第62話 旅行準備してみる
夕日に照らされるエナノワールの屋敷。
その一室で子供の様に泣きじゃくるアザレアの声を聴きながら、執務しる扉の近くの壁にでウツギが苦虫をかみつぶしたような顔でもたれかかっていた。
その手には細かい意匠の施された装飾品が握られており、それを見つめてウツギは小さく「クソが…」と声を漏らす。
「む…お前何をしているのだ?」
ただ立ち尽くしていたウツギは声をかけられて初めて、近くに人が来ていたことに気が付いた。
声をかけてきたのはブルーだったが、さらにソードにウツギにリョウセラフまで客人が勢ぞろいしていた。
おそらくセンドウが龍達に対して研究の協力を要請していたとかそんなところだろうかと、どこか冷静にウツギは考えていたなか、リョウセラフが小走りでウツギのもとまでやってきて手の中を覗き込んだ。
「むー?ウツギお兄ちゃんこれなぁに?」
「おや…それは確か以前アザレアさんが外出していた時に身に着けていた…ひっひ!またやってしまいましたかぁ?」
「ん?」
「む?」
無邪気に聞くリョウセラフに事情を全て察してしまい、言葉を濁すセンドウ。
何もわかっていないソードとブルー。
反応はそれぞれだったが、ウツギは今も背後から微かに漏れている泣き声を聞きながら手の中にあるそれを強く握りしめ…センドウに投げ渡した。
「何でもねぇよ…ただ落ちてたのを拾っただけだ。あのクソ妹に返そうと思ったが…なんか間が悪かった。俺…向こうに戻るからアンタの方から返しておいてくれ…」
そう言うと踵を返し、その場を立ち去っていく。
ウツギの心の中にどう言葉にすればいいのかもわからない、苛立ちや、焦燥感のようなものがぐるぐると渦巻いて吐き気のようなものすら感じ始めた。
「っ!クソが!!」
もはや口癖になっている意味のない文字列を吐き出しながら近くの壁を蹴り飛ばす。
「ぴっ!…おにいちゃん…?」
ウツギは気が付いていなかったが、その後ろをとことことリョウセラフが付いてきていたようで、声に振り返ると驚いたような顔でウツギを見て固まっていた。
「…てめぇもいつもいつもくっついてくんじゃねぇよ。将来俺みたいなのになりたくなんかねぇだろ」
それを最後に今度こそ振り返ることなくウツギは日が当たらなくなり、陰になった屋敷の奥に消えていった。
「ふむ…」
立ち尽くすリョウセラフの後ろでブルーがその背中に意味ありげな視線を送っていた。
────────────
「とぅ~るっるっ~わうわう!」
テンション高く母の記憶の中にあった謎のメロディーを口ずさむ私こそが何を隠そう旅行準備ドラゴンだ。
なんやかんやあり、アザレアから銀神領への旅行許可が出たので買ってもらったバッグにあれやこれやと詰め込んでいるところなのだけど…これがなかなかに難しい。
「ん~ジャーキーに干し芋にパンにお魚の缶詰にクッキー…んー…困った」
どれだけ頑張ってもバッグの中に荷物が収まらないのだ。
どうしたものかにゃぁ…。
「伴侶様…食料はそこまで用意しなくとも…現地で調達できるので…は、ないでしょうか…」
ベッドの上でごろんとしながらノロちゃんがそんなことを言ってきた。
「ん?うん、だから少ししかもっていかないつもりだけど、その少しも入らないんだよぅ」
当然食べ物は銀神領でも探すつもりだ。
旅行の醍醐味と言えば食べ歩きなれば、そこまで多くの食料を持ち込むつもりはない。
旅なんてお金と食欲だけを詰めていけばよいのだ。
でもその少しすらもこのバッグには納められない。
「…わたしは…たべないので…わかりません…が…通常の人の…一週間分ほどの量は…広げられているように…思います…」
「ええ?向こうにつくまでのつなぎとしての量しか用意してないから1,2食分しか用意してないけど」
旅という性質上、必然的に持ち込む食料は片手で食べられるようなものに限られる。
そうなればほら…なんかあんまりお腹にはたまらないから量は少し多めに見えてしまうかもしれないけれど、さすがに一週間分はノロちゃんの言い過ぎだろう。
そんなんじゃまるで私が食いしん坊みたいだ。
私は食べるの大好きドラゴンではあるが、食い意地ドラゴンではないのだ。
そんなことより今はどうやってこれらをバッグに収めるかのほうが大事なのだ。
これでも泣く泣く量を減らしているというのに、これ以上の妥協…いや諦めは死に直結する可能性すらある。
食を舐めてはいけないのだ。
力はお腹から。
完全究極百パーセントのパフォーマンスを発揮するには胃袋に空きがあってはならなないのだから。
「んー入れ方が悪いのかなぁ~一度全部出してっと…」
バッグをひっくり返すと底の方から黒くて小さなモフモフがコロコロと転がりながら出てきた。
これが原因か!
「ダメだようさタンク!キミはお留守番だって言ったでしょ~」
「――」
耳をぺたんと寝かせてしゅんとするうさタンク。
可愛そうだけど、人間と魔族がぎゃあぎゃあやっている場所にこんなかよわい生き物を連れていくわけにはいかない。
どれだけ状に訴えかけられようともお留守番である。
「ほらノロちゃんと一緒に大人しくしててね」
うさタンクをノロちゃんがいるベッドの上にそっと乗せる。
見つめあう一人と一匹。
常に口元に裂けたような笑みを浮かべているノロちゃんとウサギ特有の無が顔に張り付いたうさタンク。
赤と黒。
牙を剥くうさタンク。
打ち上げられた魚のように暴れだすノロちゃん。
ミシッ…ミシッ…!と嫌な音をたてるベッド。
穴だらけになっていくシーツ。
うさタンクを回収する私。
うん…他の人のところに預けよう。
私はひとまずうさタンクを抱えて荷物をそのままにノロちゃんの部屋を後にした。
「でもどうしよっかなぁ」
置いていくと言っても何もせずほったらかしにするわけにはもちろんいかないし、アザレアは忙しいだろうからお世話は頼めない。
いや頼めばやってくれそうだけど、だからこそね。
あんまり甘えすぎるのもどうかなってね!
ウツギくんはほとんど毎日どっかに行ってるし、センドウくんはなんかたまに爆発してるし、ブルーくんはなんか小動物のお世話なんて出来なさそう。
妹は私に同行して一緒に旅行に行くらしいので除外。
ちなみにアザレアは最初、旅行についてこようとしたけれどさすがに生身の人間には危ないかもしれないのでお留守番になった。
「そうなるとやっぱり…あそこかなぁ」
そんなわけで私がうさタンクを連れてきたのはいつもの場所…ご飯を食べる祭壇だ。
いつもは私が座ってる場所にそっとうさタンクを座らせて、教徒のみんなみ向かって一言。
「私はしばらく旅行に行かないとだから!みんなはその間うさタンクのことを私だと思ってね!」
教主うさタンク爆誕。
「「「ははーっ!」」」と頭を下げるみんなと、心なしかどや顔でふんぞり返っている気がしなくもないうさタンク。
皆ノリがいい人たちである。
まぁ冗談は抜きにしてもうさタンクは最近いつの間にか教徒の一員になっていたリンカちゃんに懐いてるし、彼女たちに任せておけば大丈夫だろう。
あとはうさタンク本人だ。
お留守番は嫌そうだけど、こういう時は無理にこちらの言い分を通すのではなくて、そこに意味を持たせるのが大事だ。
ネムの子育てで私はそう学んだ。
「うさタンク」
「――」
もひもひと口を動かしているうさタンクのふわふわな頭を指先で撫でる。
「みんなのことを私の代わりに守ってあげてね」
「――!」
ピンと耳を立ててやる気を見せるうさタンク。
当然なにかが起こるだとか思ってないし、うさタンクに弱くても戦え!なんて言うつもりはないけれど、ただお留守番をさせるのではなくて、ここにいることも仕事だと認識させることによって不満を取り除く高等テクニックなのだ。
私はうさタンクの預け先も決まったことに満足してノロちゃんの部屋に戻った。
するとあら不思議、さきほどまで床にぶちまけられていたご飯たちがバッグの中に綺麗に押し込まれていた。
「あれ!?なんで!?」
「…僭越ながら…伴侶様にかわり…私が…やらせて…いただきま、した…」
「おおー」
なんというかとても器用だった。
まるでパズルのように食べ物同士を重ね合わせ、一辺の隙間も無駄にせずに詰め込まれている。
こういう言い方は良くないかもしれないけれど、片腕なのに凄いと素直にそう思った。
私なんかより百倍優秀だ。
「ありがとうノロちゃん!」
「いえ…しかし…一度…取り出してしまうと…戻すのがややめんどう…かもしれません…そこだけ、は…お気をつけ…ください…ませ…」
「大丈夫だよ!一食分だから!」
出したら戻さない。
全部食べるから。
そんなわけで準備もできたのでいざ銀神領にれっつごー。
「姉さん準備はいい?」
「おっけーだよ妹よ」
「弟だよ。それじゃあ母さんが道をつないでくれてるから、そこを通って行こう。銀神領のすぐ近くまでは行けるはずだから」
「あれま」
ならば食料の準備は必要なかったかもしれない。
いや…合って無駄なものじゃ断じてないし大丈夫でしょう。
それに戦争中らしいからご飯が簡単に調達できないかもしれないしね!
「メアたん…」
見送りに来てくれたアザレアが今にも泣きそうな心配そうな顔をしていた。
なのでまたこの前のようにしゃがんでもらって頭をなでる。
「大丈夫だよ。もどってくるからね」
「うん…」
アザレアはそのままがばっと私に抱き着いてきて、その顔を胸にすりすりとしてきた。
「アザレア?」
「しばらく会えなくなるから…はぁはぁ…このなだらかな大地とぷっくらポンポンとあまあまな香りを脳と体に刻みつけておかないと…!すぅ~~~~~~~~~~~~~…すりすりすりすり――」
「はぁ…姉さん少しだけ目をつむっておいておくれ」
妹の言う通り、目を閉じると次の瞬間「ゴッ!!」とい重たい打撃音の後、アザレアの気配が消えて遠くの方でどこかの家の壁が崩れ落ちる音がした。
「むむ?なにがあったの妹よ。そしてアザレアはどこに?」
「弟だよ姉さん。何でもないよ、ただアザレアは眠たかったみたいで向こうの方で休むってさ」
なるほど。
眠たいのなら仕方がない。
そんなこんなで私と妹はせーさんが作ってくれた光の道を通って銀神領に旅立ったのだった。
────────────
メアたちが旅立ったのとほとんど入れ替わりでその金色の髪を携えた女は黒神領の地を踏んだ。
女は修道女の格好をしており、その顔には人の警戒心を解くような柔らかな笑みが浮かんでいた。
そんな女を最初に発見したのは領内の見守りをしていた三人組のメア様教の信徒たちで、この辺りでは見ない人物だという事でその中の一人が代表して声をかける。
「失礼、もしかして旅のお方でしょうか…服装を見る限り協会の関係者の様ですが、えっとここは黒神領の土地だという事は知って――」
その続きが信徒の口から発せられることはなかった。
その前に首が地面に落ちたのだ。
「は…」
「え…?」
仲間の身に起きた異常な事態を飲み込めず、呆然と立ち尽くす二人に女はゆっくりと近づいてく。
「汚らわしい「黒」どもが神聖なるこの私に声をかけようなどとは死をもってして贖うべき大罪だとは思いませんこと?」
「あ、あんた何を言って…」
反射的に口を開いたもう一人の首が落ちた。
「ひ、ひぃいい!?」
「うっふふふふふ、やはり穢れた地に住む人以下のゴミほどの価値もないカスどもですわね。今言ったばかりの事もわからないなんて…ねぇ?」
「う、うわぁああああああああああ!!!」
恐怖に耐えきれなくなった最後の一人が悲鳴と共にその場を走り去る。
その必死に死から逃げようとする背を追うことはせず、女はほほ笑む。
「うっふふふふふ、いいですわ。そのままお仲間ものもとまで走ってください。そうすれば残りのカスを探さなくて済みますから…あぁ大司教様!この私があなた様の仇を…この穢れた領に住む人間を皆殺しにしてとって差し上げます…教皇様からの情報に感謝を…この枢機卿が一人「貧狼のリムシラ」が悪しき存在に神の裁きを降しましょう。うっふふふふふ!」
リムシラは教徒たちの首から流れた地でできた赤い水溜りを踏みつけながら歩き始める。
黒神領に教会からの魔の手が迫っていた。
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