第115話 欠陥品の愛
「あふぅ~スッキリリンリンの満腹でしたぁ~ん」
輝くほどに肌をつやつやとさせながらいつになくラフな服装でエクリプスは部屋から一人、外に出る。
扉を閉める寸前に出てきた部屋のベッドの上でぐったりと眠っているソードに一度だけ視線を向けた。
「今回は私が折れたけどぉ…やっぱり胸はトップがもう三ミリくらいは…そうなるとアンダーも…お腹にももう少しお肉が欲しいけど…さすがにぃ腹筋が付くスピードが速いからバランスが難しい~…でもそれもまた…うふっ。楽しみという事で研鑽を積み重ねていこうねぇソード…ふっふっふ~」
不気味な笑みを零しながら、何故か火照っている身体を冷ますために屋敷の外に向かおうとしていたエクリプスだったが渡り廊下に差し掛かったところで視線の先の曲がり角に一瞬だけ見知った顔が見えた。
「あれはメアさん…?おやぁ…もう一人…?」
メアはすぐに角を曲がってしまったためにはっきりとはその姿を見ることができなかったが、その隣にもう一人少女がいるようにエクリプスには見えた。
身長はメアと同じくらい…そして黒髪。
そこで問題になってくるのはその特徴に該当する人物はこの黒神領に存在していないという事だ。
メアと同じくらいの身長と言うのならリョウセラフがいる。
しかしリョウセラフはメアより身長はわずかに高く、先ほどの人影は逆にほんの少しだけ低いように見えた。
それに彼女は緑の色を持つ龍…つまり髪は緑色で黒ではない。
黒髪となればどうだろうか。
いくら黒神領と言えど完全な黒髪を持つ人物など数えるほどしかいない。
メアとリンカが完全な黒で、あとは光の当たり方や角度で黒に見えないこともないという人物がちらほらといるくらいだ。
そしてリンカはメアに比べれば背が高く、リョウセラフ程度の身長ならともかくリンカの身長をメアと同程度に見間違えるというのは考えにくい。
「ならばいったい…?」
どれだけ考えても先ほどの人影に該当する人物は浮かんでこない。
エクリプスは黒神領に住んでいる、もしくは訪れて宿泊している人物などの顔と名前をすべて把握している。
とくにそういう指示を受けているわけではないが、記憶力に事務処理、隠密等の技術に優れたエクリプスは白神領での仕事でもそちら方面での役割を担う事が多いので半ば無意識に情報を収集してしまっていたのだ。
一種の職業病であると言えた。
そんなエクリプスの記憶にない人影が黒神領当主の住む屋敷にいた…これを怪しく思わないのはエクリプスからすればありえないことだ。
「ふぅ…警戒しつつ確認は必要ですねぇ…よぉうし――ごぉー!」
エクリプスは音もなく走り出す。
足音は愚か、風を切る音すら聞こえない。
もし背後からこうやって迫られたのなら、よほど気配に敏感でもない限りエクリプスの接近に気づくことはできないだろう。
スピードもかなりのものであり、メアが曲がり角を曲がって僅か5秒…エクリプスも同じ角を曲がった。
するとそこで何故か後ろを…つまりは追ってくるエクリプスの方を振り向いていたメアと目が合ってしまう。
「わっ」
「わぁ」
お互いにびっくりしたと両手を上にあげてリアクションを取る。
それから数秒ほど硬直し…メアとエクリプスはそのまま両手を握り合って軽く踊った。
「エクリプスちゃんなにしてるのん」
「ええちょっとお散歩をですね~ぇ。ところでメアさんはおひとりですかぁ?」
確かに人影は二つあったように思ったが、ここにはメアの姿しかなく、それとなく周囲の気配を探ってみたが静かなもので他には誰の気配もなかった。
見間違いだったのだろうか?念のためにメアに問いかけてみた。
「ううん一人じゃないよ」
「あぇ」
エクリプスはじゃあどこにと視線を周囲に巡らせるがやはり誰もいない。
そんなエクリプスの様子を見てメアは自分の頭の上を指差した。
そこにはやけにもこもことした帽子がちょこんと乗っていて…いや、よく見るとモコモコの中に赤いガラス玉のようなものが二つ覗いている。
つまりそれは帽子ではなく…。
「うさタンクさん?」
「うん、うさタンクさん」
「――」
名前を呼ばれたのがわかったのかメアの頭の上でうさタンクがそっと立ち上がり、モコモコの中から長い耳がぴょこんと生えてきた。
そうしてようやくそれがウサギだと認識できる。
「ずっと一人…いえ、うさタンクさんとだけ一緒でしたぁ~かぁ~?」
「うん、お散歩してたの。ねーうさタンクー」
「――」
「そう…ですか。他に誰か一緒ではぁ~ない?」
「ない」
「――」
明確にうさタンクと二人っきりだったと断言するメアに、それを肯定するようにメアの頭の上で前脚をぽんぽんと動かすうさタンク。
疑う気持ちはあったが、メアが嘘をついている気配はなく(うさタンクはよくわからない)、現に気配もないのでエクリプスは先ほどの人影は気のせいだと思うことにした。
(あぁいえ…そう言えば先日の襲撃事件でうさタンクと名乗る鎧の女騎士がどうとかいう話が出ていましたね…結局うやむやになってしまったみたいですが…どちらにせよ私が見たと思ったのは子供…いえ幼女でしたし関係ない、かぁ…)
「エクリプスちゃん?どうかしたのののの?」
「あぁ~いえなんでもないですよぅ。ごめんなさいねぇ」
「べつにいけど。エクリプスちゃんお暇なの?」
「そうですねぇ一仕事終えたのでお外を散歩しに行こうと思ってぇーいたぁーところでぇすかねぇ」
「そっか。じゃあ私たちもご一緒してもよい?」
「あー…」
メアと二人っきりでなにか話すことがるかと聞かれればない。
軽く雑談はできるだろうがどこまで話題が続くかは未知数であり、そもそもまだエクリプスはメアの事を掴み切れていないのもありどちらかと言えば苦手な相手だ。
しかしだからと言って嫌いと言うわけでもなく断る理由も特にはないためにひとまず了承し、二人と一匹は仲良く手をつないで外に向かうのだった。
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