第116話 欠陥品の愛2

「はいエクリプスちゃんどーじょ」

「どうもぉー」


エクリプスとメアは二人で屋敷を抜け出し、建物の修繕や補強等に使うために積まれていた木材の上に並んで腰を掛け、おやつを食べながら夜空を見上げる。


さきほどまで少々激しめの「運動」をしていたエクリプスの肌をひんやりとした風が撫でて心地よい冷たさが熱を冷ましていく。

今晩はやや肌寒い夜であったがそれが調度よかった。

しかしメアにとっては寒いのではないか…子供が身体を冷やすのは良くないと思い、羽織っていた上着を脱いでエクリプスはメアに差し出す。


「冷えますからぁ~どうぞ~」

「えー大丈夫だよー。山育ちだから寒さには強いんだー」


「そうですかぁ」


断られたのなら大丈夫かと上着を羽織りなおそうとした時「ぶしゅっ!」とくしゃみの音が聞こえた。


「…今のメアさんですぅ~?」

「ううん。うさタンク」

「ぶしゅっ!」


そっちが寒さを感じるのか…と思っていたのもつかの間、今度はメアが上着を脱ぎ、頭の上のうさタンクを包む。

さすがにその状態で頭の上には乗れないのでうさタンクはメアの膝の上でぬくぬくと気持ちよさそうに目を閉じていた。


だが上着を脱いだメアは胸元から肩にかけてまで露出した薄手の肌着一枚だけになってしまったのでさすがに見ているだけで寒そうな状態になっていた。


「…ほんとうに寒くない?」

「うん。もぐもぐ…」


平気そうな顔でお菓子を食べているメアの姿を見て、そう言えば雪が降り続けていた銀神領にもほとんど今と変わらない格好で行動していたことを思いだし、本当に平気なのだろうと納得した。


「子供は風の子といいーますからねぇ~」

「私はブラックドラゴンの子だにょ」


「そうでしたぁ」

「…エクリプスちゃん私に敬語じゃなくてもいいよ?」


「ん~…でも私もこれで魔物なのでぇ~龍の方に砕けた口調と言うのもぉ~ぉ~お~」

「そっかぁ」


そこで会話は途切れてしまい、エクリプスは沈黙をごまかすように意味もなく空をさらに見上げる。

気が付けば夜風はさらに冷たさを増し、まるで今にも雪が降ってきそうなほどだ。


「まだそんな季節じゃないはずだけどもぉ…?」

「う?」


「いえぇこちらの話ですぅ」


と口にした後でそこから話を広げればよかったと少しだけ後悔をした。

普段ならエクリプスは相手に合わせて雑談を繰り広げることなどいくらでもできるのだが、メアを相手にするとどうしてもそれがうまくできない。


メアは感情や考えが異常に読みにくいのだ。

いつもぽへーとした顔で何かを食べているだけであり、口を開いてもおかしな事ばかりを言っている。

つまりメアに合わせようとしても何をどう合わせればいいのか見当をつけることができないのだ。

故にエクリプスにとってメアは苦手な相手だった。

嫌いと言うわけではもちろんないのだが…適切な言葉を探すとすればやはりそれは「苦手」という事になるのだろう。


「…」

「…」


沈黙が重い…。

何もしていないはずなのにじんわりとダメージを負っているよな感覚をエクリプスは感じていた。

横目でメアの様子を伺うとエクリプスのように気まずさを感じている様子はないが…やはり何を考えているのかわからない。


これはそろそろ寒さを理由にして戻るべきだろうか…?と考え始めたところでメアが重々しく口を開いた。


「エクリプスちゃん…」

「は、はい…?」


「じつはね何を隠そうこのブラックドラゴンどーたーはね…エクリプスちゃんに聞きたいことがあるのですよ」


突然妙なシリアス感を滲ませ始めたメアの言葉にエクリプスはごくりとつばを飲み込む。

そう言えばなぜそれほど仲良しでもない自分を散歩に誘ったのかと疑問だったが、メアはなにか用事があったらしい。


わざわざ外に連れ出してまで話をするという事はそれだけ大事な話…それもエクリプスでなくてはならない理由があるはずで…メアと自分に関係することと言えばソード絡みの話しかない。

あの二人の間に何かがあったのだろうか?エクリプスは呼吸を整えてメアの話に耳を傾け準備をした。


「なんでしょぉう?」

「あのね…そのね…」


「ごくり」

「妹って…なんであんなにぷにぷにぼいんぼいんなのかな…!?」


「…」


エクリプスは肌を鋭いナイフで切り裂かれたような痛みを感じた。

実際にはそんなことはないのだが、ただでさえ冷たかった夜風が一段とその鋭さを増した…ような気がしたためにそのような痛みを…ファントムペインを感じてしまったのだ。


「ぶしゅっ!」


メアの膝の上でぬくぬくと眠っていたはずのうさタンクがくしゃみをした。

エクリプスだってできるものならくしゃみをしたかった。

しかし悲しいかな、エクリプスの身体は健康そのものであり、体調の崩れる一切の気配はない。

つまりはこの会話を続けねばならないのだ。


「…えーと…それはどういう意図の質問…なのですかぁねぇ~?」

「だってほら!妹ってすごいじゃん!お胸さまとかお尻さまとか!お太ももさまとか!」


「はぁ…」

「私はこんなにぺったんこなのにっ!妹はすごいじゃん!」


「まぁでも…メアさんはまだちっちゃな子供ですしぃ。将来に希望があ」

「ないよっ!おっきくなってもぺったんだよ!…ちょっとはあったわい!」


急なヒートアップを見せ、手足をぶんぶんと振り回しながらメアは暴れだし、うさタンクはそんな膝の上をボールのようにポーンポーンと跳ね回っている。


そう言えば銀神領でちらりと一瞬だけ目にした大きくなったと思わしきメアの身体つきはお世辞にも豊満とは言えなかった。

貧相や痩せすぎていたという話ではなく、スレンダーな美しさがあったといった感じではあったがそれが気になっているという事だろうか。


「そんな事ぉ言われましてもねえ~ぇ…スレンダーさんにはスレンダーさんの良さもあるぅわけでぇしてぇ~」

「でもやっぱりぽいんぽいんしてるほうがいいんじゃないの?エクリプスちゃんは細いほうが好きなのん?」


「まぁー私ぃの個人的な話で言ーわぁーせぇてー貰えるのならばぁ…ぽいんぽいんのほうが好きですねぃ。もちろんどっちもよいとは思いますが細すぎて不健康に見えるくらいならば健康的にふと太のほうがよいかとぉ。あっとやっぱり肉感とはすなわちエッチさですからねぇぃ」

「でしょ?そうでしょー!ぽいんぽいんのほうがいいでしょ?!」


「なりたいんですぅ?ぽいんぽいんに」

「…そんなに?」


「なんやねん」


つい思わずキャラ崩壊して突っ込んでしまったエクリプスなのであった。

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