第32話 おもてなししてみる

――ついにこの日がやってきた。

待機していたその場所で見慣れた馬車がとまり、これまた見慣れた商人のおじさんがいつもは荷物が積まれている部分から女の子を手を引きながら連れてきた。


そう…今日この時こそが私のこれからの龍生を左右する重大な日…おもてなしという名の初仕事を行う日だ。


「よーこそよーこそ。うぇいうぇい」


商人さんと女の子に向かってまずは軽快な挨拶。

これにより相手の緊張感をやわらげ、さらには堅苦しい空気までも緩和させる…まさに気遣いドラゴンたる私だからこそできる神の一手と言えるだろう。


「これはこれはメア様、本日もご機嫌麗しく」


女の子より前に商人さんが出てきて被っていた帽子を脱いで一礼…もしかしなくてもファーストコンタクトの正解はこっちだったのではないかと思わなくもない。


いや、ここは個性を出していくべきところだ。たぶん。

己を貫こう。


「うん。うるわしゅー。その子が今日来る予定だった子だよねー?」

「ええそうですね。それで彼女はどこに連れて行けばいいのでしょう?」


「ここでいいいよー。私がねーアザレアからその子を案内すりゅお仕事貰ったからー」

「おや…そうですか。えっと…大丈夫なんです?」


「なにが」

「いえ…いやまぁ大丈夫ですよね…多分…?」


何か引っかかる言い方をしながらも商人さんが私のほうに手のひらを向けながら女の子に何か耳打ちをした。

女の子は驚いたような表情を見せて、何やら慌てている。


さっきからなんなんだい。


「あのメア様。私は少々ご当主様とお話がありますのでこの辺りで失礼させてもらうのですが…本当にここに置いていっても大丈夫ですか?」

「うんー」


ご当主様と言うのはアザレアの事だろう。

商人さんはまた私にぺこりと頭を下げると、小走りでお屋敷のほうに向かっていった。


皆忙しそうだなぁ~。これはアザレアの仕事を一つ減らしたという点で見てやはり私が引き受けたことは正しかったのだ。


…さて、ではそろそろ始めよう。


「そこの人間!」

「は、はい!」


ビシッと女の子を指さして声をかけると、びくっと肩を震えさせ飛び上がったかと思えば、ピンっと真っ直ぐになってしまった。

やはりまだ緊張しているらしい。この緊張をどこまで取り除けるかが私の力量を計る指針になるだろう。


そうなると必要なのは…何よりもまずは仲を深めること。

仲を深めるにはお互いを知ること。というわけで。


「お名前なんでしか!」

「え、あ…名前…り、リンカ…リンカ・エルフォーネと…申します…」


「なるほど、リンカちゃん!私はメアです。どうぞよろしくぅ」


ここにきてふと「客人の名前くらい覚えておくっす」とイマジナリーくもたろうくんの声が聞こえたけど、そんなことに今更気が付かされたって襲い。

後悔をするくらいなら巻き返すべく行動するべし。


ちなみに私はもう名前は「メア」で通すことにした。

いまさらイルメアですって言っても皆が混乱しちゃうだろうしね。母が付けてくれた大切な名前だったけど、名残は残ってるし問題はないでしょう。


「リンカちゃん」

「あ…はい…」


あらためて声をかけるとリンカちゃんはおどおどしながらも返事を返してくれた。


なんというか…小動物を思わせる女の子だ。

おどおどびくびくとしてて、小柄なのもあってそう見える。まぁ今は私のほうが小さいのですけどね!わっはっはっは。


…まぁそれはいいのだけど、リンカちゃんの容姿で一つ気になることがあった。

それは髪色。

いつもならどの色が偉いだとかめんどくさいから気にならないけど…リンカちゃんの髪は赤を主軸としながらも毛先が完全に黒いというやや特殊な彩りで…ここで気になるのはこれはどっちなんだ?と。


いやほら、なんとなく覚えてるけど人の世界で一番偉い?とされる色は赤で、逆に一番ダメな色は黒らしいじゃない?

となると…この髪色は人間的にどういう立ち位置になるのかと疑問があふれて仕方がない。


ただ髪色問題はデリケートみたいだし、さっきも言ったけど私的にはめんどくさいとしか思わないのでそっとしておこう。

それよりも今はおもてなしが大事!


「それではお手を拝借ー」

「え?手を…」


私が差し出した手にリンカちゃんがそっと自分の手を重ねてきたので、それをぎゅっと握る。

…手をつなぐつもりだったけど私があまりにもミニマムなのでリンカちゃんの手ではなくて指を握ることしかできなかった。


…まぁいいでしょう。指も手の一部なのだから誤差の範囲だと思う。うん。


「じゃあいきましょー」

「あ、はい…」


そうして私はリンカちゃんの手を引いて領内を練り歩いた。


「ほらみてごらん。あれが誰も住んでない廃屋だよ」

「は、はぁ…」


「みてみてーあれが手入れする人がいなくなったことで害虫が大量発生した結果、めんどくさくなったから家ごと燃やした燃えカスだよ」

「な、なるほど…」


「あっちにみえるのがーどこからともなくやってくるかつて魔物だったもののの残骸だよ」

「そ、そうなんですね…」


うんうん、我ながらいい感じなのではないだろうか。

リンカちゃんはお手紙によると領の運営について学ぶためにここに来たらしいからね。


私が普段からどういうことをしているのか見せるのが一番手っ取り早いだろう。


少し前からシルモグとカナリを発端として始まった「謎の力で領民が元気になる現象」により、みんなが張り切った結果、古くて隙間風が吹き込んでくるような家は順次取り壊して新しいものを建設している。


その結果として廃屋が増え、害虫や雑菌やらがが発生して大変なので私が魔法で燃やして処理をしているのだ。


そしてさらに外からやってくる魔物にも私は対処をしている。

さすがにアザレアのお屋敷は高い壁やらがあってそう言うのはやってこないのだけど、領民の皆がいる場所はほとんど外から地続きなので魔物がやってきてはあら大変。


ご飯をもらっている手前、当然ながら見捨てるわけにはいかないので襲い来る魔物は全て「ぷちゅっ」として、さらに日干しして私の保存食兼おやつとして活用させてもらっている。


「どうどう?参考になったかなぁ」

「え…?な、なにがでしょう…?」


「んー?だから領の運営の?」

「あ…え…?今までの光景が…そうだったのですか…?」


「うん」

「…」


なにやら微妙な空気。

感動に打ち震えている…という風ではない。

なにか問題があったのだろうか…?うーん…わからん。


こういう時の対処法は一つ…直接聞いてみるだ。


「何かダメだった―?」

「あっ、いえ…そうじゃなくて…えっと…」


「んー?」


あの、えっと、その…と明確な言葉に繋がらない声を漏らしながら、オロオロと周囲を見渡していたリンカちゃんが突然「あ!」と声をあげた。


「なぁに?」

「そ、その…あの人たちは…いったい…?」


「ん?」


リンカちゃんが私たちの背後を恐る恐ると指さしたのでそっちの方に顔を向けると…そこにローブを頭か被った領民の皆がいた。


シルモグとカナリの元、みんなで集まって行動するようになってからアザレアによって教会の人が着るらしいそれに似せて作られたローブがみんなに支給されていて、それを着ているんだけど…なんかすっごい怪しいよね。

変な集団にしか見えない。


実際彼らは冗談だとは思うけれど「メア様教の信徒」を名乗っているので怪しいかはともかく、おかしな集団であることには間違いない。

なんか知らないけれど、こっそりと私たちの後を付けてきているらしい。心配してくれているのだろうか。


「あれはねーここの領民の皆だよー。変な格好しているけど、ご飯くれたりみんないい人なんだー」

「そ、そうなんですね…」


やはり微妙な反応のリンカちゃんだ。

むむむ…何がいけないのだろうか…。


はっ!!!!?


そこで私はようやく気が付いた。

そうだ…そろそろおやつの時間だ。

まさか領民たちはそれで私を追いかけてきてくれていたのだろうか?


これは完全に失念していた…私が食事関係でミスを犯すなんて…これが視野が狭まるという事だろうか…。

仕事をこなさねばと思うあまり、一番大切なことを忘れていただなんて…。


「ごめんねリンカちゃん…お腹が空いてたんだね…」

「え、あ…え…?」


「お客様のお腹を空かせるなんて…おもてなしとは言えないよ!おーい!みんなー!私とリンカちゃんのおやつの準備を!」


背後にいた領民のみんなにお願いしをし、私はリンカちゃんの身体を両手で持ち上げる。


「きゃぁ!?え!!?な、なに!?」

「お腹が空いてると歩くのもつらいよね!大丈夫!運んであげるからね!」


「いや、え?!う、うそ、私…こんなに小さい子に持ち上げられて…!?」

「さぁはやくおやつをたべにいこー!いっぱい食べていいからね」


リンカちゃんを持ち上げたまま、領民を引き連れていつもの場所まで向かう。

完全に失敗してしまったけれど、まだ挽回できる。

ここで汚名を挽回し、名誉を返上するのだ!…名誉は返上してはいけない。


とにかく私は最高速度で領内を駆け抜けた。

私の腕の上でリンカちゃんが空腹からか事件性のある叫び声をあげている。

これはもっと急がなくてはならないようだ。

私は限界を超え、いまこそ風を纏いしドラゴンとなるのだった。


────────────


屋敷にある質素な小部屋…そこでアザレアが窓の外の喧騒にちらっと一瞬だけ眼をやり、そして椅子に縛り付けられた商人と向き合っていた。


その商人は目は虚ろとなり、口の端からはだらしなく涎が零れだし…身体全体は小刻みに震えている。

そしてその首に…漆黒の体色を持つ蛇が噛みついていた。


「…クロロ、もういいわ。それ以上は頭によくないものが残っちゃうかもしれないから」

「――」


商人に噛みついていた蛇…クロロが商人から離れ、するするとアザレアの服の下に潜りこんでいく。


「さて…聞こえている?ねぇってば」

「あ、ぅ…」


「うーん…やっぱり調整が難しいわね。認識を歪めて商品を卸させるだけなのとは勝手が違うか…とにかく、一旦目を覚ましてちょうだい」


パシンと軽くアザレアが虚ろな目の商人の頬を叩いた。

すると商人の目におぼろげながらも光が戻る。


「…聞こえている?」

「うぁ…あ…?あぁ…これは…ご当主様…何か御用で…」


「何を寝ぼけているのよ。今はお仕事の話の最中でしょ?」

「あぁ…そうで…した…それで…なんでしたっけ…」


「あなたが連れてきた女の子の事よ。いったいどういう思惑で、誰がここまで連れてこさせたのか…知りうる限りのことを全部話しなさい。それがあなたの今日の「仕事」でしょう?」

「はい…そう…で、す…おしごと…です…あの子は…」


それからしばらく、アザレアと商人による「仕事の話」は誰にも知られることもなく、ひっそりと続けられたのだった。

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