしているが隠せていない棘が悪口、嫌味となって次々と喉の奥から飛び出てくる。


ここまで言えば男も諦めるか、にやけ面を歪めて暴力を振るってくるだろうと考えていた。


(殴りかかってくるのならこちらも返り討ちにできる…そうすれば身ぐるみでもはいでぇ…いいところにでも泊まらせてもらうかなぁ)


エクリプスは男の末路を本人にゆだねることにした。

すがすがしいほどのナンパ男と言う珍しいものを見せてもらったので、ウザさ余って若干の愉快さも感じたのでそれに対する対価としての選択。


このまま帰るならそれでよし、しかし力でねじ伏せようとしてくるのなら…。


しかし男の選んだ答えはそのどちらでもなかった。


「雨の中で見たところ帰るところもなさげな泣いている女性を男として放ってはおけない。そこに下心なんてないよ。強いて言うのなら僕がかっこよくありたいって言う一種の自己顕示のような側面はあるかもしれないけどね」


暴言を吐かれても男は人の好さそうな顔で笑ったままだった。

そこまで他人に笑いかけられた経験がないエクリプスはさすがにタジタジとなり、しゃがんだままの姿勢で少しだけ距離を開ける。


「う…うざぁ…泣いてないしぃ…どう見ても脈無しの女をそこまで引っ掛けようとするぅ?ふつぅ」

「ナンパではないからね」


「はぁ…もう言ってしまうけどぉ私は男には興味ないのぉ。女専なのぉ。あなたぁここら辺の人ぉ?なら聞いたことあるでしょ~ぅ…ここいらで夜な夜な女漁りをしている女がいるってぇ」

「あいにく世情には疎くてね」


「はぁ~…というかぁなんで私ぃ?見た目がいいのは否定しないけどぉ~あなたも一般的に見れば「いけめん」だしぃ私じゃあなくてもいいでしょうがぁ~。それとも毎日こんなことしてるからぁゲーム感覚ぅ?拒絶されるほど燃えるってぇ?」

「ははは面白い事言うね。確かに僕は困ってる人に声をかけて回ってるけど、毎日じゃないよ。それに今回はなんとうか…そう、運命を感じたんだ。泣いているキミをどうしても放っておけない…そう思ったんだよ」


「ぶほぉ!」


ついには「運命」という言葉も飛び出してきてしまい、たまらずエクリプスは噴き出した。

ここまでくると逆に不快感は無くなる…こう言うのもナンパの技術の一つなのかもしれないとエクリプスはおかしくなって笑い始めてしまった。


「あははは~ぁおかしぃ。あなたの家は近いのでぇ?」

「ん?そうだね、そこまで遠くはないかな」


決して泣いてはいないが途方に暮れていたのも事実…どうせ人間に自分をどうこうはできないのだし、暇つぶしについていくのもありなのかもしれない…エクリプスはそう考え始めた。


「可愛い女の子とかいるぅ?紹介してくれるのならぁ~少しはおこぼれを恵んであげてもいいですよぅ」

「かわいい…とは少し違うかもしれないけれど、綺麗な女性なら一人いるよ」


「お、いいですねぇ~…ならその綺麗な女を紹介するという条件であなたについていくよぉ~」

「構わないよ。じゃあ行こうか」


話がまとまれば速いとばかりに男は立ち上がり、エクリプスに向かって手を差し出してきた。

エスコートのつもりだろうか?ほんとうにここまでくると笑いしか出ないと、なんとかそれを噛み殺しながらエクリプスはその手を取る。


そしてその約一時間後。

エクリプスはこの時の男に出した条件を心底後悔することになった。


────────


話を聞いていてメアはこてんと首を傾けた。


「なんで後悔?女の人が好みのタイプじゃなかったの?」

「いえ…その…好みかどうかで言えば好みだったのですがぁ…そのぉ…話の流れでなんとなくわかりませんかぁ~?私がいったいだぁれを紹介されたのかぁ~…」


あの時の事を思い出せばエクリプスは今でも背筋に嫌な汗が流れる。

白髪の男に手を引かれ、連れていかれたのはなんと教会だった。


白神領…聖白教会。

まさか自分の正体が魔物であるとバレたのか?と身構えたものの、そんな気配はなく…普通に個室のようなところに通され、お茶を出されともてなされ…そして男は約束通りに女を紹介してくれた。


聖女…セラフィム・ホワイトを。


「まさかのせーさん」

「ええまさか過ぎましたよ~ぉ…一目見た時から絶対にヤバいと思いましたもの~…私の人生オワタってぇ~…まぁ大丈夫だったのですけどねぇ~」


「せーさん優しいもんね」

「…そーですね~。いろいろ理由があったと言いますか、ある意味で聖龍様とは通じ合えるものがあったのでぇ~なんとか事なきを得ましたがぁ…ほんっっ――――――とうに生きた心地がしなかったですねぇ~」


「…通じ合えるもの?」

「そこはさすがに聖龍様のプライベートにつながるのでオフレコですぅ。しかぁし普通に領内の治安が乱れるからぁとお叱りは受けましてぇ~…ほんとうに紆余曲折あり、そのまま聖白教会で厄介になることになったわけですよぅ」


「ほぇ~よかったね?」

「ええよかったですよぅ。安定した収入を頂けるようになりましたぁしぃ~定期的に聖龍様のおこぼれ…ごほん。女性の方をご紹介いただけるようになりましたぁしぃ…いいことづくめでしたぁねぇ~…あと私はだからぁ男性を襲わないのでぇそーいう意味でもナ当時のンパ男くんの付き人みたいなことを任されていたわけでぇすよぅ」


「ふんふん」


メアは続きを待ったが、そこでエクリプスは口を閉ざしてしまい、沈黙が流れる。

ひゅ~とさらに冷たくなった風が通り抜け、うさタンクが「ぶしゅっ!」とくしゃみをする音がやけに大きく聞こえるほどの沈黙だ。


「…え?エクリプスちゃんおわり?」

「いやぁ続きがあるんでぇすけどぉ~なぁーんか恥ずかしくなってきたと言いますかぁ~…」


「ええ?きになるよぉ~」

「なりますよねぇ…あ~…」


エクリプスはきょろきょろと意味もなく闇夜の中で視線を彷徨わせると一度深呼吸をして意を決したように口を開いた。


「そのぉ~…実わぁ~…えーっとぉ~…」

「うん」


「あのぉ…ほらぁ~私ってぇ~ずっと孤独だったわぁけですよぅ。家族も友人もなくぅ、同族からも見放されてぇ~…ずっと独りぼっちだったのですねぇ~?そんな中でぇナンパ男くんに優しくされてぇ~…一緒にお仕事をするようになってからも「何を言ってるんだお前ぇ~ぇ?」と思う事はあれどぉ優しいのは変わらずでぇ…そのぉ~…」

「うん」


「コロッと好きになっちゃった…的なぁ~…?」

「おぉ」


実は夜目のきくメアの視界には恥ずかしそうに顔を赤らめてもじもじとしているエクリプスの姿がはっきりと映り込んだ。

恋愛感情というものをメアはよく理解できてはいないが、エクリプスがそういうものを抱いていることはなんとなくわかった。


眠っていたように見えたうさタンクもいつの間にか赤い目を爛々と輝かせてエクリプスを見ている。


「まぁただぁ私って男性と恋愛が成立しないわけですよぉ~」

「そうなのん?」


「ええ…考えて欲しいのですがぁ私は女性から精気を頂かないと生きていけないわけですよぅ。なら男性とお付き合いをしようと思ったら何をどうやったって浮気をしないといけないわけでしてぇ…割り切れればよかったのでしょうがぁ私は思ったより重たい女の様でしてねぇ~…もう好きになったのだからこの人と以外は寝たくないと思ってしまいぃぃ~…それくらいなら死のうと思ったんですけどぉ…でも死にたくないじゃないですかぁ?ラブを抱いたのならぁ相手と死に遂げたいって思うじゃないですかぁ~…だからどうしようか悩みに悩んでぇ~考えに考えてぇ~…ふと気が付いたわけですよぅ」


「なにに?」


エクリプスはずいっとメアに顔を近づけ、今までにないほどの真剣な顔で――


「こいつを女にすればいいんじゃね?と」


そう口にした。

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