第15話 言葉を話してみる

「ね、ねぇクロロ…本当にこんなものが必要なの…?」

「――!」


アザレアは人気のない厨房で一人、籠の中に食材を詰め込んでいた。

黒蛇が厨房の中から食材の周りを這いまわるのでそれをそのまま入れているのだが…。


「こ、これってメアたんにあげるのよね…?確かに普通の子供ではないみたいだけど…さすがに生後一年たってない子供にこんな…」


黒蛇のクロロがこれもこれも!と指示するのは多種多様な肉…それも生肉だ。

量は用意できないので種類で勝負…という事なのだろうか?あとは新鮮な野菜。

新鮮と言っても黒神領にはまともな農夫などほぼいないので比較的新鮮…という程度だが、持って行けと指示されるので仕方なくそれも籠に入れていく。

しかもこちらも生だ。

調味料の類は一切ない…当然塩すらも。


「ほんとに…本当に大丈夫なのよね…?」

「――!――!」


肯定するようにクロロは持ち上げた首を上下に振って頷いた。

幼児は愚か、普通の人間だって食べればアウトになりそうな食材の数々…アザレアはそれをメアにと用意してクロロに急かされるままに厨房を後にする。


歩きながらも手元の籠を見て本当にこれを小さな子に…?とどうしても困惑が出てきてしまうが、それでもアザレアはクロロを疑いはしない。

黒神領の名門エナノワール家…その場所でアザレが唯一信じられる存在がクロロなのだから。


「…以前はまた違ったのだけどね」

「――?」


「ああごめんなさいね、何でもないわ」


廊下の途中にあったとある部屋を通り過ぎる寸前、アザレアは一瞬だけ扉の前で足を止めた。

瞬きをするようなほんの一瞬だけ。


その部屋は先ほどまで言い争いをしていた相手…アザレアの義兄である「ウツギ・エナノワール」の私室だった。

メアが付きつけられていたナイフを食べると言うありえない事態に対する動揺から復帰したのち、アザレアはウツギを叩きのめし、屋敷から追い出した。

宝物庫から金になりそうな装飾品を手に取って投げつけながら。


(これをもって消えなさい!このクズ男!)

(…くそっ)


(さっききからそれしか言えないの!?くそくそうるさいのよ!もうそれが最後よ…この家の当主は私。これ以上は一銭たりとも家のお金を持ち出すことは許さないから。もしまた変な真似をすれば責任をもって私がアンタを殺すわ)

(…ちっ!)


悔しそうにアザレアを睨みつけながらもウツギは投げつけられた装飾品を拾ってよたよたと走り去ってしまった。

情けなさが過ぎるその背中を見つめながら…アザレは苛立たし気に地面を蹴るしかできなかった。


「やめやめ…今はメアたんのことが優先よ。ほんとうにあの子は何なのかしら…」


世界の各地から追いやられてきた人々が最後にたどり着く「この世の掃き溜め」…その黒神領であってさえ悍ましいと疎まれる黒髪を持った赤ん坊それがメア。

アザレアは数日前、領地内を視察していた際に木の下で眠っていたメアを保護した。

どこから来たのか、誰が置いていったのか…何もかもが不明のその赤子を一切のためらいもなく拾い上げ、屋敷に連れ帰った。


小さな子供を見るとアザレアはいつだって思い出す。

誰も味方がいなかった世界でただ一人…自分と同じ思いを共有していた大切な黒髪の妹。

ある日、知らない大人たちに連れ去られ、馬車に乗せられ…そして車輪が跳ねて車体が大きく揺れたその瞬間、妹が外に投げ出された。

伸ばした手はあまりにも短くて…そして小さな身体は簡単に抑え込まれどうすることもできなかった。


その光景がいつまでたってもアザレアの中で公開という形でずっと焼き付いている。

だから自分でもおかしいと思っていてもアザレアは子供に惹かれてしまう。

あの時助けられなかったから…なら助けられる今は助けなければと半ば強迫観念に近い思いに突き動かされてしまう。


しかもメアは…黒髪だ。

世界からは忌み嫌われ排斥されていようとも、アザレアにとっては大切だった妹と同じ黒髪なのだ。

だからこの数日でメアの異常性をどれだけ見せつけられようとも…どうしてもアザレアはメアを捨てることはできなかった。

ずっと手元に置いておきたいと思ってしまったのだ。


メアを部屋に連れて戻った際、赤子用のベッドの落下防止用の柵の一部がおられていた。

いや…くっきりと柵には歯形が残っていて、おそらく食べられてしまったのだろう。

昨日までは歯なんて生えていなかったはずなのに…すでに首が据わっていることや、お喋りではあるのにもかかわらず、一切泣かないことと言い、成長が異常で…人間ではないのかもしれない。

そもそも同じく普通ではないクロロが何かを感じていることから最悪は魔物の類ではないかとすらアザレアは考えていた。


「それでも…やっぱり子供は見捨てられないわ」

「――」


だからお前が気に入っているんだ。とばかりにクロロがアザレアの頬に頭をこすりつけ…アザレアは意を決してメアが眠る部屋の扉を開いた。


────────────


今日はなにか特別な日なのだろうか?

すやすやしているところをアザレアがなにか真面目な顔で入ってきたかと思えば手に籠を持っていてそこにごちそうが詰め込まれていた。

たくさんのお肉に野菜…もう見た瞬間涎が止まらなくてしゅごい。


「あうぅ?」


食べていいの?と一応アザレアに伝わってはいないだろうけど聞いてみた。

しかしアザレアは籠を無言で私の前において…ゆっくりと頷いたのだ。

これはもう食べていいという事なのだろう。

食べます!いただきます!もう私は止められない!ひゃああああああああああ!!


その時…そこにいたのは私というドラゴンではなく食欲の化身だった。いいや獣だった。

久しぶりに「ご飯」を食べた気分だ。

ありがたく命をいただく…そこに感謝しかない。

この世のすべてに感謝。生きとし生けるすべてに感謝。森羅万象三千世界無限に広がる空に感謝。

まさに爆食。

故に暴食。

そんな私は今日も今日とて限りなくドラゴン。


「けっぷ…ひゃわぁあああああああ~…」

「あの量を30分で…しかも絶対メアたんの体積よりも多かったはずの食材が…えぇ…?」

「――!――!」


久しぶりのごちそうだったから我を忘れてしまいました。お恥ずかしいですわ。

いや、私は基本的に食べ物に優劣はつけないけれど、それでもごちそうとそうでないものの区別はあるわけで…どちらも素晴らしいからこそ、どちらかに振り切った場合はすごいのだ。

さて…ご飯を食べ終わった後はいつものおやすみタイムがやってくる。

堪えようのないあくびを漏らしてベッドの上に身体を投げ出すとあら不思議、次の瞬間には夢の中だ。


そして目覚めました我こそは間違いなくドラゴン。

ぱっちりと目を開けると、仰向けで寝ていた私のお腹の上にニョロちゃんがいて、舌をチロチロさせながら顔を覗き込んでいた。

寝顔を見ていたのかいキミは。


「にょろちゃん」

「――!」


名前を呼ぶとニョロちゃんは身体を上下させて喜びを示す。

…というかいつの間にか喋れるようになっているではありませんか。

人間って意外と成長が速いんだなぁ~っとそんな話は今は置いておいて…喋れるようになったという事は他者との意思疎通が図れるようになったという事だ。

特にニョロちゃんがいてくれるのはかなり大きい。

いったい何がどうなっているのかを確かめるチャンス!


「にょろちゃん、わたしがわかう?」

「――!」


なんかちょっとまだ舌が回り切っていない感じはするけれど、ちゃんと伝わっているみたいだ。


「いうめあだよ、いうめあ」

「――!――!」


よっぽどテンションが上がっているのかニョロちゃんは私の全身に纏わりつきながら頬をぺろぺろと舐めてくる。

私がニョロちゃんのに会えて嬉しいように、ニョロちゃんも喜んでくれているみたいだ。


「あのねーなにがあったかーわかう(わかる)ー?」

「――…!――…――…」


ここで重大な問題が発覚した。

というか思い出した…ニョロちゃんは喋れないのだ。

いや、意志の疎通自体はとれるんだよ?ニョロちゃんはこっちの言っていることを理解はできるから…でも喋ることはできない。

私もニョロちゃんの言いたいことを理解するくらいはできるけれど…それは「はい」「いいえ」の肯定か否定の判別や、喜怒哀楽が分かるくらいで細かい会話はできない。

つまり話を聞こうにも出来ないのだ!くもたろうくんは同じ魔物だからか、ニョロちゃんとも会話で来てたから今までは困らなかったのだけど…あ、そうだくもたろうくんを呼んでくればいいんじゃん。


「にょろちゃん、くもたろーくんはどお(どこ)ー?」

「――…」


ニョロちゃんがぶんぶんと首を横に振った。

わからないという事らしい。

ニョロちゃんとくもたろうくんは仲良しで、いつもお互いの位置を把握していた。

だからこそあの森での連絡役が成立していたわけで…そんなニョロちゃんが首を横に振るなんてよっぽど何かがあったらしい。

私が無色領であの赤い槍を受けてから今までで何があったのか…もしかして私のあの行動が何かとんでもない結果を引き起こしてしまっているのではないかと不安になってくる。

いや…実際ニョロちゃんがこんなところにいて、くもたろうくんと連絡が取れないと言うだけで何も起こっていないなんてことはないわけで…軽率に行動しすぎてしまったのではないかと今更後悔の念が沸き上がってくる。

ネムは大丈夫なのだろうか…寂しがってはいないかな…。


「にょろちゃん…ねむは?」

「――…」


答えはくもたろうくんの時と同じだった。

これは本当にじっとしている場合ではないのかもしれない…早く森に戻らないと。

でも同時に…本当になぜかわからないし、自分でも怖いのだけど外に出ようと思うとふと「あの時」の光景が頭をよぎる。

それは赤い槍に貫かれる寸前に見た…赤い糸の束と、誰かの笑った顔。

誰かが私を呼んでる…そこに行かなくちゃという気になって意識が引っ張られていく。

あそこには何かがあったんだ…そしてそれは今もそこにある…。


あぁあああああああああ!!!考えすぎてわけがわかんなくなってきた!

なのでいったんすべては脇に置いておこう。

大事なのは今現在何ができて、何をするのかだ。

わかんないことはどれだけ考えてもわかんないし、できないことはどれだけやろうとしてもできないのだからねっ!


「むふん!なにわともあれにょろちゃんにあえてうれしいよー」

「――!」


とりあえず今できること…友達との再会を喜んでいると部屋の入口の方でガシャーン!と何かが落ちる音が聞こえた。

びっくりしてそちらを見ると…アザレアが目を見開いて固まっていた。


「メアたん…い、いま…しゃっ、しゃべった…?」


なぜかアザレアはすっごい挙動不審になっているためにいまいち何を言っているのか聞き取れなかったけれど、おそらく私に「喋った?」と聞いたのかな?聞かれたからには答えましょう!私は喋りましたとも!

これもすべてアザレアが見ず知らずの私のためにご飯を用意してくれたからだ。


「あじゃれあ(アザレア)ー、あいがとー」

「あばばばばば…しゃ…喋ったぁあああああああああああああ!!!!!???!!?!?」


それはまさに空間を揺らすほどの振動であった。

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