第60話 盗み聞きしてみる

 キュッポ、キュッポ、キュッキュッキュッキュッ。


今日も今日とて音のなる靴を履いて縄張りたるお屋敷を練り歩く私こそ、コバラガスイタドラゴン。


妹がお客さんとしてやってきたあの日以来、結局アザレアから新しい仕事が下りてくることはなく…ただご飯を食べて寝るだけのドラゴンと成り下がり暇な毎日。


何とかせねばと思いはしているのだけど、行動を起こそうとするたびに可愛い盛りのうさタンクが甘えてくるので、その誘惑に負けて遊んでしまい、何もできずにいる。


今日だってご飯を食べた後にうさタンクと領内全力疾走遊びをしていたところ、お腹が空いてしまったのでアザレアにおやつをもらいに来たという次第でして…えぇ…。


あぁ笑えよ!笑うがいいさ!ニートドラゴンだと指をさして嘲り笑えばいい!

それすらも受け止めて私はおやつを食べてみせよう。


そんなこんなでうさタンクを頭にのせてアザレアのなぜか壁に空いた穴が定期的に広がっていく執務室の前までたどり着いたのだけど、どうやら来客中らしく中から会話が聞こえてきた。

こういう時はうっかり聞こえてしまった…って言うのが定番だけど、私は堂々と盗み聞きをするよ。

だって暇なんだもの。

今日の私は長きにわたるニート生活がもたらす暇により爆誕した邪龍なのだ。


というわけで扉に耳をぺたー。

頭上のうさタンクも同じようにしている。

そして会話がなんとなくだけど無事に?聞こえてきた。


「大司教が――んだって――ほんとうなの?」


声の一つは当然ながらアザレアの物で、深刻な話をしているときの声のトーンだ。


「ええ間違――せん。ウチにも通達――で、――色狩りに――斬り――」


もう一つの声はなんとびっくり、せーさんの物だった。

結構久しぶりな気もするし、そうでない気もする…絶妙な期間内での再会だ。


でもなんというか…アザレアにはおやつを貰いたいし、せーさんには挨拶をしたいけれど、そんな雰囲気じゃない。

真面目なお話をしているようなので私のような極潰しドラゴンが邪魔をしてはいけないだろう。


ごめんようさタンク…私がニートなばかりにおやつすら手に入れることができない…。

およよと泣きながらその場を後にしようとした時、不意に執務室の扉が勝手に空いてしまった。


「あ、あれ?」

「…本当にいましたね。そんなところで何をしているんです?」


見ると扉を開けたのはせーさんだった。

どうやら盗み聞きがバレてしまっていたらしい。


「いえ、気づいたのは私ではなく、あの変態です」

「ほら見たことか!メアたんの匂いがするって言ったでしょ!ぷにぷにボディーの気配がするって言ったでしょ!」

「ほぉー」


確かに音のなる靴を抜きにしてもアザレアにはよく私のいる場所がバレる。

かつて山に住んでいたころには皆に気配が微妙になくてびっくりするときがあるとまで言われたこの影薄ドラゴンを見つけるとはなかなかの腕前だ。


かくれんぼをすれば母以外には絶対に見つからなかったんだよ私。

…はっ!?まさかこれが保護者の勘と言うやつなのだろうか?何という事だ…アザレアはいつの間にか我が母の領域にまで片足を突っ込んでいたのだ…!!


「何かまた変なことを考えていますねメア。とりあえずどうぞ」

「え…でもせーさん達なにか話をしてたんじゃないの?邪魔になっちゃうんじゃ…」


「遠慮せずにどうぞ。白神領(うち)からお土産も持ってきたんですよ。お菓子」

「わーい、お邪魔しまーす」


わかるかい?私の中にある遠慮の心など、食欲という抗えない欲望の前には塵と化すんだよ。


そんなこんなで執務室にお邪魔してせーさんのお土産…なんかちゅるちゅるしてる甘いものをちゅるちゅると食べる。

ゼリーとか言うらしい。

そう言えば母の記憶にあったなこんなお菓子…初めて食べたよ。ちゅるちゅる。

うまい…うますぎる…。

ちゅるちゅる。


「メア、その頭の上の子が卵から出てきた子ですか」

「あ、うん。うさタンクって言うの」


「うさ…タンク…?ま、まぁいいでしょう。それにしても…なかなかなものが生まれてしまいましたね…どうしたものか…」

「うゆ?うさタンクがどうかしたの?」


「どうかしたと言いますか…いえ、こういうのを杞憂と言うのでしょうね。メアが面倒を見ている限りは大丈夫でしょう。大切に育ててあげてくださいね」

「もちろんだよ~」


私は妹分を見捨てたりはしない絶対。


「てかもう帰りなさいよ「セラフィム」。用件はもう済んだのでしょう?」

「そうはいきませんよ「アザレア」。じつは先ほどの件の他にもう一つ用事がありましてね…メアにお願いがあるのです」

「ん?私?ちゅるちゅる」


「ええ、少し旅行をしてみるつもりはありませんか?」

「りょこー?」

「ちょっと…ウチの子に何のつもりよ」


「そのウチの子というのはやめなさい。文字通りの旅行ですよ。まぁ遊びに行って欲しいというわけでは当然ありませんが…実はメアにある人に会って話をしてほしいのです」

「んー?」


さっぱり話が見えない。

旅行…つまりは遠出をして誰かと話をしてほしい…という事らしいけれど、なんでせーさんがそんなお願いをしてくるのだろうか?さっぱりぽんだ。


「回りくどい言い方はやめてって言ってるでしょうセラフィム。用件を簡潔に伝えなさいよ」

「…銀神領に行って欲しいのです」


「絶対にダメよ」


せーさんが簡潔にそれを口にするとほぼ同時にアザレアが断った。

先ほどまでは私と同じで「何の話をしているの?」とでも言いたげな顔をしていたけれど、銀神領と聞いた途端に態度が変わった。

何かあるのかなぁ?ちゅるちゅる。


「そう言うと思いました。でもまずは話を…」

「聞けない。だって銀神領って国を二分して戦争真っただ中じゃない」

「ほほー」


戦争とは穏やかじゃないにゃあ。

それは確かに、危ないかもしれない。

でもせーさんが意味もなくそんな場所に行けとは言わないだろうし…なんだろう?私に戦争を止めてほしいとか言うつもりかな?


全部吹き飛ばしていいって言うなら出来るかもだけど…。


「そうですが危ない真似をさせるつもりはありませんよ。戦争には関わらせるつもりはありませんから」

「その場所自体が危ないでしょって話をしてるのよ。人間と、知恵を持った上位個体の魔物が領の支配権をめぐって延々と戦い続けてる国なのよあそこは。近づくだけで危ないわ」


人と魔物の戦争…ますます穏やかじゃない。

知恵を持った上位個体の魔物と言うと…くもたろうくんみたいな感じだろうか。

わざわざ「戦争」という言葉を使っているのだからたぶんそうなのでしょう。


昔母に人に近い姿に進化した魔物が住む場所があるって言ってたし、そこが銀神領なのかも。

…ちょっと興味が出てきたな。


「いくら上位個体とはいえ、魔物がメアに手出しなんてできないでしょう。人間もしかり…ですのですべて無視して目的の人に会ってもらって、会話をしてくれればいいのです。もっと言うと…「私たち」の仲間になるように説得してほしいのです」

「説得ってまさか…アンタがメアたんに合わせようとしてるのって…」


「ええそうです。あの地に住む龍…銀龍のもとに行って欲しいのですよ」

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