第94話 死の権能
顔に向かって指を指された。
動作で言うのならばそんな何でもないような行為。
だがそれは明確な力としてソードに襲い掛かった。
「っ…!?ぅ…ぁ…」
突如としてソードは喉を抑えながら口をパクパクとさせ、苦悶の表情を浮かべたのだ。
過度な運動をした直後のように息が苦しい。
じんわりと見えない手で首を絞められているかのように酸素が身体の中から出ていく。
まるで世界から空気が消えてしまったかのようになんど呼吸をしても取り込むことができない。
息が苦しいのなら、ただ呼吸をすればいいだけなのにそれができない。
物理的に何かをされているのならそれを振りほどけば済む。
しかし誰もソードには触れておらず、どれだけ暴れようとも苦しさは増すばかりで改善は一切されない。
「っぁ…こ…れ…は…!」
「くっくっく…苦しかろう?まるで逃げ場のない水の中に放り込まれたようだと人は言うが…どんなものだ?うん?我が呪骸の力は」
「じゅ…が…い…っ…!」
「ああそうとも。社会人としての手向けだ。死ぬ行くだけのお前にも教えてやろう。なぜ自分が死ぬのかも知れないというのはかわいそうで俺も心が痛むからな」
ストガラグはソードを指差していた手を開く。
そこに禍々しい気配を帯びた靄を吐き出し続ける小さな石のようなものがあった。
「これこそ教皇様より授けられし我が呪骸…そこに込められた死が権能は【窒息】。そこにどれだけ大量の酸素があろうと、相手がどれだけの肺活量を持とうとも…そしてたとえ対象が呼吸を必要としない生物であったとしても確実に対象を窒息させる。お前は見た目に似合わずそこそこ鍛えているようだから死に至るまでは時間がかかるだろうが…しかし抗えはしないだろう?」
「ぐ…っ!!」
ソードはすぐさま足に力を籠め前へと飛び出した。
余りの息苦しさ…逃れようのないその力に臆するよりも先に体が動いたのだ。
それは龍としての生存本能だったのか、はたまた本人の性質故か。
とにかくソードは前に出てストガラグを倒す道を選んだ。
残された時間はそうは多くない。
とにかく早急に力の発動源であるストガラグを倒すしかないのだと全速力で近づき、そして先ほどと同じように蹴りを放つ。
そこに込められた力は先ほどの焼き増しではない。
牽制ではなく、明確な殺意を込めてそれを放つ。
だが…蹴りはいとも簡単に避けられてしまし、追撃で放った更なる蹴りも、拳による突きも全て容易くいなされていく。
「っ…!!」
「くっくっく…その顔は俺の動きが急によくなったとでも思うか?残念ながら外れだ。俺の動きが良くなったのではなく、お前が鈍くなっているのだよ」
ソードの攻撃の隙を縫ってストガラグが裏拳を放った。
それはソードにとっては欠伸が出るほどに遅すぎる攻撃であったはずなのに、避けることができなかった。
裏拳に頬を打たれ、ソードは雪の上に転がる。
息苦しさはさらに増すばかり。
「普段は当たり前すぎて意識などしないのだろうが、呼吸と言うのは我々のような生物の活動にとってもっとも重要な機能の一つと言っても過言ではないのだよ。酸素の供給が止まればその時点で徐々に頭はその機能を失っていく。人体のすべてを制御統制している部分がダメージを受けるのだ…当然身体は思い通りには動かなくなるうえに、意識も朦朧としていく。特にお前のようなインファイターには致命的だろう」
ストガラグは顔と帽子についた雪を払いながら感情を感じさせない淡々とし、事務的な声色で話し続ける。
「武道の基本は呼吸…蹴りを放つというのは想像以上に重労働だ。足と言う筋肉と脂肪の塊を重力に逆らって持ち上げるのだ。当然勢いを付けようと思えば呼吸が整っていなければ話にならない。拳で殴るという行為にも同様の事が言えるだろう。威力を出すインパクトの瞬間…そこに呼吸を合わせろと格闘技をもし習ったのなら教えられるだろう?」
倒れたソードのもとまでストガラグはゆっくりと歩き、しゃがみ込むようにして雪にまみれたその顔を覗き込む。
まるで大人が子供にい聞かせるような空気を瞳に滲ませながら。
「そして俺のような社会人にも当然必要なことだ。呼吸ができなければ言葉も話せない。つまりはプレゼンも出来なければ接待もできないという事だ。それはあまりにも致命的だ。俺なぞはどんな長文の資料でも淀みなく読む事が出来るように…そしてスピーチができるように肺活量を増すトレーニングをしたものだ。社会人のたしなみと言うやつだな。さてわかっただろう?呼吸というものがどれだけ大事なものなのか」
「…っぁあ!!」
ソードは力を振り絞って話すことに夢中になり、隙だらけのストガラグに更なる攻撃を仕掛けるも結果はもはや語るまでもなく…なんの痛痒も与えることができなかった。
「くっくっく…理不尽だろう?ふざけるなと足りない酸素を消費してまで叫びたくなるだろう?そう、それでいい。そう思うのならお前は正常だ。なぜならそれこそが…唐突に降りかかり、理不尽に何もかもを奪い尽くし、全てをひっくり返してさらに奪い尽くし、意味のないものとする…それこそが「死」なのだから」
薄れゆく意識の中でソードは一つの決断を迫られていた。
この状況を打開できる可能性がソードの中にはある。
それは龍としての力を解放すること。
ストガラグはソードの事をいまだ人間だと思っている。
ならばその隙をつき、力を使うことであの男を倒すことができるかもしれない。
倒しきれずとも状況を変えることはできるだろう。
しかし同時に仕留めきれずに逃げられる可能性も並行して存在している。
もしここで龍の力を解放し、その上でストガラグを取り逃がすようなことがあれば…ソードという龍の存在が敵にバレてしまうことになる。
そうなればソードの母でもあるセラフィムは厳しい状況に追い込まれるだろう。
ソードの存在を盾に脅迫を受けるか…もしくは…。
そうしてソードに突き付けられている選択は二つ。
このままの状況を受け入れるか…それとも保身のために禁を破るか。
朦朧とする中でソードがが選んだ答えは…。
(…なんとか「アレ」を完成させておくべきだった…ね…姉さんとの一件から気を引き締め治したつもりだったけど…まだ僕にはいろいろと足りていなかったようだ…母さんを売ることなんてできない…だけどここで無為に力尽きることも出来るわけがない。なんとかエクリプスと…あの少女だけでも…!)
力を振り絞り、「人として」再び立ち上がろうとしたその時だった。
「おまえらー!人の妹になぁにしてんだー!」
ソードの背後から子供のそんな声が聞こえた。
まさか姉さんが…?と振り向いたが、そこにいたのはメアではなかった。
似ていると言えば似ているが明らかな別人…黒い髪に白いローブを纏ったその少女はカナレアだった。
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