第61話 過去を聞いてみる

「銀龍…銀神領にもアンタみたいなのがいるって言うの?」


アザレアが私のところまで移動してきて、せーさんから隠すようにむぎゅっと抱きしめながら、そう聞いた。


「ええ…いる…と思うのですが…」


対するせーさんは何故か歯切れが悪く、微妙な表情をしていた。


「何よいると思うって」

「いえ、それがメアに銀神領まで出向いてほしいとお願いしている理由の一つなのですが、もう長い事そこにいるはずの銀と連絡が取れていないのです」

「ほー?連絡って言うことはせーさんとその銀龍さんってお友達なの?」


「まぁ…おそらくは…険悪ではないと思うのですが…」

「だから歯切れが悪かったり遠回しだったりするのやめろって言ってるでしょ。短く!用件だけを!先に!話せ!そもそも話がどうであれ戦争中の場所にメアたんを連れてなんていけないし、ましてや龍なんて!」


なにやら今日のアザレアはイライラアザレアらしい。

ちょっと語気が強いというかなんというか…やっぱり疲れてるのかな?


うーん…そう言えば以前に「メアたんに抱きしめてもらえれば癒されるから!」って叫びながら夜に部屋に突撃してきたことがあったな。

その時はアザレアが入ってきて10秒後くらいにやってきた妹に叩きだされてたけど…あの時の言葉が本当なら私にもアザレアに何か出来ることがあるのかもしれない。


「アザレア、アザレア」

「ん?なぁにメアたん」


「ぎゅー」


とりあえず抱きしめられている状態でアザレアを抱きしめ返してみた。

いや、私の短い手足では抱きしめているとは言えないかもしれないのだけど…とにかくお腹の部分に精一杯かつ、潰してしまわないように気を付けながら抱き着いた。


ぶしゅうぅうううう!と勢いよく何か液体が噴き出している音がする。

なんだろう?


「メア、そのまま顔をあげないように。まったく…これだから変態は…ふんっ!!」

「ぐぇっ」


せーさんの気合が入った声と、アザレアの小さな悲鳴が聞こえてきた。

そしてもう離れていいとせーさんに言われたので抱きしめを解除してみると…アザレアの正面…テーブルの上に血だまりができていた。


いったい何が…。

ちなみにアザレアは何故か鼻を…いや、口周りから鼻にかけて全体をせーさんの光パワーで塞がれていてどうなっているかよくわからない。


「ごほん。変た…アザレアが落ち着いたよ言うなので説明を続けさせてください。なるべく簡潔に話すようにします」

「う、うん…」


「以前に教皇が龍に対して戦争を仕掛けてきたという話をしたと思うのですがその前後、私と黒は目立たないところに引っ込んでいたという話をしましたよね?その時にもう一体いたと言っていたのを覚えていますか?」

「んー?」


言われてみればそんなことを言っていたような気はする。

記憶力に自信があるわけではないので断言はできない。


私は過去を振り返らず未来に生きるフューチャードラゴンなのだ。


「そのもう一体と言うのが「銀」なのです。群れていた…と言っていいのかわかりませんが、とにかくあの頃私と黒…あの人の傍には銀がいました。ちょっとだけ特殊な子で仲が良かったのかは…という感じなのですが」

「ほほう?」


「それでなんやかんやとありつつもあの子は私とは違い、最後まで人との戦いには参加せず…やがて一人どこかに行ってしまいまして…そしてあの子がたどり着いていた場所こそが後の銀神領となったわけです」

「ふんふん」


「別にそれに対して何か文句があるわけではありませんが、今現在私たちには圧倒的に手が足りません。もしできることなら銀に「協力」をしてほしいのです。もっと言ってしまえば戦力として加わってもらいたい…でも」

「連絡が取れないと」


私の言葉にせーさんがゆっくりと頷いた。

でもそこで疑問なのがなぜ私に白羽の矢が立ったのかという事で…いや、どちらかと言うと行きたいのだけど、アザレアを説得する材料が欲しいと言いますか?


母のお友達?かもしれない龍に会えるというのなら私はぜひ行ってみたい。

それに…もしかしたら黒神領の外に出ることでいまだ行方の分からないネムの情報も探せるかもしれないという希望もある。


なのでせーさんになんで私に頼むのか?と質問をぶつけてみた。

直球ストレートにね。


「…正直な話、私は赤神領…もっと言えば教皇におそらくマークされています。ここに来るのにもかなり手を回していると言いますか、無理をしています。そんな中で領の状況そのものが頻拍している銀神領に出向くのはリスクが高い…それに一度出向いては見たのですが…ダメでした」

「ダメって?」


「あの子がいそうな場所に行ってみたのですが入れなかったのです。おそらくは龍としての力だとは思うのですが…私はあの子が銀龍としてどんなことができるのかすらよくは知らず…教皇の監視を警戒して長居もできなかったので引き返したのです。一度は諦めましたが今はそうも言っていられません…先の戦いで緑と言う仲間を弔ってしまった以上、このままでは圧し負けてしまう危険性もある…そこでメアに頼みたいのです」


なるほど?話は大体わかった。

つまりせーさんたちは銀龍さんを仲間にしたいけれど、連絡も取れないし、会いに行ってもそもそもいそうな場所にたどり着けず…また悪い人に見つかる可能性があるから詳しく調べることもできないと。


だからたぶん龍であることがバレてない私が普通のルンルン旅行ドラゴン…ではなく、旅行人として調べてきてくれないかって事らしい。

そしてあわよくば銀龍に接触して、せーさんが助力を求めていることを伝えてほしいと…。


うん、それくらいなら別に受けてあげていんじゃないかって思う。

聞く限り人と魔物が戦争してるってだけで危ないこともなさそうだし?銀龍さんも母とお友達だったのなら急に襲ってきたりはしないでしょう、たぶん。


でもやはりそこはアザレアが断固拒否の姿勢を見せてくる。


「絶対ダメよ。子供を紛争地域に送るって発想がどうかしていると思わないの?子持ちの母親なんでしょあなた」

「そこは龍と人の感覚の違いもありそうですが…私だって危険な場所にメアを送ったりしませんよ。あなたの常識で考えず、冷静にこれまでを思い出して考えてください。いいですか?人や魔物が束になろうともメアに傷をつけることすら叶いません。危険はないのです。そして「銀」はおかしな子ではありますが好戦的な龍ではありません。私がメアにメッセージを渡しておくので、それを見せればいきなり戦闘になったりはしないはずです…ですから安心してください。危険はありません」


「ダメなものはダメ!メアたんが強いとかそういう話じゃないのよ!ダメだって私が言ってるの!子供を…そんな場所に送れないって言ってるの!」

「なぜそこまで頑なに?なぜメアにこだわるのです。あなたは一見、人として正しい倫理観でモノを言っているように見える…でも実際は違う。あなたの発言はまず最初にメアに対する執着心から始まっています。私にそれが分からないと思いますか?あなたがそこを吐き出さない限りは私も諦められません。どれだけ状況が私たちにとって悪いか…あなたは理解しているはずでしょう?」


「うるさい!子供を可愛がって何が悪いの!?子供を守ろうとして責められるいわれはない!龍とか人とか関係あるモノですか!」


せーさんとアザレアの話し合いは平行線をたどり…この日は一旦解散となった。


そして執務室に私とアザレアだけが残った。

話したいから残ってってお願いしたのだけど…アザレアは残ってこそしてくれたものの、私の話は聞くつもりはないとでも言いたげな顔をしていた。


今私の面倒を見てくれてるのはアザレアだから、彼女の意思を無視して外には出れない。

少し前なら違ったかもしれないけど…以前と今とじゃ状況も、私の心境も違う。


「ねーアザレア」

「ダメよ」


「まだ何も言ってない…」

「…何を言うとしてもダメなものはダメ」


むぅ…取り付く島がないとはまさにこのことだ。

どうしても私をアザレアの価値観で危ない場所には行かせたくないらしい。


私もネムと人間の時間で考えるなら長い時間を過ごした。

子供を心配するって気持ちは分かるつもりだけど…でもそれにしたってせーさんが言っていた通り、アザレアのそれには何か別の理由がある気がする。


大人が子供心配する…それ以外の何かが。


「アザレア…」

「…メアたん私ね…妹がいたの」


「え?」


突然アザレアが外を見つめながらそんなことを口にした。

日が落ちかけた夕日が、アザレアの眼鏡に反射してその表情を覆い隠している。


「綺麗な…黒髪の妹だった。私も今は灰色の髪だけど、昔は黒かったの。黒が許されない世界で…どこにも居場所がなくて、頼れる人もいなくて…でも妹だけは違った。あの子だけは…私の唯一の味方で、私の世界だったの」

「…うん」


私には想像することしかできないけれど…いろんな話を聞いて髪が黒いというだけで人間がどれだけ生きづらい世界なのかって言うことはちょっとわかってきた。

私にとって母がそうであったように…アザレアにとってはその妹だけが全てだったのだろう。


「でもこの世界はね、そんなたった一つの大切なモノすら私から奪った。ある日ね…人攫いに掴まったの。黒髪なんて攫ってどうするんだって思ってたけど…犯人はこの家の前の当主で、目的は…あまりにもくだらない事だった」


アザレアはそこで言葉を飲み込んで拳を握りしめた。

どうやらその目的の部分は喋りたくはないらしい…だけど、その様子から、くだらないとは言いつつもまだ彼女の中では飲み込めていないことは分かったから。


だからあえて問い詰めるようなことはしなかった。

私だってたまには空気を読む。


アザレアを苦しめてくなんてないしね。


「…とにかく私たちは攫われて…でも途中で何かに追われていたらしくてね、運ばれていた馬車から妹が投げ出されたの。手を伸ばしても届かなくて…私も降りようとしたけれどあいつらに羽交い絞めにされて…小さな子供だった私には何もできなかった。何度も何度もあの子の名前を叫んだけれど、それも口をふさがれてできなくなって…結局全部奪われた。髪が黒かったって理由だけでね」


アザレアがゆっくりと眼鏡を外してテーブルに置き…私をまっすぐに見つめてきた。

灰色の髪が風で揺れて舞い上がり、顔がよく見える。


やっぱりその顔は…あの子に似ていると私は思った。


「それからよ…あの時のあの子くらいの子共を見るたびにあの感情が、あの無念さが、あの痛みが全部よみがえる。自分でもおかしくなってるのは分かるの…でもどうしても後悔があふれて止まらないの…。私が守れなかったあの子…「アゼリア」の姿が目に焼き付いて離れない。だから私は子供にだけは優しいの。あの子を助けられなかったから…あの子に似ている子供にあの子を投影して、自分を慰めているだけなのよ…」


とうとうアザレアはこらえきれなくなったとばかりに顔を手で覆い…嗚咽を漏らし始めてしまった。

もう…おそらくそういう事なのだろう。


アザレアの言う妹とは…あの子で間違いはない。

きっと私がこの場所にやってきたのは…ありきたりな言葉で言うのなら運命だったんだ。


「アザレア」


幼い子供の様に泣き続けるアザレアの小さく見えた頭に手を置いて撫でる。

あの子にしてあげていたように。


あの子の姉だというのなら、アザレアも私の子供のようなものだ。

泣く子供を放っておく親なんていない。

あの母だって私が泣いていたら心配してくれたのだから。


「アザレア大丈夫だよ」

「メアたん…」


「ぜんぶね、きっと全部うまく行くよ。いっぱい頑張ったんだよね。だから大丈夫だよ。アザレアの妹もきっと戻ってくるから」

「…ごめんね、気を遣わせちゃった。あの子はもう…」


「生きてるよ。生きてる。そんな弱い子じゃないもの」

「え…?」


私は子を見捨てないし、恩も忘れない。


なぜなら私は母の娘で、その遺言通りに後悔のないように生きてみるドラゴンだから。


「だから大丈夫。全部なんとかなるから。大丈夫だよアザレア。私はもう絶対にいなくなったりしない…この場所に、みんなのいるところに帰ってくるし、いつかその場所にあの子もいることになる。だから悲しくて泣かなくていいんだよ。安心して全部吐き出して。いい子いい子~」

「う…うわぁああああああん…うわぁああああああん!」


アザレアは私にしがみつきながら声をあげて泣いていた。

ネムもたまにこんな風に泣いていたなって懐かしい思い出に浸りながら…落ち着くまで頭を撫で続けたのだった。

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