第29話 信用してみる

――キュッ、キュッ、ぴょこっ、ぴょこっ。


今日も今日とて体力づくりのために広いお屋敷を我が物顔で歩く私こそ書物にも語られし健康ドラゴン。


――キュッ、キュッ、ぴょこっ、ぴょこっ。


このぷにぷにぼでーになってはや二年と少し。

もはやこの屋敷を息を切らさずに歩ききることなど容易くできるほどには体力がついてきて、これはそろそろ独り立ちの日も近いなと思う今日この頃。


いや、現状ここの暮らしに一切の不満はないのだけど、それでもちょっと心配事がある。

それはネムのことなのだけど、少し前のくもたろうくんご乱心大事件の事があって、私の中で漠然としながらもなんとなく心配してるなぁ~って感じだった物が一刻も早くネムの無事を確認したいという焦りに変わってしまってるのを現在実感している。


そのくもたろうくんはいまだに目覚めてはいなくて、事情も聞けていないけれど…あんなことになっておいて今更ネムは大丈夫でしょ~なんて楽観視はできない。本当は今すぐにでもネムを探しに行きたいけれど、情報なんて何もないし、屋敷を踏破できるようになった!とか言っているような現状で当てもなく探し回るなんて現実的じゃない。


それに私に良くしてくれているこの黒神領の皆をほったらかしていこうとも思わない…せめて情報、なにか当てが欲しい。

だから今はいつかくもたろうくんが目覚めてくれるのを待つしかない…と言うのが現状なのよね。


そしてそんな待つしかない日々の中、ちょっと気になることがあるので、体力作りもかねてアザレアの部屋に向かっている、そんなドラゴンが私です。


――キュッ、キュッ、ぴょこっ、ぴょこっ。


ちなみにさっきから鳴っているこの音は私が履いている靴から鳴っていて、アザレアが「メアたんには絶対これ」と用意してくれたもので、ありがたく使わせてもらっている。


音が鳴るせいで隠密的な行動はできないけど、なんか楽しいよね。いろいろ考えるなぁ人間。


「おや…この音は…あぁやはりメアさんではないですか。ひっひ!」

「センドウくん」


ぴょこぴょこしていると廊下の角からセンドウくんが現れた。

今日も相変わらず顔色が悪い。


「センドウくんなぁにしてるのー?」

「えぇ少しウツギさんに用事がありましてねぇ…探しているのですが、いかんせん屋敷は広くて難儀していたところです…ひっひ!」


「ほぇ~。いまからアザレアのところに行くけど一緒に行くー?ウツギくんだいたいこのお屋敷にいる時はアザレアとぎゃぁぎゃぁやってるイメージがあるよ?」

「なるほど…ではご一緒させていただきましょうかね…ひっひ!…しかしこうなってくるとやはり通信機が欲しくなりますねぇ…もう少し設備が整えば用意してみましょうかねぇ…」


「つーしんきー?」


センドウくんと並んでぴょこぴょこと長い廊下を歩く。

私くらいフレッシュで若々しいドラゴン人は問題ないけれど、おじいちゃん手前くらいに見える顔色の悪いセンドウくんは体力的に大丈夫なのだろうかとたまに心配になる。


「あー…遠くにいる人と話ができるようになる道具の事ですねぇ…人の魔力を登録しておくことで特殊な魔素をその魔力の持ち主のもとまで飛ばして特定…声を届けることができるのです」

「ほーそんなものが。便利だねぇ~すぐに用意できりゅの?」


「ひっひ!作り方は頭に入っているので器具と設備があればすぐにでも…しかしここではなかなかそれらを揃えられないのでなかなかですねぇ…ひっひ!」


なるほど…道具がないだけで作ろうと思えば作れると。

遠くに声を届ける道具なんてなかなか凄そうに思えるけど…もしかしてセンドウくんってすごい人なんじゃないだろうか?


というかそもそもセンドウくんは何をしている人なんだろう?ノロちゃんを診てくれてるけど、純粋なお医者さんじゃないって言っていたような気がするし?

…聞いてみよう。


「ねーねーセンドウくんは~何をしている人なのぉ?」

「それは私の職業が何という意味ですかねぇ…ひっひ!」


「うん」

「一言で言ってしまえば研究者ですねぇ…ひっひ!」


「なにを研究してるのか知りたいの~」

「何でもですよぉ。興味のあることは何でもです…ひっひ!医療に、生物…科学…歴史に土木、地理に魔法…興味あるものは全て研究対象ですしなんででも手を出しますねぇ~ひっひ!工作や、思い付きの発明品を作ったりするのも好きですよぉ~…まぁもっとも魔法に関しては私に魔力が少ない影響で一人ではほとんど何もできないのですがねぇ~ひっひ!」


おぉ…よくわからないけど、とにかくすごそうだ。

やっぱりすごい人なのかもしれない。


「つまりーセンドウくんってすごい人なのー?」

「いえいえ私など何も凄いことなどありませんよぉ。何も持たないからこそ、すべてを知りたいと望むのですからねぇ…ひっひ!そもそも研究なんてやろうと思えばだれでもできますしねぇ、ええ…」


「ほーん」


私的にはすごいと思うんだけどなぁ。センドウくんの話すことは意味わからないし…なんだかすっごく頭がよさそう!っていう頭の悪そうな感想を抱く私は落ちぶれようともドラゴン。


「それにしても話すのが上手になりましたねぇメアさん。子供の成長早いと言いますが間近で見ると面白いものですねぇ…ひっひ!」

「あい!日々成長日々努力でありますでしゅ」


そんな話をしている間にいつの間にかアザレアのお部屋までたどり着いた。

アザレアはもちろん、やっぱり中にウツギくんもいるみたいで、閉まっている扉の向こうから二人の大きな声が漏れ出てきてる。


「何を言い出すかと思えば…金を盗まなくなったかと思えば今度は民に配給する食料をよこせですって?馬鹿なの?」

「うるせぇ!そもそもウチが独占して「善意」で施してやってる食料なんだから少しくらい俺が多めに持って行っても問題なんてねぇだろうが!」


「馬鹿言うんじゃないわよ。ほんとに馬鹿ね。あの食料を独占してるのはエナノワールではなく私よ。最近はメアたんのおかげで自給率も上がってきたとはいえ、少し前までは皆無だった食料を私が他領の商人と交渉して少ないながらも融通してもらってるの。家の力なんて介在してないわ。そもそも黒神領(こんなばしょ)に商人が名家だからって食料をわざわざ持ってきてくれるって思うの?馬鹿じゃない?少しは頭を使いなさいよクズ」

「じゃあその商人とやらを紹介しろ!俺が直接話を付ける!」


「アンタが?…ぷっ。馬鹿も休み休み言えっていてるのよ」

「なめんなよ…俺には金があるんだ。それをチラつかせりゃ…」


「センドウから融通してもらってるお金でしょう?気づいてないとでも思ってる?本当に馬鹿ね。アンタさ…あんな出身地も、以前までの所属先も、立場もこんなところにいる理由もなにもわからない、信用できる部分が皆無の男に金で釣られて何もないと思ってるの?間違いなくどこかからか送り込まれてるわよ?」

「うるせぇ!俺だってあいつのことを信用なんてしてねぇさ。利用できるからしてるだけだ…口出すんじゃねぇ。尻尾を見せてきたら逆に喰い殺してやるつもりだよ!」


おぉ…これは…最高に気まずい奴だぜ!!どうしよう!!

ちらりとセンドウくんの様子を伺うと…特にいつもと変わらず、ニタニタとした笑みを浮かべているだけだった。

でも心配しておきますよ私は。私くらいのドラゴンになれば気遣いもできる。


「センドウくん大丈夫?」

「えぇ、えぇもちろんですよぉ。彼らは何も間違ったことは言っていませんからねぇ…素性を何も明かさない男など信用しろというほうがおかしいでしょう…ひっひ!仲良くしてほしいと思うほうが間違っていますからねぇ…ひっひ!」


「そうなの?でも私はセンドウくんのこと信用してるしー仲良くしたいよー?」

「おや…」


突然抜けた髪の毛を欲しいと言い出したり、爪を切ったら下さいとか言ってきたり、皮膚を採取させてほしいだとか血液サンプルをだとか変なことを言ってくるセンドウくんだけど…。


「いつも飴くれるからーセンドウくんはいい人だよ~」

「ひっひ!ありがたいお言葉ですが、それは…いささか危険な考えですなメアさん」


センドウくんがしゃがんで私に視線を合わせてくれる。

そこにいつものニタニタとした表情は浮かんでいなかった。


「そう?」

「えぇそうですよぉ。悪い人だって食べ物くらいはくれますからねぇ…いえ、むしろ悪い人ほど食べ物に限らず物で獲物を釣るでしょう…現に私はいい人ではありませんしねぇ。当然ここにいるのには理由がありますし、それは少なくともこの場所に利をもたらしはしないでしょう」


「うーみゅ…むずかちぃ話はわからないけどねーでもセンドウくんはねぇ~飴くれるからいい人だよー」

「…では私があなたに飴を渡すような人物でなかったならば?それは私は悪い人という事になったのでしょうか?もし、私がメアさんに飴を渡すなんてことをしなかったのならば」


「そんなことわかんないよー。だってセンドウくんは飴をくれたもん。くれなかったら?なんて今更言われても確認なんてできないしー」


確かにセンドウくんが私に食べ物をくれるようなことがなかったのなら…いい人と思えたのかなんて断言なんてできない。

でもそんな前提は意味がないよね?センドウくんは食べ物をくれてるんだから。


「ひっひ!確かにあなたの言う通りだぁ…えぇその通りですとも。過去に戻ることができない以上、もし…だなんて前提は意味をなさない。ひっひ!これは一本取られましたなぁ…ひっひ!ひっひ!」


センドウくんは立ち上がると、背を向けて廊下を戻りだした。


「ウツギくんに用事があるんじゃないのー?」

「ひっひ!今はやめておいた方がいいでしょう…これでも気まずい空気は苦手なものでしてねぇ…ひっひ!」


「そっかぁ~またね~」


去っていくセンドウくんの背に手を振りながら見送り…アザレアの部屋の扉を開いた。


アザレアは私の姿を見たとたん顔を緩めて、ウツギくんのほうは私を見た瞬間、肩をビクッ!と震えさせてダッシュで逃げ出したのでダッシュで追いかける。


やがて眼に涙を浮かべながらウツギ君がクッキーを投げてきたのでそれをキャッチ。

叫びながら走り去っていく背中に「ありがとー」とお礼を言ってアザレアの元に戻った。

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