第102話 目的を思い出してみる
「うっ…うぅ…」
ガンガンと頭の中で鐘を鳴らされているかのような痛みの中で、スレンは目を覚ました。
なぜ…そしていつから寝ていたのか何も思い出せないまま、ゆっくりと身を起こす。
「起きた、か…スレン…特務執行官…」
「え…」
未だ視界が定まり切っていないながらも、スレンの視界にはその人物の姿がはっきりと映り込んでいた。
「ス…ストガラグさん…」
配属先の上司であるストガラグがスレンを見下ろすようにして膝をついていた。
いいや…見下ろしているのではない。
ストガラグの着用していた黒いコートはボロボロに焼けこげ、本人も全身に傷や火傷を負っていて、満身創痍としか言いようのない井出立ちだ。
口の端からはポタポタと血が零れ落ち、たまに咳き込みながら黒々とした血の塊を吐き出す。
それは内臓すらもダメージを負っているという証左で…。
そこでスレンの頭は霧が晴れたようにクリアとなり、全てを思い出す。
「ま、まさかストガラグさん…自分をあの爆発から庇ったんですか…!?なんでそんな!」
「仕事だからだよ」
一瞬の間も開けず、ストガラグはそう言い切った。
「仕事って…」
「俺の仕事はキミの新人育成…実地研修に引率だ。…現場で起こった不測の事態に新人の部下を巻き込むわけにはいかん…それが上司というものだ…覚えておきたまえ…ゴホッ!!」
「そんな…でもあなただけならば逃げられたのでは!?なのにそんな怪我まで負って自分を…いくら仕事だからっておかしいですよ!」
「おかしくなどない。職務には常に忠実でなければならない。私が選び、そして尽くすと決めた職場なのだ…ならばそこから逃げることなど許されるものか…仕事とはそういうものなのだ…そうでなければ意味がない…そう俺は…そのために…」
「ストガラグさん…?」
「…キミはまだ新人だからわからないだろうが…立場を得れば責任も付きまとう。だから俺はすべてを捧げて職務を遂行してきた…そう…全てを…ならばやり遂げなければ嘘だ。そうでなければ何のために捨てたのか…いや、少し喋りが過ぎたな…忘れてくれ」
口元の地を乱暴に拭い、ストガラグはふらふらと立ち上がる。
しかし、脚に力が入り切っていないのか、雪に足を取られバランスを崩し…慌ててスレンがその肩を支えた。
「くっくっく…したり顔で説教をしておいて締まらないものだな」
「そんなことより早く手当てを!ここに来た時の転移の術は使えるのですか!?」
「使えるが…その前にまだ仕事が残っている…たとえ早退するのだとしても…最低限はこなさなくてはな」
────────────
手のひらに魔力を流してみるとポッと火が灯る。
どうやらコレダーに使った指向性魔力も消費され無事に魔素が周囲に戻ってきたことに一安心している私こそブラック・レスト・ドラゴン。
皆様おはこんばんちゃっす。
今日も今日とて絶賛ぷにぷにぼでー真っ只中のメアです。
突然ですがここで前回までのあらすじを語らせていただきます。
えー…気が付いたら全部終わっていた。以上。
いや、本当にそうとしか言いようがないのよ。
でっかい靄の龍に踏まれたところまでは覚えてるのだけど…そこから記憶がぶっつりとしちゃってる。
妹曰く、なんでも大きくなった私があっという間に靄の龍を倒して呪骸を回収…そこに捕らわれていたというかおそらく靄の龍の核のようなものにされていた銀龍さんを救出したらしい。
何それ知らん。
心当たりがなさ過ぎてびっくり通り越して恐怖だ。
…大きくなったというのはあれだろうか?暴走くもたろうくんと戦った時に大人の姿になったやつ。
まぁ一度あったことだから二度目もあるでしょう。
そこはいいけど気が付かないうちにめっちゃ戦っていたというのはどういう状況なのだろうか。
完全に寝ていた感じがするのだけど、妹の話を信じるのならばそれはもう的確に戦っていたらしい。
なんてこったいスリーピングファイター。
私くらいのブラックドラゴンにかかれば遂に眠りながら戦えるようになったらしい。
…んなわけあるかい。
絶対に私の身に何かが起こっていたのだと思うけど…んー…考えてもわかんないし、まぁいいでしょう。
今現在はすこぶる元気で体調とかにも問題ないし、一旦おいておこう。
意識を失っていた銀龍さんも目を覚ましたことだしね。
「…」
「まま!」
「よかった…起きた…」
銀龍さんにしがみついてわんわんと泣いているその姿を…なんだか少しだけうらやましく思ってしまった。
ここまでいろいろなことがあったし、これからもいろんなことが起こりそうで…ふとした時にこんな時に母がいてくれたら話ができたのだろうかと考えそうになる時がある。
でも一度考え始めてしまうとそのまま引っ張られてしまいそうになるから考えない。
どんよりとするくらいならどれだけくだらない事でもいいからひとまず笑って過ごせ…母の言葉だ。
「姉さん…どうかしたの?」
背後から心配そうに妹に声をかけられてしまった。
いけないいけない、これではお姉ちゃん失格だし私のキャラじゃない。
ひとまずいい方向に意識を持っていこうと何か面白いものは無いかと探したところ、妹のお胸様の谷間に雪が積もっているのが目に入ってちょっと面白くなった。
「ん?なんでもないよん。さて無事に解決したことだしそろそろ帰りますか、おっぱ――妹よ」
「弟だよ。それにまだこれからだよ忘れたの?」
「…ん?」
そう言うと妹はお尻のお肉を揺らしながら銀龍さんに近づいていった。
…大丈夫かな?襲われないかな?
心配したけれど、どうやら大丈夫らしく銀龍さんは大人しく妹を見つめている。
「改めまして僕はあなたの旧友である聖龍…その息子です」
「…」
「息子ってなぁに言ってんだおまえー」
「どうみても…むすめ…?」
なんてお決まりのお約束をこなしていた。
うんうん、あんな「ふわふわだいなまいと」なぼでーを引っ提げておいて、なにが息子じゃいってみんな思うよね。
そうだこの機会に少し聞いてみようかな。
私は近くで深呼吸を繰り返しているエクリプスちゃんに近寄ってこそっと話しかけた。
「ねーねーエクリプス氏~」
「なんですぅ~メアたそ~」
「妹って本当に男の子なの?」
「ですよぅ。こう見えて私って魔物の一種で淫魔なんですけどぉ~その力でちょちょいのちょいと~」
「…なんで?」
「そっちのほうが可愛いからぁ~あとエッチなのは正義ですからねぇ」
なるほど。
なんにもわからんけどよくわかった。
なんかいろいろあるようだ。
まぁ可愛いのは同意するところなので、それでいいでしょう。
人はだれしもいろいろあるモノだしね。
と、そんなことを考えているといつの間にか妹たちの間で話が進んでいた。
「僕とあそこにいる姉がここに来たのはあなたに会うためでして…母からあなたに協力を要請したいそうです」
…そう言えばそんな話だったな。
いや、忘れてたわけじゃないよ?ただ記憶の片隅に追いやられてて意識できていなかっただけだ。
決して忘れたわけじゃない。
ブラックドラゴンウソツカナイシワスレナイ。
ブラックドラゴンカシコイ。
「…私は…ここから離れられ、ない」
消え入りそうな声で銀龍さんがそう言った。
離れられない…お家があるからだろうか。
「んおおおおおおお!?ママがしゃべったー!?」
「あばばばばばば…しゅ、しゅごい…!」
姉妹がすっごい驚いてた。
どんだけ普段から喋ってないんだ銀龍さん。
…いや、でも私の時は意外と喋ってたような…?娘たちとだけ話してないとか?
…そんなことある?
「離れられない…とは?」
「私が…この地から…でない代わりに…関わらない…そう教皇と名乗る人間と…その傍にいた、龍に約束した…」
「教皇と…龍…!」
「戦う気も、なかったし…関わらないと言うのなら…それで…いいと…でも…」
銀龍さんが言葉を切って姉妹に目をやり…その頭を軽く撫でた。
「結局…手を出して、きた…みたい…?」
「…ここで騒動を起こした理由は不明だけど…あれは確かに呪骸だった。つまり枢機卿…教皇の手の者ということです」
「あのおじさんユキをいじめてたぞー!!」
「…そ、それに…私とお姉ちゃんを…攫って…それ以外は皆殺しだって…いってた…」
それは穏やかな話じゃあないにゃあ。
とても物騒だ。
「皆殺しなんて怖いね」
私自身は話に横入りしないほうがいいと思ったので、エクリプスちゃんに暇つぶしの雑談を仕掛けるつもりで話しかけてみた。
「ですねぇ。でもあの姉妹もかわいい見た目して同じようなことを考えてたみたいですよぅ」
「ほぇ?」
「人間と魔族間での戦争が起こってるのを利用してうまい事扇動しぃ~両種族の共倒れを狙っていたみたいですねぇ調査によるとぉ」
「へぇ~?なんでそんなことするんだろう?」
「まぁなんとなぁ~くは分かるけどぉ…推測で話していいことかもしれないですからぁ~気になるなら本人たちを問い詰めたほうがいいかもねぇ~~」
「そっかぁ~」
そう言うわけならこれ以上詮索するのはやめておこう。
そこまで興味があることじゃないし…人がいっぱい死ぬって言うのは気になるけどいろいろ事情があるのだろうし、首を突っ込む事じゃない。
ひとまず私が守らなくてはいけないのは私の大切な人たちだから。
そしてどうやら話がまとまったらしく妹が私の4億倍くらいあるんじゃないかという胸を揺らしながら戻ってきた。
「もういいのん?」
「うん。話はまとまったよ。詳しい話は銀龍さんの方から母さんにしてもらったほうがいいと思って聞いてないけど、なんでも彼女は教皇と契約を交わしていたらしくてね…向こうが手を出さない代わりにこの国から出ないというものだったらしいけど…今回でその約束が破られたから母さんのもとに身を寄せるようにするらしい」
「ほーん」
「それより気になるのは…教皇の傍にいたという龍…」
「え~?でも聖女様は「金」と「紫」は向こうについてるって言ってなかったぁ?」
「…そうだねエクリプス。でも…なにかが気になるというか引っかかってると言うか…まぁ僕がここで悩んでも仕方がないか…ひとまず目的は達したし帰ろうか」
「銀龍さん達は連れて行かないの?」
「うん。いろいろ準備があるみたいだし…そもそも僕たちは少し派手にやりすぎた。枢機卿がここに来ていたのは間違いないだろうし、僕らは急いで退散したほうがいい」
確かにその通りだ。
あんな派手に誰かさんが周囲を爆破したせいでエライことになってしまってる。
以前住んでいた山の時みたいに広範囲…というわけではないけれど、それでも1キロ圏内くらいは派手にやってしまってる。
怒られる前に帰ったほうがいいというのは同意だ。
そんなわけで私たちはすでに懐かしい気がする我らが黒神領に戻ることにした。
思ったより大変だったけど、銀龍さんには会えたし、ノロちゃんの呪骸も手に入ったしで結果は良かったという事で。
それから数時間後、せーさんの力で開きっぱなしだったゲートを通って私たちは黒神領に戻った。
――そして戻ってきた私が見たのは…領の皆の死体の山だった。
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