第103話 深まる呪い

 メアたちが去った後、銀龍と二人の娘たちは雪の積もる地面にそのまま座り、向かい合っていた。

銀龍は何も言わないが誰が見ても一目でわかるほどの「怒」の感情を滲ませており、姉妹は冷や汗が止まらない。


「…」

「…」

「…」


しばらく無言の時間が続き…やがて耐えられなくなったのかユキがぺたんと上半身を倒して雪の中に突っ伏した。


「ご、ごめんなさい!!」

「あ!こらユキ!一人で抜け駆けをするなー!白状もするな―!このまま逃げ切れ…ば…」

「…」


母からの圧の籠った視線を受け、それから逃げるようにカナレアは目を反らすもこちらもやがて耐えられなくなり…ユキと同じように頭を勢い良く下げた。


「ごめんちゃい…」

「うぅ…」

「…」


10秒ほど二人がそうしていると正面にいた銀龍が身体を動かす気配を感じ、視線の先の地面にはこちらに向かって手を伸ばしてくる様子が影に映っている。


「「っ…!」」


その影の手が自分たちの影の頭に触れようと瞬間、ビクッと反射的に身体を強張る。

そして…。


「…」


そのまま二人同時に優しく頭を撫でられ、ゆっくりと顔をあげる。

そこにあったのはいつも通りの無表情な銀龍のの顔だったが…なぜか無性に涙が込み上げてきて二人は泣きながら銀龍の身体にしがみついた。


「うぇぇええええええん!ままー!」

「ひっく…ぐすっ…!びぇぇ…」


そうやって幼く泣きじゃくりながら二人はこれまでの事を全て銀龍に白状した。


なぜ小さな二人の姉妹が人間と魔族を先導し、戦争を煽ったのか…それはすべて母と物言わぬ「家族」たちのためだった。


いつまでも戦争をやめない二つの種族。

どれだけ間接的にやめさせようとしても次々に投げ込まれ、そして死んでいく生贄たち。

不可侵の結界を維持するために膨大な力を常に消費し続け、疲弊して眠りにつく母。


もうこれ以上、自分たちと同じ境遇の理不尽に殺される「きょうだい」たちを出さないため。

大好きな母親との日常を取り戻すため。

姉妹は無数の墓の前でその決断を下した。


そこまで争いたいのなら心行くまで争わせようと。

たくさんの「きょうだい」を殺したのだ。

奪われた命の分だけ…やり返されなければいけないはずだと。


一人ひとり殺していくのは効率が悪いし、やがて抵抗されるようになる。

だから考えて導き出したのが同士討ちさせることだった。


いくら怒りからくる衝動だとしても…いくら守りたいもののための行動だとしても幼い姉妹がそれを決断するには途方もないほどの覚悟が必要で…何日も何日も悩んだ。

一時はやっぱりやめようと思い直しかけたが、そうやっている時にも双方向から生贄が投げ込まれ、息を引き取ってしまった。


目覚めない母の傍ら、新たな墓穴を掘りながら…二人は実行の決断を下すしかなかった。


「ごめん…ごめんなさーいー!わぁあああああん!」

「ぐすっ…ご、ごめ…なさ…ひっく…!」

「…」


銀龍は先ほどのダメージでいまだうまく力の入らない身体で泣き続ける娘たちを抱きしめる。

落ち着くまでただひたすらに…。


やがて涙もほどほどに二人は落ち着きを取り戻し、ゆっくりと銀龍から離れ…どちらからともなく笑みを浮かべた。

無表情の銀龍でさえも――


その時、銀龍の胸から赤く染まった腕が生えた。


「…!」

「「え…?」」


腕はすぐに胸の奥に消え、ぽっかりとあいた穴から真っ赤な血が零れだして地面の白に赤が染みていく。


自分の内から流れていく血を目を見開いて見つめながら…銀龍は雪の中に倒れ、その背後にはボロボロの黒コートと鍔の広い帽子を目深に被った男の…ストガラグの姿があった。


「「ままー!!!!」」

「…呪骸の逆適合から脱するとは予想外だったが…それでもやはり相応のダメージはあったらしい。こうも呆気なく終わるとはな。念のためにともう一つ呪骸を持ち出してきて正解だった…やはり仕事において最後に物を言うのは事前準備だ」


銀龍の胸を貫いたストガラグの赤く染まった腕には呪骸が握りこまれていた。

その力をもって銀龍を下したのだ。


「っ!!!おまえーーーー!!!!!!」


怒りによって頭に血が上り、カナレアは相手を確認するよりも早くストガラグに攻撃を仕掛けた。

しかし相対しているのは大人と子供…当然の力関係としてカナレアはいとも簡単にいなされてしまった。


「な、なんで…!?」

「キミはこの銀龍の加護を受けて超常の力を発揮していたのだ。その力の源が絶たれた今こうなるのは当然の事だろう…さて、心苦しいがキミたちにもここで静かに眠ってもらわねばならない。我らが教皇様はこの地の均衡を乱した者たちにたいそうお怒りのようだからな…そしてその仕事は…スレン特務執行官。キミに任せよう」


ストガラグの背後にいたスレンがビクッと肩を震わせた。


「じ、自分が…?」

「あぁそうだ…嫌な仕事だと思うかもしれないが、今回の研修でもっとも危険が少なく楽な仕事とも言えるだろう…何の力ももたない二人を終わらせるだけなのだから」


「相手は子供ですよ!?」

「だとしてもこれがキミの仕事だ。それに先ほども話したがこの二人はこの国での戦争を煽っていた実行犯…さらに言えば片方は魔物だ。もう一人もおおよそ人間とは言えん。10年ちかく見た目が変わっていないのだからな…さぁやりたまえ」


ストガラグは促すが、スレンは何度も首を横に振る。

スレンは誰かの助けになりたいからと執行官への道を選んだ。

決して子供を手にかけるためではない。

これだけはたとえ上司の言葉であろうと頷くことはできない。


「…俺が代わってやりたいが…これでも…限界なのだ…」


そう言うと同時にストガラグは雪の中に崩れ落ちた。

口と脇腹から大量の血を吐き出しながら呻き声を漏らす。


「ストガラグさん!!?」


スレンは慌てて駆け寄り、ストガラグを身を起こす。

それと同時にストガラグは震える手でスレンの胸倉をつかみ上げ、ぐいっと顔を近づけて瞳を覗き込む。


「やるしかないんだよスレン特務執行官…お前は何のために教会の門をたたいた」

「子供を殺すためではありません!誰かの助けにと…」


「そう、そしてお前は教会なら誰かの助けになれると思ったのだろうが!その通りだ…こんな世の中だ。清廉潔白な正義など世界に存在しない…しかしそれでも秩序を求めるならば…一人でも多くの無辜の民の安寧を望むのならそれを実現できるのは教会しかない…そしてそのために教皇様は行動しておられる…ならばこれは一人でも多くの人間に手を差し伸べることにつながる行為なのだ…」

「そんな…でも…」


「なによりお前は一般では知ってはならぬ情報を多く与えられすぎている…教皇様の存在に我ら枢機卿…呪骸に龍。全て流れれば世にいらぬ混乱を与えるものばかりだ…それを抱えているお前がここで逃げたとして無事で済むと思うのかね…?いいやお前だけならまだいいだろう。下手をすれば教会の手はお前の近しい人間にも及ぶだろう…」

「っ!?」


「そうお前はやるしかないのだ…教会と俺のようなパワハラ上司に脅され、やるしかなかったのだ…!やるんだスレン特務執行官…誰かを救いたいと願うのならば…何かを奪わなくてはならない。それが世の流れというものなのだか、ら…」


ストガラグはその言葉を最後に意識を失った。

生きてはいるようだが、すぐに治療しなければいよいよ危ないだろう。


スレンはストガラグを地面に横たわらせ、細身の剣を手にゆっくりと立ち上がる。

視線の先には母の亡骸に縋って泣きじゃくる小さな姉妹の姿があって――


数分後。


「俺は…いったい何をやっているんだ…!」


スレンは涙を浮かべながら…ストガラグを背中に抱えて吹雪の中を歩いていくのだった。


────────────


そして時はメアたちが銀神領に赴いているまさに最中。

黒神領でもう一つの戦いが繰り広げられていた。


漆黒の鎧をまとう女騎士うさタンクと呪骸を操る枢機卿のリムシラ。

黒と呪い…この二人の対決は意外な結末を迎えることになるのだった。

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