第100話 鼓動を感じてみる

 振り下ろされた靄の龍の大きな脚を地面をころころころりんとして避ける。


明確な実態があるようには見えないのに、ずんとした重たい衝撃が地面を通して伝わってくる。


「うむむむ…どうようかなぁこれ…」


呪骸の気配はこの黒い靄の龍から感じる。

なにがどうなってこんなことになってるのかはわからないけど、ノロちゃんの身体を取り戻すという意味でも、この胸のムカムカを解消するという意味でも戦わなくてはいけない。


…いけないのだけど問題は周囲に魔素がないという事だ。

いくら魔力があっても魔素がなければほぼ意味はない。


炎を魔法で出そうと思うのなら魔力で型を作り、そこに魔素が流れ込み、形を与えることではじめて炎となるのだから。

それは私が普段使いしているドラゴンクローなどの技も同様で、魔素がなければ話にならない。


ドカーン!と爆発音が聞こえた。

うん…未だ元気に私のコレダーは爆発を繰り返しているらしい。


どの程度の指向性魔力を外に放ったのか、記憶は定かではないけれど、正気に戻った際に減っていた魔力から察するにおそらくあと数分は周囲の魔素を巻き込んで爆発を続けるだろう。


つまりその間、私はほとんど生身でこの靄ドラゴンを相手にしなければならないというわけでして…大ピンチだ。


「くそぅ…この私をここまで追い込むとは…なかなかやりおる…」


追い込んでるの自分じゃないっすか!!と内なるくもたろうのツッコミが聞こえた気がする。

いくら私の脳内で再現された友人だとしても言っていい事と悪いことがあるでしょう。

本人が起きたら絶対にしばく。


そんなことを考えていると靄の龍が再び前足を持ち上げて振り下ろしてくる。

巨体故に動きは遅いから私のミニマムボディーをもってすれば避けるのはたやすい。


普段から逃げるウツギくんを追いかけまわして遊んでいた成果が出ているね。

しかもあれだ…不幸中の幸いと言っていいのかは微妙なところだけど、周囲の魔素がない影響が向こうにも出ているようで物理的な攻撃しかしてこない。


これならやりようはあるかもしれない。


「魔素が戻ってくるまで逃げればいいってのはそうかもしれないけど、逃げるか立ち向かうか二つの選択肢があるときはとりあえず向かえ!って母が言ってたしね!」


てか逃げると後ろにいる妹たちに被害が出そうなので無しだ。

私は家族や友達は守るし、環境にも配慮できるクリーンなドラゴンで売っているのだから。


「っぁい!!」


もはやほぼ落ちてきたと言ってもいい龍の脚にむしろジャンプして自ら向かっていく。

そして圧倒的身のこなしを披露し、爪を掴んでくるりと半回転。

足裏から足の甲へ、さらにさらに脚が地面につく衝撃が来る前によじ登っていく。


途中何度か振り落とされそうになったけれど、何とか目的の場所…多分だけどお腹の中心くらいの場所にたどり着いた。

ここからとっても気分の悪い気配がする。


おそらく呪骸があるのでしょう。

ならばここを抉り取れば…と手を手刀の形にして突き刺してみようと試みる。

突き指する結果に終わった。

痛い…。


こんなとき人間の身体と言うのは不便だ。

攻撃するための鋭い爪も、牙もなく…飛ぶための翼も身を守るための鱗もない。

だからこそ武器も装備したり、知恵を駆使したり出来るようになっているのだろうけど、こういう時には本当に無力だ。


さてさてならどうするべきか。

嫌だけど…ほんっ…とうに嫌だけど、方法は一つしかない。


この部分を食い破る。


あまりにも嫌すぎる。

だって不味いのが分かってるから。

あんな味は二度と…二度と味わいたくない。

でも今はこれしかない。


意を決して靄の龍の胸に勢いをつけて噛みついた。

食べるつもりはなくても、口に入れた時点でどうしても味というものはしてしまう。


そもそも風味も最悪だ。

とにかくなるべく意識をそちらに割かないようにして胸を食いちぎる。


うん…やっぱりこれならいけそうだ。

こうやって少しずつ身体を剝いで行けば…そのうち呪骸にたどり着くだろう。


だけどここで予想外のことが起こった。

口に入れましたこちらの世にもまずい黒い靄でできた龍のお肉…。

こんなもの絶対に食べられるわけがない…わけがないのに私の身体はひとりでにそれを咀嚼し始めた。


一度口に入れたモノはちゃんと食べる。

私の中で絶対のルール…ポリシー。

口に染み付いたそれが無意識にそれを私に食べさせる。


まずい。

まずいまずいまずい。

まずい!まずい!まじゅいいいいいいいいいいいいいいい!!!


「あびゃあああああああああ!?」


口の中に広がる最悪の味。

よく人から聞く不味いの定義に苦いだとか、甘ったるいだとか、土の味がするだとかがあるけれど、そのどれでもない。

というか苦くても甘ったるくても土でも私は大好きだ。


でもこれは違う。

もうまずいとしか言いようがない。


まずくてまずくて…そしてまずい。

咀嚼するたびに口に広がるこびりつくようなまずさ。


舌に纏わりついてにちゃりと染み込んでいくまずさ。

歯ですら感じる気がするまずさ。


無理無理無理無理むりぃ!!!!

こんなの飲み込めるわけがない…なのに噛んだものを吐き出すことなんてできない私はそれをごくりと飲み込んでしまった。


口の中からは消えたはずなのに、最悪の後味が残って不快感が凄い。

お腹の奥から腐ったような匂いが口と鼻に抜けてくる気がする。


嫌だいやだ!

こんなのがこの世界に存在しているという一点のみで私は世界を滅ぼすために行動を開始するかもしれない。

それほどに最悪だ。


「────!!!」

「あっ!」


まずさに気を取られすぎて靄の龍が暴れた拍子に体から振り下ろされる。


「姉さん!!!」


妹の叫び声が聞こえた瞬間、身体にものすごい衝撃と圧力を感じた。

空中に投げ出された状態で足で踏みつけられて地面にそのまま叩きつけられたらしい。


痛い…苦しい…でもそんなものでさえも呪骸のまずさに比べればマシだ。

いや…でもこのままだとまずい…死んでしまうかもしれない。


それは…だめだ。

私は死ぬまでは生きなければいけないのだから。

それが母との約束なのだから。


――ドクン


そんな音が自分の中から聞こえた。

心臓の鼓動だろうか。


だけど何かがおかしい。

自分の中から聞こえているのに…自分の音じゃない。


――ドクン


自分の中に…もう一つ鼓動を刻む何かがある。

それの鼓動はどんどん早くなっていき、身体が熱くなって、息が苦しくなる。

この感覚には覚えがあった。


それは以前に暴走していたくもたろうくんと戦っていた時と同じ感覚。

ノロちゃんの心臓と食べた時のそれによく似ていた。

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