第30話 お仕事をもらってみる
ウツギくんからドロップしたクッキーをサクサクとやりつつ、私はひとつ考えていたことがあった。
――私なにもしてなさすぎじゃない?と。
毎日毎日食べては寝て、散歩して食べて寝る。
びっくりするほど何もしていない。
山にいた時でさえ、ここまで怠惰には生活していなかったと思う。
なんやかんやで母が生きていたころは暴れる魔物くんを大人しくさせたりとか、母と暴れてみたりとかしてたし、そのあともネムが来てからは子育てやらなんやらでずっと忙しかった。
それが今はどうだ。
与えられたベッドの上ですやすやして、与えられる食べ物を受け取って食べる…はたして今の私にドラゴンとしての威厳はあるのだろうか?…まだ辛うじてあるとは信じたい…信じたいけれど、このままではよくないと思い立ってこの場所の主であるアザレアになにかお手伝いをさせてもらいえないだろうかと今日はやってきたのだ。
「ねーねーアザレア―」
「…」
書類に向かってペンを走らせているアザレアに声をかけるけれど、返事をしてくれない。
忙しいから暇人が話しかけるなという無言の意思表示だろうか。
今日の私はそれとなくネガティブドラゴン。
しかし怒られるまでは諦めない。
なぜなら私はそこはかとなくポジティブドラゴンでもあるから。
「アザレアー?」
「…メアたん」
よかった返事をしてくれたと一安心。
でも次の瞬間に魑魅魍魎を涙する罵詈雑言を一気呵成の勢いでぶつけられる可能性も無きにしも非ず。
「なぁにー」
「…喋るのうまくなったわね」
「あい」
つい先ほどセンドウくんにも言われたことを改めてアザレアにも言われた。
少し前まではあまりにも舌が回っておらず、例えるなら私の喋っていた文はひらがなになっていたんじゃないかって思うほど喋れていなかったけれど、今は違う。
毎日ご飯をちゃんと食べているからか、舌も回るようになったのだ。
それで喋れるようになったのがどうしたのかとアザレアを見れば眼鏡の奥の瞳からボロボロと大粒の涙が零れ落ちて手元の書類にシミを作っていた。
「アザレア!?どうしたの!」
「うっ、うっ…だってぇ…メアたんがもう「あじゃれあ」って頑張って私の名前を呼ぼうとして絶妙に呼べていないあのかわいいのを聞けなくなっちゃったって思うと…ひーん!」
うーん…これでも私はだいぶ人間の文化に慣れてきたと思うんだけど、どうしてもアザレアの言っていることがたまにわからなくなる時がある。
むしろ最近はその頻度が増しているようにさえ思える。
どうして私がちゃんと喋れるようになったら悲しいのか…名前なんてちゃんと呼んでもらえた方がいいに決まっているのに。
でも現にアザレアは私のせいで泣いているっぽいので何とかせねばならない。
少し行儀は悪いけれどアザレアがお仕事をしているデスクによじ登って腰を下ろし、泣いているアザレアの頭を撫でる。
泣いている人間なんてね、こうすれば泣き止むのだとネムで実証済みだ。
「よちよち」
「んへぇ」
だらしなく緩んだ口から漏れ出てきた変な声が気になったけれど、アザレアはいとも簡単に泣き止んでくれた。
さすがに大人だからちっこかったネムより簡単に泣き止むね。
「えらいえらい」
「あへぇ」
おっと…つい撫でまくってしまったけれど、大人の女であるアザレアはいっぱいされても迷惑かもしれない。
この辺りにしておこう。
…どこか名残惜しそうにしていたのはきっと気のせいだと思う。
「こほん。ところでメアたん、今日はどうしたの?まだご飯の時間には早いわよ?」
「んーご飯じゃなくてねー、何かお手伝いできることはないかって」
「お手伝い?」
アザレアに説明をすること数分。なにかお仕事をくださいと両手を差し出したところ、ぎゅっと手を握られてゆっくりと上下に振られた。
何かの儀式だろうか。
「アザレア?」
「あぁごめんなさいね。ぷにぷにおててだったからつい…えっとお手伝いだったかしら。うーん…あのねメアたんいい?」
「あい」
「メアたんはまだ子供だから、お仕事だなんて考えなくていいの。いえ、すくすくと健康に育つことがメアたんのお仕事なの。…まぁ育たなくてもいいんだけど。一生そのままでいてほしいのだけど」
最期のほうはぼそぼそと言っていたので聞こえなかったけれど、育つことが仕事だなんて言われても納得はできぬ。
いや確かに私が幼き日のネムに同じことを言われたら確かに、キミは難しいことは考えずにすくすくと育ちたまえと私だって言うだろう。
だがしかし、ここにいるのは幼いとはいえドラゴンだ。
たった数百年と、このぼでーになってからの二年と少しっていう若輩もいいところだけどさ?それでも何も知らない赤ちゃんではないわけでして、やはりなにか皆に対して貢献をしたいのよね。
ずっとただ飯ぐらいをしているのはとても心苦しいのだ。
「そんなこと言わずに何かさせてくだしぃ」
「うーん…でもねぇ…メアたんはほら、少し前にあの蜘蛛の魔物からこの場所を、そして私たちを守ってくれたじゃない。それで充分よ」
「あんなの働いたうちに入らない!」
「ええ!?」
母が元気だったころに「遊び」で戦っていた時のほうがもっと規模は大きかったし、強かった。
たまに喧嘩をしてやや本気でぶつかり合ったときの母にはあの大暴走くもたろうくんを100匹合わせたって足元にも及んでいないだろう。
つまりあんなのはお仕事をしたとはいえないと思うの。
あの時はくもたろうくんを殺さないようにしてたからちょっと大変だっただけで…あれがくもたろうくんじゃない同じくらいの規模の知らない魔物ならもっと簡単に終わっていた。
それに毎回襲撃があるわけじゃないしね…。仕事とはそこそこの頻度でしてなんぼでしょう。
「だから何かやらせてくだしぃ」
「困ったわねぇ…じゃあお掃除でも…いやメアたんにそんな事…うーん…」
煮え切らない様子だったので、アザレアの近くに積まれていた書類を一枚手に取ってみた。
そこに書いてある文字はなんだか遠回しというか…そんな言い回しが必要なの?と問い詰めたくなるような難しい言葉が並んでいたけれど、どうやら手紙のようだった。
「なぁに?これー」
「それ?もうすぐお客さんがきますよーってお知らせよ」
「お客さん?」
「そうそう。なにがどうなってるのかウチに客が来るて話でね…それも二組。しかもめんどくさそう」
「ほほう?」
「片方はいつも食材や日用品を卸してくれてる商人からのものでね、なんでも知り合いの娘さんがウチで領の運営について学びたいから少しの間受け入れてくれなか…ですって。ウチに来る時点でなんかあるとは思うんだけど…今はまだ商人にはいい顔しておかないといけない時期だから断るに断れないのよねぇ…はぁ~…」
大きなため息を吐いたアザレアの眉間に皴がぎゅっと浮いたので指で撫でて伸ばしておく。
本当に困っているようだし、私が何とかできないだろうか?
「娘さんって子供なの?」
頑張って手紙を解読したところ14歳と書いてあった。
ドラゴン換算ならほぼ卵だが、人間で言うとちょっと大きくなってきた子供だろう。
「みたいでちゅねー。一人で来るらしいんだけど…ほんとに何を考えてるんだか」
「ほうほう。ちなみにもう一組って言うのはー?」
「…本当に問題はそっちでねメアたん…これは商人の話よりも少しだけ先のことになるのだけど…なんか執行官が視察に来るらしいのよねぇ…しかも白神領の聖白教会所属の。二人組らしいんだけど…はぁ…」
「ふんふん」
執行官と言えばあれだ。教会に所属している兵隊さん。
「どーして他の領からそんな人たちがやってくるの?アザレア何かした―?」
「たぶんだけどお目当ては私じゃなくてメアたんかなー。ほらあの蜘蛛の魔物を何とかしちゃったでしょ?うまく隠してはいるけれど、全く情報を漏らさないなんて無理だし…それに最悪の場合はノロのことがバレているのかもしれない」
「んー?ノロちゃん?」
「そうそう。教会からノロを取り戻すために執行官が派遣されてくるのかもしれないの。まぁただほとんど独立している白神領の執行官っていうのが引っかかるけど…注意はしておかないとね」
むむ…ノロちゃんも関係しているのかもしれないのならば、ますます私が立ち上がらねばいけないのではないだろうか。
あの子を連れて帰ると言ったのは私だし、くもたろうくんをしばいたのも私だ。
責任は私にあるような気がする。
「アザレア!」
「な、なにかしらメアたん?」
「私がこのお客さんたちを何とかするよ!」
「ええ!?だめよ!何を考えてるかわからない連中が来るんだから危ないの!来客の間はノロと一緒にどこかに隠れて…」
「いや!」
「シンプルに拒否!!」
もう一度言うけれど、ただ飯ぐらいは嫌なのだ。
そしてアザレアを悩ませている問題は私に由来している可能性が高いという。
ならばこれは私の仕事だ。
商人さんが連れてくる子供のほうもついでに私が引き受ける。
「盛大におもてなしするね!」
「あぁあぁダメだってメアたん。本当に危ないの。それにもてなしって言っても…」
「やるー!」
説得とは言葉ではない、勢いだ。
私はプライドを捨て幼き日の癇癪を起したネムを憑依させ、駄々をこねまくり…アザレアから見事にお仕事をもぎ取ったのだった。
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