混色編
第104話 勝利と敗北
アザレアはとにかく必死に走っていた。
現れたノロの言葉から黒神領内に枢機卿の一人が現れた可能性があったから。
(いったいなぜこのタイミングで…まさかノロの存在が本格的にバレた?もしくは…誰かに情報を漏らされたか…そうなると…)
全く想定していなかったという事もないが、それでもまだ準備が足りていない。
そもそもなぜ枢機卿が突然現れたのか予想を建てることはできるが確実なことは何も言えないと言うほどに情報が揃ってすらいないのだ。
そんななかで取れる手段と言うのはかなり限られる。
(相手の目的が分からない以上は撃退もできない…それではこちらに教会に対してやましいことがあると言っているも同然よ…いずれはそうなるのだとしても今はまだ早すぎる…どうすれば…)
「あぁ!アザレアさん!」
「っ!センドウ!」
アザレアを思考の中から呼び戻したのはセンドウだった。
いつも怪しげな笑みを浮かべている彼には珍しく、真面目な表情で額に汗を浮かべている。
しかしどこか楽し気にしているようにも見えるのはアザレアの中にある疑惑ゆえだろうか。
「早々に向かってよかった。実は少々まずい事になっておりましてですねぇ」
「枢機卿が乗り込んできたんでしょ?知ってるわ」
「ほう…?これは随分と耳が早い」
「…ノロが教えてきたのよ。そっちはどこまで把握しているの?」
「ええ先ほど「教徒」の方が屋敷にやってきましてねぇ…突如現れたシスター服の女が領民を殺戮して回っているそうです。もうかなりの被害が出ているようで…様子を見ている状況ではないと言えるでしょう」
「ちっ…何もかも最悪ね。状況もタイミングも…相手はアンタの知り合いなの?」
センドウは教会に所属していた人間であり、しかも枢機卿と繋がり教皇の存在も知らされていたほどの地位にいた。
少し前にその件でセンドウを問い詰めた折にある程度の情報は吐かせたが、それでも全てを教えられたとはアザレアは思っていない。
それどころかこの事態を引き起こした容疑者の一人なのではないかとアザレアは疑っているのだから。
「いえ…私の知り合いである枢機卿の方とは殺しの系統が違うので知らない人だと思われますねぇ。彼らの存在は秘匿性がかなり高く、私でも全てを把握しているわけではありませんでしたのでぇ…」
「そう…ならこれからどうするべきだと思うかしら?」
センドウを探るという意味も込めてアザレアはそう質問した。
お前は「どちら側」の人間なのか…この場で証明しろと。
それを理解してセンドウも口を開く。
「ひとまずは龍の皆さんを隠すことから始めるべきでしょう。戦うにしても逃げるにしても話しをするにしても…この国が龍と繋がりがあるという情報を持ち帰られるのが最も最悪のケースとなるでしょうから。特に青の方は明確に向こうに顔が割れているみたいですしねぇ…」
「そうね私もそれが最優先だと思うわ」
龍を戦力として数えられないのは痛いが教会と事を構える準備ができていない現状で教会と敵対関係であることが確実な龍とのつながりを知られるのはまずいなんてものじゃない。
たとえそれが原因で被害が広がることになろうとも…致命的でないなら許容するべきだ。
そう冷静に冷酷な判断をアザレアは下した。
「あとはどういう対処をするのかの決断ですかねぇ。逃げるか、説得交渉をするか…戦うか。最期の選択肢はおススメはしませんけどねぇ…ひっひ!龍の助力を得られない中で枢機卿の…呪骸を相手取るのは不可能と言ってもいい。人は…命は死には抗えない…それが摂理ですからねぇ~…ひっひ!」
「ならまずはその枢機卿を一目見ないと始まらないでしょうね。話が通じる奴なのか否なのか」
「こう言ってはなんですがぁ~…枢機卿が呪骸を使って殺戮行為に及んでいるという事は教会、ひいては教皇様からの指示による行動…つまりはお仕事ということなんですねぇ。そうなると話してどうこうなるとはとてもとても…」
「戦うのはダメ。話も通じない可能性が高い…なら取れる手段は一つだけ」
「えぇ…「逃げる」が最善の選択でしょうねぇ」
「冗談じゃないわ」
アザレアは作り出した毒の槍を握りしめ、センドウの喉元に突き付ける。
「おやおや…私は冗談のつもりはありませんでしたがぁ」
「だとしても笑えない笑い話以上のなんでもないわ。逃げるですって?嫌に決まっているでしょう。どうして私が逃げないといけないの?ふざけるんじゃないわよ…ただでさえこんなところまで追いやられて、理不尽に嬲られて…それでようやく上から目線で石を投げてくる連中の盤面をひっくり返せるかもしれないってところまで来たの。自分たちが偉いと思ってる連中の肥え太った顔面に泥を塗りたくって嘲笑えるかもしれないってところまで来たのよ?なのに逃げろとか…冗談にもなっていないのよ!」
センドウに向けられているはずのアザレアの目にはセンドウの姿は映っていなかった。
黒くドロドロと濁った瞳には怒りと狂気、怨みと闇が渦巻いている。
「…ひっひ!」
それでこそだ。
そうだからこそ、こちら側につく面白味があるのだとセンドウは笑って見せた。
「ではどうしますかぁ?説得にしても戦うにしても面倒ですよぉ?いえ、戦うつもりなのでしょう?あなたの性質はどう考えてもそちらだぁ…ひっひ!」
「…そうね迎え撃つわ」
「よしんば勝てたとしてその後はどうするおつもりでぇ?向こうは目的をもってこの場所に派遣されているはずです…それを殺したとあれば教会を刺激することになるでしょう。すぐさま次の枢機卿が送り込まれてくるかもしれませんし…もっとひどい事態になることも考えられますよぉ?あなたの選択はあまりにも短絡的で刹那的のその場しのぎだぁ」
「その場も凌げないやつに未来なんてないのよ。それに死体が出来上がればいくらでもやるようがある…セラフィムに頼んで、あちら経由で事故死や謎の失踪をでっちあげてもらえばいいわ」
「なるほどいい答えだ…不確定でうまくいく保証もないですがぁ立ち向かうというのならそこが落としどころでしょうな」
「ええアンタにも働いてもらうわよ。そう言う約束のはずよ」
ぺこりとセンドウは頭を下げ、アザレアも槍を引っ込めた。
方針は決まった。
なら次は行動…二人は頷き合い、それぞれの行動を開始した。
そしてアザレアとセンドウが枢機卿に対しうさタンクと名乗る鎧の女騎士が交戦しているという情報を受け取るのはこの数分後の事だった。
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