第31話 作戦会議してみる
「おもてなし…ですか?」
シルモグとカナリが二人並んで全く同じ方向に首を傾げた。
こやつら親子のシンクロを見せてきおるわ。
それはさておきやってきましたのはお屋敷の外にある私のご飯食べ処。
最初はやや高めの台が置いてあるだけだったのに、もはや何らかの儀式が行えそうなほどの祭壇みたいになってしまっているその場所で、これからやってくる「お客様」へのおもてなしを考える作戦会議をするためにみんなに集まってもらった。
「そうそうー。アザレアにやりたいようにやっていいって言われてるけど改めて考えてみるとどうすればいいのかなぁ?って」
人間検定などという物があれば間違いなく最高得点をとれるくらいには人間を理解していると自負している私だが、人間の子供をおもてなしするなんてどうすればいいのかわからない。
自分でも悲しくなるほどに駄々をこねて無理やり仕事を奪い取った手前、アザレアにどうすればいいのかを聞くのは恥ずかしいなんてものじゃないし、今後もなにかお仕事をやらせてもらうためにも、ここはアザレアに頼らず任務を遂行したという実績が欲しいところなので、領の皆に頼ることにした。
結局人だよりじゃないかって?ふっ…この世界は一人で生き抜けるほど優しくはないのだよ。
使えるものは使って、頼るべきは頼らないと。これが世渡り上手ドラゴンとかつて呼ばれた私の処世術。
「なるほど…それは難題ですなメア様。大雑把にこうしたいという草案もない段階なのでしょうか」
「んーん。とりあえずご飯は出そうかなって」
「ほうほう…え、以上ですか?」
「うん」
逆にそれ以上何をしろというのか。
外からやってくるのならお腹は当然空いているだろうし、「腹が減っては滅ぶ他なし」…とよく言うからね。
まずはご飯だ。次もご飯で最後にご飯…おもてなしと言えばこれしかない。
…と私は心の底から思っているけれど、さすがにそれではいけないことくらいは分かる。
人間と言うのはめんどくさいのだ。
「だから他のアイデアをみんなから聞きたいのっ!」
「なるほど…ふむ…これは難題ですな」
「そうだねお父さん…」
シルモグとカナリは手を顎において難しい顔をし、周りの皆も同じようにうんうんと唸っている。
そんなに難しいのかな…?
同じ人間の事なんだから、みんなに聞けば一発だと思ったのに…目論見が甘かった可能性が出てきたでござる。
そんな私こそが人呼んで、うっかりドラゴン。いやそんな呼び方をしようものならさすがにそ奴は処します。
「そんなに難しいのかなぁー?」
「難しいですのう…まず食事でおもてなしとは言いますが相手は商人の娘さんなのでしょう?最近はこの領でもメア様の御力で野菜が取れるようになり、家畜の飼育も順調とは言え基本的に出回っているのはその商人が卸している食料ですからのぅ…目新しさなどないでしょうし、それを目玉にするには弱いかと…」
なるほど…そう言われてみれば確かにそうだ。
でも一つだけ勘違いがあるようなのでそこは訂正しておかなくては。
「あ!違うよ!商人さんの娘ちゃんじゃなくて、商人さんの知り合いの娘さん!だからね!」
直系ではなくて知り合い…これなら大丈夫なのでは?と私は一筋の希望を見た。
しかしシルモグの表情は以前暗いままだ。
「それでもですなぁ…領の運営を学びに来るというのならば他領の教会でそこそこの地位についている家の娘さんなのでしょう。それも商人の知り合いと言うのなら…黒神領で提供できる食事に満足されるかと言うと…首を捻らざるをえませんな…あ!も、もちろんここに居ります我が一同はメア様が守護せしこの地の食事に不満などこれっぽっちもありませぬ!あくまで他領の者から見ればという話ですのであしからず!」
「むむむ…」
あのくもたろうくんに纏わりついていた黒い靄を除いて食べ物に貴賤はないって思ってるけど…でもシルモグ達がそう言うのならそうなんだろう。
うーん…山で最優を誇っていた私のドラゴンブレインが導き出したご飯大作戦がいまいちだとすると…もはやこれは詰みだと言っていいのではないだろうか。
もはや万策が尽きている。
「仕方ない…恥を忍んでアザレアに泣きつくか…いや、その前にウツギくんかセンドウくんを頼ってみる…?でも二人ともなかなか捕まらないしなぁ…やっぱりアザレアしか…」
あーあ、これは役立たずドラゴンの烙印を押されてしまいますわ。
アザレアに死ぬほど冷たくされるかもしれない…いや、怒られるまであるかもしれない。
そうなればご飯抜きだとか言われる可能性も…それはすなわち「死」だ。生きるって言ってるのにご飯を抜かれれば私は間違いなく死ぬ。
「どうちよう…」
まさかの龍生の終焉ポイントに絶望していると誰かがぽつりとつぶやく言葉が聞こえてきた。
「…メア様がお客人をお出迎えするのならそれが最高のおもてなしなのでは?」
「…はい?」
いったい何を言っているんだと指摘しようと口を開いたけれど、それよりも早くさらに誰かが「確かに…」と呟いたのをきっかけにざわめきがみんなに広がっていく。
「そうだ我が領で最も尊く、そして素晴らしいものは間違いなくメア様だ」
「そんなメア様が直々に相手してくれるというのならば泥もまた宝石となるよね?」
「あぁ間違いない。あの小さくとも尊い御手で先導され、小さくとも輝かしい御身脚で歩かれる姿を見せればそれだけで全人類は感動に咽び泣くはずだ」
何を言っているの?ねぇ何を言っているの皆。
最近打ち解けてきたと思いきや、みんな一斉に私を置いて知らないところまで走り去っていったような気分を私は味わっているよ。
こんなことを言うのは勝手かもしれないけれど、お願いだからもう少し真面目に考えてほしい。
そんな願いを込めて彼らのまとめ役であるシルモグとカナリに視線を送った。
たのむ…この妙な空気を換えてくれ!
「…確かにその通りだ。ワシは物事を難しく考えすぎていたのかもしれない…お前はどう思うかね?カナリ」
「うん…私たちにとって当たり前すぎて失念していたんだと思うよお父さん。メア様はここにいるだけで尊くて…私たちに喜びをくれる存在…この世界が作りたもうた世で一番愛らしいまさに生きる芸術…生ける愛!」
「うむ…ならばやはりそうなのでしょう…メア様」
「あ、はい」
「あなた様が直々にお客人の相手をする…そう決めたこと自体がすでに最高の…いえ、限界を超えた至高のおもてなしとなりましょう…それ以上のものは無いと!我らメア様に仕えし教徒一同断言いたします!」
しないで、お願いだから。
だれか一人でいいからそれは違うと言っておくれ。
その場の全員に縋るように視線を送ってみたけれど…全員がシルモグとカナリの言葉にうなずくばかりで誰も異を唱えない。
なんてこったいメンタルブレイク。
やはり人間をドラゴンが理解しようなんてとてもじゃないけど不可能なことなのかもしれない。
彼らの言っていることが微塵も理解できず脳がフリーズして…その間にあれよこれよとおもてなしプランがみんなによって組み上げられていく。
「たちゅけて…」
そんな私のSOSは誰にも届かず風に流れて消えていった。
────────────
「もうじき黒神領までつきますからねお嬢様」
「…はい」
ガタガタと商人さんが操る乗り心地のいいとは言えない馬車に食材と共に揺られて…私は黒神領まで運ばれていた。
時間が経つにつれてお腹の痛みが酷くなっていくのを感じる。
それは精神的なものに由来する胃の痛みと…父親に殴られて痣になっている部分が伝えてくる痛み。
それに耐えられなくなってきて…お腹の痛みを少しでも逃がそうと前かがみになると視界の端にひどく醜い色の髪がちらつく。
赤髪だけど…先端部分が真っ黒に染まった…誰からも唾棄される悍ましい髪。
私の家系はみんな髪が赤かった。
だからみんなから敬われて…お父さんもお母さんも教会を任せられているほどのすごい人たちで…でも娘の私はこんな色をもって生まれてしまった。
それが汚点となり…我が家族は教会を追われることになった。
だから…殴られるのは仕方のないことなのだ。悪いのは私なのだから。
(いいか!絶対に大司教様から承った仕事を完遂するのだぞ!お前のせいでどれだけのものを失ったか…それを重々と受け止めて死んででも責任を果たせ。わかったか!!)
そんな父親の声と共にお腹に奔った痛みがフラッシュバックする。
黒神領…この世界の掃き溜めと揶揄される「穢れ」が集まる場所。
そんな場所に私はこれから一人で送り込まれる。
恐怖と痛みで訳が分からなくなった思考を何とか繋ぎ止めるために、私は口を開いた。
「あの…商人さん…黒神領って…どんなところなんですか…?」
「うん?あぁいいところだよ。いいところ」
「いいところ…なんですか…?」
「ああいいところさ…あれ?いいところ…なのか?黒神領だよな…?あれ…?いや、でも商品を流してるんだし、いいところのはずだよな…?うっ…なんか急に頭が…いや、いいところだ。そういいところだよ心配なんてないさ。あっはっは」
要領を得ない商人さんとの会話は私の中の不安をさらに大きくしただけだった。
でもどれだけ不安でも時間は止まるなんてことはなくて…やがて黒神領についてしまい…商人さんに言われるまま馬車を降りた。
ここで私はどうなるのだろうか…そしてこれからどうなってしまうのか…ずっと俯いていてもしょうがないと半ばあきらめる形で閉じていた目を開くと…私に向かって異様なほど可愛らしい小さな黒髪の女の子が私に向かって手を振っていた。
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