第95話 最適な選択

 現れたカナレアの姿を見てストガラグはニタリとした不気味な笑みを深める。

背後で一連の状況が飲み込めず訳が分からないと言った様子のスレンが捕らえている少女に一瞥し、一人うんうんと頷く。


「あぁこれは助かった。わざわざもう一人のほうも来てくれるとは仕事がやりやすくていい。これも日々職務に忠実な俺だからこその仕事運と言うやつだろう。しかし一応確認はしておこうか…思い込みで仕事をするのは社会人にとって最も避けなくてはならない事象の一つだからな」


ストガラグがゆっくりとした動作で帽子を脱ぎ、カナレアに向かって一礼をした。

後ろへと撫でつけられた白髪が雪の中でも不気味にその存在を主張しているように見える。


「初めましてお嬢さん。キミがこの国の人間たちから「巫女」と呼ばれている者で間違いはないかね?」

「おー確かに私ちゃんこそが偉大にして聡明、氷のようにクールで闇のようにカッコいい、最強にして無敵の究極的巫女!その名もカナレア・セレナーデ!覚えておけっ!たぶんいいことあるぞ!たぶんなっ!といつもなら言うところだけどお前はダメだー!よくもウチの妹に酷いことをしてくれたなっ!」


カナレアは苦しそうな顔でスレンに捕まっている少女…ユキをみて怒りをあらわにし、ストガラグはそれを鼻で笑いながら帽子をかぶり直す。


「これは丁寧にどうも。話がスムーズで実にやりやすい」

「おー私ちゃんも聡明だけどわかりやすいほうが好きだからな―。とーいうわけでーお前を今からスーパーずのうぷれーでめちゃくちゃしばくから覚悟しろ―」


「くっくっく…俺は商談相手に無駄な手間を取らせる無能ではない。仕事の神髄とはどれだけの無駄を省けるかだ。というわけでわかりやすくいこう。我が呪い…多少苦しくはなるが殺しはしない。少し我慢をしてくれたまえ」


ストガラグがカナレアを指差し、黒い靄が拡散する。

呪骸に込められた【窒息】の力が小さな巫女に襲い掛かろうと迫った。


「なぁにが呪いだっ!そんなものがこの完璧かっこいい系美少女の私ちゃんに通用するかっ!」

「なに?」


くるくるとどこからともなく取り出した木の枝を振り回しながらカナレアが吠える。

子供特有の根拠のない自信…ストガラグはそう考えていたが呪骸はいつまでたってもその効力を発揮せず、カナレアはドヤ顔で枝を振り回し続けていた。


「馬鹿な…いったいなぜだ?その枝に秘密が?」

「ふふん。貴様も枝に目を付けたのかー?だがダメだぞ!これは私ちゃんがそこらへんで見つけた「いい感じの枝」だからなっ!お前のようなやつに渡せるものかっ」


「…ふむ。どうやら何の変哲もない枝のようだな。ならばなぜ…いや、この気配は龍か?なるほど…すでに眷属のようなものになっているとかでその権能の一部を継いでいるのか?しかし魔族の娘にそのような力は見られない…見たところ魔力量が桁外れのようだし、そこに理由が?」

「なぁにぶつぶつ言ってんだーっ!…っと、それよりユキ!早く戻ってこいっ!」


振り回していた枝がザクっと雪の積もった地面に突き刺される。

ストガラグは次の瞬間に足元を不可視の流れのようなものが過ぎ去ったのを感じ、その流れを追って後ろを振り向いた。


そうしてみたものは捉えていた少女…ユキに腹部を殴られて嗚咽を漏らしているスレンの姿だった。

ユキはそのまま滑るようにストガラグの横を素通りし、カナレアに合流したのだった。


「ひぃーん!おねえちゃ~ん!」

「おーよしよし、怖かったなぁユキ~」


少女の身で成人男性を殴り飛ばしたとは思えない情けない声を上げながらユキは姉に抱き着き、カナレアはそんなユキをあやすように撫でる。

ストガラグはスレンを心配するでもなく、少女たちに帽子に隠れた鋭い視線を注ぎ続ける。


「これは完全に想定外だ。確かに調査の段階で十数年前の失踪時と現在で容姿が変わっていないなどの異常が報告されていたが…なるほど…なるほど…どうしたものか…新人研修も兼ねた簡単な仕事だと油断したか…?ふむ…まさか呪骸の力を弾くどころか遠隔で他者の影響すらも解除できるとは…」

「ふふん!びびったか!私ちゃんの偉大さに漏らす前にひれ伏してごめんなさいしろっ!この悪人め!」


「悪人か。巫女だ聖女だと言いながら人々を争いに先導する者たちよりよっぽど善人寄りだと思うがね。なぜなら「俺たち」の仕事は最終的に普遍的な社会幸福につながるのだから。そしてこれでも社会に出て長いのでね。トラブルにぶつかった程度で粗相はしないよ。むしろここからどうアドリブで対処して見せるかが社会人としての力量だと知り給え」


帽子の奥…そこから放たれている雰囲気が一変したのがカナレアには分かった。

先ほどまでの不気味な笑みは鳴りを潜め、周囲の空気よりも冷めた刃物のような空気が当たりを満たしていく。


「むむ…」

「お、おねえちゃん…」


縋りつく妹。

倒れているソードとエクリプス。

突きさすような冷気。


キョロキョロぐるりと周囲を見渡し、状況を整理してカナレアは一つの結論を導き出した。


――なんかこれは無理っぽい。


やってみないと分からないことかもしれないが、自分たちで何とかできないという気がしてならなかった。

カナレア一人だけならこのままストガラグに挑んだかもしれない。


しかし今は妹がここにいる。

この国において姉であるカナレアが唯一守らなくてはいけない存在が。


故にカナレアは決断した。

成功するかどうかもわからない…そしてある種の反則でもある究極の行動に出ることにしたのだ。

それは…。


「ままー!!」

「…は?」


突如として叫び声をあげたカナレアにさすがのストガラグも呆気にとられる。

叫び声はしん…と周囲の雪が舞う空に消えていき、すぐに静寂が戻る。

だがカナレアは止まらない。


「ほら、ユキも一緒にー」

「う、うん…でもいいのかな…?」


「いいのっ!ほらせーのっ!」

「「ままー!!!!」」


少女たちの存在はこの地に翼を下ろす存在への呼び水。


ほとんど直感でこのままではいけないとストガラグは腕を上げた。

しかしすでに遅かった。


母親というものは子供の叫びにまっさきに駆けつけるものなのだから。


雪が降る。

ひらひらと舞い落ちるだけだったそれは肌を切りつけるような風に巻き込まれ吹雪となり周囲を飲み込んでいく。


空気が凍り付いた。

雪の下からまるで木が芽吹いたかのように氷が突き出し、空気を凍らせながら成長していく。


異常気象、天変地異。

突如起こるそれはあるところでは神とすら呼ばれた存在の到来を告げる合図だ。


「…まさか直接相対することになるとは…これだから仕事と言うやつは侮れないものだ」

「…」


凍るような吹雪の中、二人の少女を庇うようにして狼のような銀髪の女が…銀龍がその姿を露わにした。

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