第59話 呪の意味
夜の闇に火花が散り、一瞬の灯りが灯る。
刀と剣…二振りの刃物がぶつかり合い、音をたて、火を噴きながら二人の殺人鬼は命のやり取りを繰り返していた。
「ひゃはははは!勘弁しちょくれや!ワシの得物は切れ味だけが売りの繊細な刀やぞ!そげんガンガンやられたら折れてしまうんじゃのうかと不安でしゃーないわ!ひゃはははは!」
「そう思うのならその耳障りな笑い方をやめろ。聞けぬと言うのならこの闇の中を彩る朱となれ」
「ひゃはっ!ならお前さんもそんな気取った喋り方はいい加減辞めたらどーじゃ?無理してつよか「キャラ」を作っとるようにしか見えんぞ?えぇ?」
「…余計なお世話よ!」
女は悪斬りの刀を叩き折るつもりで勢いよく剣を振り下ろし、ぶつけた。
しかし悪斬りはその派手で、乱雑な見た目からは想像もできないほどの華麗な刀さばきを見せ、質量をぶつけられてなお、力を逃がすように刀を振り、さらにそのまま切り返していた。
「っ…さすが…長年人を斬り続けていただけのことはある」
「はっはー!お褒め頂き恐悦至極…なんつってのう。お前さんもワシの後追いにしちゃぁなかなかのもんじゃ。しかし不思議じゃのう…」
悪斬りはその派手な着物の裾を持ち上げる。
そこには鋭利な刃物ですっぱりと斬られたような跡があった。
今この場でそれができる者は相対している女…色狩りしかありえない。
しかし一つだけ悪斬りには納得のできないことがあった。
「こげないい夜じゃ。どっぷりと帳が落ちとってはっきりとは見えんが…なにゆえそげな剣で此処まで綺麗に服が切れるんじゃ?ほんまに不思議じゃのう。どうじゃ?同じ手配犯のよしみで教えとーはくれんかの?」
そう女が握っている剣は雑に扱われているようには見えないが、それでも全体に細かく傷が刻まれており、所々欠けている部分すらあった。
配慮して言うのなら長く使い込まれた古びた剣。
ありていに言ってしまうのであれば「なまくら」だ。
おおよそ切断力があるようには見えず、もはや剣の形をした鉄塊とさえ言えてしまう…そんな代物だった。
しかし女はその剣を用いて確かに斬っていた。
悪斬りはそのカラクリが知りたくて仕方がなかった。
まるで無邪気な子供の様に。
「知りたいのなら教えてあげるわ。ただし、そこであなたの人殺し人生も終わりよ」
「ほぉ?ええのう!そこまでつよー言葉が吐けるのなら、気取ったその口も好感が持てる。ほなら見せてもらーかの。ワシのはっぴーらいふが終わる瞬間とやらを!」
女のローブの下から小さな何かがふわふわと浮かびながら現れた。
それは子供に親が読み聞かせる御伽噺にでも出てくる可愛らしい小さな羽を持った妖精のように見えた。
「スピ、やるよ。「黒霊魔装」」
瞬間、夜の闇よりも深く濃い黒が炎のように吹き上がった。
ゆらゆらと闇を焦がすように燃え上がった黒は女の剣を包み込み…そしてその握る右腕をも飲み込み、漆黒の鎧のような形に変わる。
「…まさか魔素を纏ったのか?なるほどのぅ…さっきの黒い妖精は魔物の一種…ほんで謎の切断力の正体は剣に添うようにして魔力を纏わせて剣というよりは魔素で斬っとった感じか。ほうかほうか、お前さんの強さの秘密は常人離れしたその魔力と魔素のコントロール技術にあるわけじゃな?」
一目見ただけでほとんどの手の内を暴かれてしまった。
僅かに女は動揺したが、それを表には出さず…作り上げた漆黒の剣をもって悪斬りの命を狙う。
「私の纏う闇を見た者で生きて帰った人はいないわ…ただ一人を除いてね」
そんなセリフを遺し、女の姿が消えた。
それは見失ったというレベルではなく、文字通り消えてしまったのだ。
悪斬りが耳を澄ませても足音の一つも聞こえもせず…しかし逃げたはずもない。悪斬りは静かに目を閉じた。
その行動は諦めではない。
どうせ見えないのならば、無駄な情報を省いたほうがいいと視覚を省いたのだ。
ただ自分の勘だけを信じ…そして悪斬りは刀を振りぬいた。
聞こえてきたのは…闇の中で風を切り裂いた音。
そして――剣同士がぶつかり合った音。
「…っ!」
「ひゃはははは!どうやら…何とかなったようじゃのう」
悪斬りが振りぬいた刀は、見事に女の剣を受け止めていた。
しかし…。
「言ったでしょう。ここであなたは終わりだと」
パキン…小さく音をたてて悪斬りの刀が砕けて散った。
魔素により付与された女の剣は、もはや触れるだけでありとあらゆる物体を切断できる域にまで達しており、悪斬りの技術をもってしてもそれを受け流すことはできなかった。
獲物を失った悪斬りに次の一撃をいなすすべはなく…再び振り上げられた女の剣が悪斬りの頭上に振り下ろされようとして…。
「いいや引き分けでしまいじゃ」
女は首筋にひんやりとした何かが宛がわれていることに気が付いた。
それは悪斬りが持っていたもう一振りの刀。
「…」
「お互いこんなところで終わるのも勿体なかろうて、引き分けという事にしようや。のう?」
へらへらと笑いながら悪斬りは最初に刀を納めて見せた。
それを受けて女は…少しだけ剣を握りなおしたが、そのまま黒霊魔装を解除し、ローブを目深く被りなおした。
引き分け…この場はそれで収めようという提案が無言の可決を果たした瞬間だった。
「ひゃはははは!見逃してくれてありがとう。しかしここで別れるのは呆気ない…そうは思わんか?のう?お前さん」
「慣れあうつもりはない…特にあなたみたいな赤髪とはね」
「おいおい、それも一種の髪色差別やぞ?お前さんも色狩りなんてたいそうな名で呼ばれとるからには、そー言うのが許せんからの行動じゃないんか?なら髪色を理由にワシを突き放すのは違うんじゃなかろうか」
「…先に髪色なんてくだらない理由で私の人生を奪ったのはお前らのような髪色の連中だ」
「でもワシじゃあない。何があったのかは知らんが、ワシは髪色なんぞ気にはせん」
「赤髪に言われたところで信用なんてできない。どうせそれは自らが恵まれた髪色を持っているからこその哀れみからくる傲慢でしょう」
「いいや違うぞ?ワシほど人をフラットな視点で見とるもんもそうそうおらんと思うよ。なんせ人なんぞどんな髪色をして、どんな仕事をして、どんな生き方をしていたとしても…死ねば等しく鮮やかな肉塊じゃからのう。目に見えとるステータスで人を判断するなぞナンセンスよ。人の価値はぶちまけた腸がどれくらい美しいか…どれだけ綺麗にこの地を赤で彩れるか…それに尽きるからの」
言っている内容は最悪の一言だったが、髪色で区別はしていないという一点においては妙な説得力のある言葉のように女には感じられた。
どちらにせよ信頼できないという事は変わらなかったのだが。
「だとしても慣れあう理由にはならない」
「まーまーそう言わずに話だけでも聞いちょくれ。お前さんにも利がある話かもしれんぞ?」
「利?」
「ほうじゃほうじゃ。実は近々…枢機卿とやらを襲おうとおもっちょる。それに一枚嚙むつもりはないか?知っとるじゃろ枢機卿。あの噂で語られる教皇お抱えの特殊な人間とか言う…」
「そんな噂の存在を襲うなんて幼い子供みたいなことを言うのね。夢を見すぎよ」
「いやいや、ほんまにおるんよ枢機卿。見かけたのは偶然じゃったが間違いない…ワシの特殊な情報網に引っかかったんじゃ。そいつはどうも教会からの命で暗殺…のような業務についとるらしくてのう…それも狙うのは教会のとって都合の悪い何かを知ってしまった一般人がほとんど…それも本人は赤が混じった白髪らしい。どうじゃ?悪斬りとしても色狩りとしてもぴったりな案件じゃろ?」
「…なぜそれを私に持ち掛ける。先ほどまでのあなたの言動を考えると、勝手に一人で刀を振りに行きそうなものなのに」
「いや、ワシもその気ではあったんじゃが不確定な要素が多くての…お前さん「呪骸」とやらに聞き覚えはあるか?」
女は聞き覚えのない言葉にわずかに首を捻った。
だが、なぜか妙な胸のざわめきを感じるような単語であり、女はそこでようやく悪斬りの言葉に興味を持ち始めた。
「枢機卿はそんな名のアイテムを与えられていて、それにより普通の人間では太刀打ちできないほどの力を得ているらしいんじゃ。そんな話を聞くと警戒するじゃろ?ワシはワシのような人間に殺されることに異議はないが、死にたいわけじゃないからのう…それになんぞ気になるじゃろ?」
「なにが」
「呪骸とかいう言葉よ。相手は曲がりなりにも教会関係者…なぜそんな人間が持っているアイテムに「呪い」の「骸」なんて物騒な名がついとるんじゃ?いくら何でももう少しらしい名前にするもんじゃろ?あえて言うのなら…聖骸とかの。まぁつまりはついでに教会の隠している何かを暴いてみたいのよ。呪骸とやらを一目見てみたい。じゃからそれに一枚噛まんか?と誘っとるのよ。お前さんとなら楽しくやれそうじゃけんの!」
「…その呪骸とやらを手に入れてどうするつもり?」
「んん?どうもせんよ。見てみたいだけじゃ。信用できんのならもし本当に呪骸が存在していたらお前さんが持っていけばええ。本当に興味があって見てみたいだけなんよ。ワシは悪人ではあるが嘘はあんま言わん。別に不利になる話でもないしええじゃろ?騙されたと思えばワシを斬ればええ。それだけじゃ」
「…」
「拒否をせん言うことは了承したという事でええか?」
「…なれ合いはしない。ただあなたの進む場所が私の向かっている場所と被ることはあるかもしれない」
「ひゃはははは!それでええ!それでええ!!じゃあ一時共闘言うことで仲良く自己紹介でもしようか。ワシはカルラ…ファミリーネームはない。ただのカルラじゃ。お前さんは?」
女はフードの奥の瞳で数度瞬きをし…唇を舐めて濡らして名を名乗った。
「ネム…いえ、アゼリア…どちらでも好きに呼んで」
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