第33話 おもてなししてみる2

 リンカちゃんを運んでやってきたのはいつものところ。

メアたん教の信徒の皆さんこと領民の皆と一緒にご飯を食べる、何の変哲もなかったただの段差だったはずの場所だ。


そこで一番高いところに私が座って、信徒の皆が私の下の思い思いの場所に座っていくのだけど、今日はリンカちゃんがいるので、私の隣には彼女も座っている。


いつもはどれだけお願いしても誰も私の隣には座ってくれないので新鮮だ。

アザレアはいつも忙しそうにしてるからわざわざここまでは呼んでこれないし、ウツギくんは声をかけようとしたら走り去っていくし、センドウくんにはやんわりとお断りされてしまった。


シルモグとカナリのに至っては首が飛んでいくんじゃないかってレベルでぶんぶんと高速で首を横に振るし、他の皆もそんな感じなので諦めてただけに、少しうれしい。


あ、ニョロちゃんはアザレアと一緒じゃないときはたまに付き合ってくれるけど、それとこれとは別だからね!


「ではみなさまーお手を合わせまして、はい…「いただきます」」

「「「いただきます」」」


私に合わせて皆が両手を合わせて食事を始めるための言葉を口にする。

これびっくりしたんだけど、普通は「いただきます」だなんて言わないんだってね。


私は母から教えてもらってたからずっとやってたし、山では皆もやってたからこれが普通だって思ってたよ。

でもやっぱりご飯を食べるという事は命をいただくという事だから言ったほうがいいと思うし、言わないとなんだか気持ちが悪いので一人でもずっとやっていたら、いつのまにか信徒のみんなもやってくれるようになった。


これはいいことだよね。


リンカちゃんは「え?え?」と困惑していたけれど、私を見てワンテンポ遅れながらも同じようにしてくれた。

うんうん、この子とは仲良くなれそうだ。


さてさて、そんなこんなで本日のおやつは…みんなからの貢物の果物一式です。

いつもそうなんだけどね!美味し強い、喉も潤う…果物って偉大だ…みんないつもありがとう。


領民の温かさと、果物の偉大さに感動しながら赤い果実を手に取り、齧る。

シャクッ…とした気持ちのいい音に、じゅわっとしみだしてくる果汁がたまらない。


…少し前まではみんながくれる果物は…えーとなんだっけ?傷みかけている?そんな感じで、黒ずんでいたり、果物全体が水分で潰れかけてべしゃってなっていたりで、それはそれで美味しかったんだけど、今はとっても瑞々しい新鮮な果物が出てくるようになった。


シルモグが畑の調子がとてもよくなったって言ってたし、果物のほうにも影響が出ているのかもしれない。

うんうん、とってもいいことだ。


…ただね?腐っているのもそれはそれで美味しいので、たまには傷んだものも出してほしいなぁ…なんて。

いや、新鮮なうちに食べてあげるのがご飯に対する礼儀だって言うのは分かっているんだけどね?でも…ほら、あるじゃん?そういうの。ねぇ?


まぁ私はご飯をもらっている立場なので文句なんて言いませんけどねっ!生きとし生ける三千世界に日々感謝。


「もぐもぐ…おいひー」


果物に舌鼓をうっていると隣にいるリンカちゃんが一切果物に手を付けていないのが目に入った。


領民の皆が、なぜか食事はそこそこに、食べている私を見つめているって言うのはよくある光景だけど、リンカちゃんはお腹が空いていたはずなのにどうして?


「リンカちゃんたべないのー?おいしーよ?」

「あ、え…あの…えっと…」


「うん?はいどうじょ」


遠慮しているのかと思って果物を一つ、直接手渡して握らせたのだけど、リンカちゃんはやっぱり口にしない。

片手でお腹を押さえて困ったようにキョロキョロしているだけだ。


なになに?どうしたの?

私も困惑しているとシルモグがおずおずと言った様子で前に出て皆には聞こえないように小さく耳打ちをしてきた。


「もしかすればお客様はお腹が痛いのではないかと」

「え?」


「この場所は外から来た人にはあまりいい環境とは言えないでしょうからな…そのせいかもしれません。繊細そうなご令嬢に見えますし」


それは大変だ。

私はあわててリンカちゃんの手から先ほどの果物を取り上げて、別の果物を手渡した。


あれは柔らかくて消化にもいいという、お腹がくるくるしているときには有用なとってもすごい果物なのだ。


「リンカちゃんどうじょ!」

「えっと…あの…」


「お腹痛いときは、ご飯食べると治るから!」


調子が悪い時こそ飯を食え。

母にそう教えられて私は何か不調があるたびに爆食をしていた。

そうすることで本当に体調は良くなるので母の教えは偉大だ。


「な、なおります…かね…?」

「なおる」


私という生き証人がいるので間違いはない。

この世にあるありとあらゆる不調はご飯を食べれば治るのだ。


「で、では…いただきます…あむっ…」


覚悟を決めたかのように目をぎゅっと閉じながらリンカちゃんはようやく果物を口にした。

びっくりするほど小さな一口だったけれど、少しでも食べれれば勝ちでしょう。


そして私の想像通り、リンカちゃんは一口目を飲み込んだ後、驚いたように目を見開いて…二口目、三口目と口にしていきあっという間に果物を食べ終えた。


「ね?治ったでしょ?」

「は、はい…ど、どうして…?」


「ご飯は偉大だからね!」

「なるほど…?」


なにはともあれ無事に復活したリンカちゃんと一緒に食事楽しんでいたのだけど、ふと何かを思い出したようにリンカちゃんが声を漏らして、持っていた荷物の中から何かを取り出した。


「あ、あの…こちらを…」

「んみゅ?なぁにこれ」


いや…これはまさか!!


「えっと…かつての…その…わ、私の故郷の…名産物だった…その…果物を使って作られた…」

「クッキーだ!」


手渡されたのは透明な袋に一枚だけ入れられたクッキーだった。

いつもウツギくんからドロップしてるものと比べて、ちょっと重みがあってずっしりしているし、色も紫で面白い。


「こりぇ貰ってよいの?」

「は、はい…その…みなさんに…配ってこいと…いわれていて…あ!あの…せ、宣伝…で…布教…で…えっと…」


「ありがとう!とってもうれしい!」


決まりだ…クッキーをくれたということはリンカちゃん、めっちゃいい人です。

絶対に仲良くなれる。


透明の袋を開いてクッキーを取り出す。

いつもなら袋ごと行くところだけど、それは人間的にはNGだと学んだ私に死角はなかった。


袋という牢獄から解き放たられたクッキーから濃厚なバターの香りが香り、食欲を刺激する。

もう我慢ならんと口を開けたところで…背中に違和感を感じた。

誰かに触れられているような…?


なんだかデジャヴを感じつつ、振り向いてみると服の下からニョロちゃんがこんにちわしていた。


「ニョロちゃん。アザレアのお仕事はいいの?」

「――」


こくりと頷いたのでひと段落ついたらしい。

…いや、ニョロちゃんには悪いけど、今はクッキーだ。もうバターの香りに私は抗えない。


「いただきまぁす」

「あ、あの!やっぱりそれ、かえして…!」


隣でリンカちゃんが何か言った気がするけれど、クッキーにとりつかれた私にはよく聞き取ることができなかった。


サクサクとしていて…ふわっと広がる甘さに…うっすらと感じる塩味…香ばしさ。

美味しすぎる…山ではくもたろうくんが持ち帰ってきてくれるお土産以外ではめったに食べられなかったのもあって非常に感動している。


人間ってすごい…こんなものまで作ることができるのだから。


サクサクと幸福に浸っていると少しだけ違和感を感じた。

クッキーの中にそれと調和していない、妙な味がふんわりと存在している?なんだろうこれ?隠し味かな。


その正体を探るために集中してよく味わい…そして答えが出た。

ふっ…味覚で私に戦いを挑もうとは…甘いわね。それこそクッキーのよう。


この胃から頭に広がっていく重たくて、しかしどこか爽快感もあるこの味…間違いない。


――意識に作用する類の毒だ。

山に住んでいたころ、多種多様な毒を操るニョロちゃんのそれを舐めて味比べをしていた私にはわかる。


おそらく食べると眠くなるタイプのものだろうか?睡眠系?ほほーこれを隠し味にするとはなかなか刺激的ですな。

美味しい!これはこれで味の不協和音が醸し出す、ちぐはぐさが新たなマリアージュとなり一つの作品となっている。


みんな違ってみんないい…十人十色、滅べばみな等しく塵芥。

まさにそんな母の言葉を体現した意欲的な一品なのではないでしょうか。


満点あげちゃう!


…ただ以前にくもたろうくんはもちろん、ニョロちゃんにまで怒られた覚えがあるのだけど、人間は毒を食べると大変なことになるらしい。

私にはほとんど効果がないけれど、これも幼き日のネムなんかが食べると最悪死んじゃうこともあるのではないだろうか?


うーん…ドラゴン向けのお菓子なのかな?

よくわからん。まぁでもとっても美味しいクッキーをもらってしまったので何かお返しをしたいなぁ。

何がいいだろう?果物はもうあげちゃったし…お返しお返し…本当においしくて新体験をもたらしてくれたクッキーだったからちゃんとお返しをしたい。


「何かないかなぁ、なにか…」

「――」


辺りを探っているとニョロちゃんが尻尾で私の背中をぺちぺちと叩いた。


「なにー?」

「――」


何かを伝えるかのように背中を叩き続けるニョロちゃん。

そしてふと背中に伝わる衝撃におかしなものを感じて…服の下の手を潜り込ませた。


すると手に触れる硬い何かがあることに気が付いた。

これはまさか…!


背中にくっついているそれを爪を差し込んで引っぺがし…そして見た。

やっぱり…!鱗だ!!


この姿になって、ただでさえ少なかった鱗が完全になくなってしまったと落ち込んでいたのだけど…どうやら生えてきてくれたらしい。やったね。


…というかこれお返しにいいんじゃないだろうか?昔はよく母の鱗をおやつ代わりにしていたし、ネムにも上げたことあるし、くもたろうくんにニョロちゃん。そしてスピちゃんも私の鱗を食べたことがある。


そして鱗を軽々しくあげてはいけないと母を含めみんなにこれでもかと言い聞かされているのでそれほど重要なものなのだと思う。


うん、これにしよう。軽々しくじゃなくて良いものをくれたお礼だしね。


「リンカちゃん」

「あ、あの!体調は…!」


「うん?なんともないよ?それよりはい、お口あけてーあーん」

「え?は、え?」


「あーん」

「あ、あーん…?」


おっかなびっくりと言った様子で開かれたリンカちゃんの口に鱗を投入。

私の身体の大きさに見合う小ささだったので、何の抵抗もなく胃の中に滑り落ちていったようだ。


「むぐっ!?な、なにを…!?」

「クッキーのおれい。遠慮しないでいいよー」


お返しもできて大満足。

美味しいクッキーも食べられてホクホクな気持ちでおやつタイムを楽しんだ。

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