第14話 ドン引きされてみる

「おい、妹」

「なによ、何度言われてもお金は…ってあんた何を!!」


アザレアが私を見て目を見開いた。

それもそのはず、なんと男に片手で抱きかかえられた私は、さらにさらに顔のあたりにナイフを突きつけられているのですから。


なんてこったい人質クライシス。

せっかく生き残ったのにまたもや生命の危機に陥ってしまった私は誰がなんと言おうとドラゴン。


とはいうものの別に抜け出そうと思えば抜け出せそうな感じだ。

この男、力が弱いのか…もしくは私に気を使っているのかそれほど腕に力が入っていなくて、ご飯も食べて元気が出てきている私からすればこんな拘束を解くくらい造作もないはず。


でも一つ問題があって、それは抜け出せたところでどうする?ということだ。

腕の拘束から抜け出せたとしても今の私は二足歩行すらできない身…またすぐに捕まってしまうのがオチだ。

それでも一瞬の隙くらいは作れるかなぁ?よし…この男が油断するまで大人しくしておいて、いい感じのタイミングで抜け出して救出してもらおう。そうしよう。


「ねぇ…うそでしょ…アンタいったいどこまでクズに落ちる気なの?」

「うるせぇ。素直に金を出せば何もしねぇよ。ほらとっととだしな…これでも俺だって少しは調子に乗りすぎたなって思ってんだ。今回出せばしばらく大人しくしてっからよ」


ところでこの二人はさっきから何を言い争っているのだろうか?さきほどの会話から兄妹の兄弟みたいだけど…う~ん家族は仲良くしないといかんよ~。


「あぶあぶ」

「動くんじゃねえガキ!怪我したくなかったら大人しくしてろ!」


これ見よがしに瞳の前でナイフを揺らされてしまった。

…実際これを刺されたら私は死ぬのだろうか?うーん…ちょっとこの身体がどれくらいの耐久力を要しているのか知っておきたい気持ちもある。

いや、自分がどの程度でダメージを追うのか知っておかないと、ふとした拍子に死んじゃうかもしれないからね。

私の目標は生きること…そのためにはあらゆる過程を惜しみはしないのだよ。

ま!いまは大人しくしておきますけどね。


「その子は関係ないでしょ。いいから降ろしなさい」

「関係ねぇかどうかはお前の態度次第だって言ってんだよ俺は」


「…」


しゅるしゅる…とアザレアのお腹のあたりから衣擦れの音が聞こえる。

ニョロちゃんかな?


「おい、なんで黙るのか知んねぇけどよ。もしあの蛇をけしかけてきたりなんてしたら俺は容赦なく刺すぜ?このナイフには毒が塗ってあんだ…かすり傷でもつけられればこんなちぃせぇの一発アウトだ」

「この…!」


衣擦れの音がピタリと止まった。

どうやらアザレアは私を人質に取られていることで動けないらしい。

私としては構わずやってくれって感じなんだけど…でもそれも不思議な話だよね。


だって私とアザレアは出会ったばかりだもの。

庇い立てするほどの信頼関係があるのかな?いや、個人的にはアザレアの事好きだよ?ご飯くれるし。

だけどアザレアのほうはそうでもないはずだ。

だって無意味に私の面倒を見させている形になってるわけだし…ぶっちゃけ人質として成立しているとは思えないんだけど。


「どうした!早く金を出せよ!お前の趣味に付き合わされてる人形がどうなってもいいのか!」

「あう?」


趣味?人形とは?なんぞ?


「へへっガキのくせに気になるってか?おい、教えてやれよ妹…なんでこのガキがここにいるのかってな!」

「…やめなさいよ。赤ちゃんよその子」


「だからどうしたよ。ガキでも被害者には知る権利があるだろ?なぁ?子供攫いの魔女さんよぉ」


子供攫いの魔女?なにそれかっこいい…くはないな。

攫うなよ。


「アンタまでやめてよ。子供を攫ったことなんて一度もないわ。全部向こうから来たのを面倒見てただけよ」

「ひゃっはっはっは!有名だもんな?黒神領にあるエナノワール家には魔女が住んでいて…子供が足を踏み入れたら最後、洗脳されてしまうんだってな」


「…人聞きの悪いことを言わないで。よそから来た奴らの子供の面倒を見てあげていた…ただそれだけなのにそんな噂が流れる意味が分からないわ」

「はん!その後家に戻ったガキが親の言うことをきかなくなったり、して反抗的になるって言うもんなぁ?でもまさかそいつらも…あんな事されてるとは夢にも思わねぇだろうな!ひゃっはっはっは!このガキもあぁなるんだろ?おめぇの変態趣味に付き合わされてよ!」


「そんなんじゃない…子供を可愛がって何が悪いのよ」


苦虫をかみつぶしたような表情で拳を握りしめるアザレアと、ニタニタ笑みを浮かべながら笑う男。

先ほどまでとは立場が逆転しているようだ。

それにしても私はどうやらこのままだとアザレアの趣味とやらに付き合わされて洗脳されるらしい。

こわ…でもご飯くれたし、そこまで悪い人だとは思えないんだけどな~。

どうしたものかなぁ。


「可愛がってるだなんてよく言うぜ。結局はてめぇのためなんだろ?なんだけ、ウチに連れてこられる前に一緒に来るはずだった妹が馬車から落ちちまって生き別れちまったんだろ?いや…死に分かれか。妹は黒髪だったそうだな?そんなのが一人で生きていけるわけもねぇし、馬車から落ちたんなら怪我もしていただろうしな!ひゃっはっはっは!」

「っ…!」


「そんでてめぇはその妹の代わりを他人に求めてるだけのガキだ!そんなのに付き合わされて子供たちもかわいそうになぁ…ひっひっひ!ぶっ壊れた変態が人様に偉そうに説教してんじゃねぇよ!」


ほうほう、それはなんかどっかで聞き覚えのある話ですな。

…どこだっけ?

うーん?…妹…生き別れ…黒髪……あ!!!

そういえばネムってお姉ちゃんと逸れちゃったんじゃなかったかな!?馬車から落ちたのだとすればであった頃に酷いけがをしていたのにも説明がつくし…いや、でも…。


あらためてアザレアの姿をまじまじと見つめる。

確かに言われてみればどこかネムの面影がないこともない…でも髪が灰色だ。

ネムはお姉ちゃんも黒髪だったと言っていたし…そもそも年齢が合ってない気もする?ネムとお姉ちゃんは双子だったらしく、つまりは同じ年齢だ。


だいぶ大きくはなったとはいえ、まだどこか幼さがあったネムに比べてアザレアは完全に大人の女性に見える。

少なくとも成人はしていそうだ。

アザレアが年上に見えるとかでない限りは数年程度の開きはありそう。

じゃあ違うかなぁ~?なんか納得いかない気もするけど…。


あ~…だめだ…考え事してたらお腹がすいてきた…。

この身体かなり燃費が悪く、すぐにお腹がすいてしまう。

どこかに食べ物はないだろうか…。


ご飯を探す私の瞳にキラリと光るナイフが映り込む。

…そういえば毒が塗ってあるとかなんとか言ってたなぁ~…昔ニョロちゃんに出してもらったのを舐めてたけど、癖があって美味しいんだよね毒って。

あぁ~思い出して来たらまたあの懐かしの味を味わってみたくなった。

…ごくり。


「さて、いい加減無駄話も終わりにして早く金を出せよ。それで全部終わんだからさ?もういいだろう、ケチんなよ当主様ぁ」

「…」


「…おい、いつまでも黙ってんじゃねえよ!いいから早く…」

「ちょっ!アンタそのナイフ毒が塗ってあるって…!!」


「あ?あぁそれがどうし…うぉ!?何やってんだガキこら!」


ぺろぺろ。

食欲に負けてナイフを舐めまわしてみた私だけど…不思議なことに毒の味は感じない。


「いやぁあああああああああ!!!メアたん!!何の毒を使ったのアンタ!早く言いなさい!」

「うるせぇ!毒なんか塗ってるわけねえだろ!?なんかあったらどうすんだよ!脅しに決まってんだろうが!くそっ!ガキが危ないからやめろって…」


何やら二人が騒いでいるけれど、お腹がすいた私には聞こえない。

むむむ…それにしても毒を感じなさ過ぎて消化不良だ。

無味なタイプなのか…それとも刃の中に仕込んであるタイプなのかな?だとすればとるべき手段は一つ…いただきます。


「あ~…むっ」

「きゃあああああああ!メアたんがナイフを口に!!!」

「辞めろっつってんだろガキ!死にてぇのか!口の中切っちまったらどうするんだよ!早く離せって…は、離れねぇ!なんだこの力…!?」


「無理やり引き抜かないで!口の中を切ったらどうするの!?」

「ンなこと言ったって…!おい!いい加減に…!…あっ…?抜け、た…?」


「ちょっと何よ抜けたって…アンタナイフの刃…どこにやったの…?」

「どこって…?」


ボリボリ…んー?これやっぱりただの鉄だよね?毒なんてどこにもない?えー…肩透かしが凄い…。

まぁでも鉄分を補給できたし、これはこれでいいかぁ~生えてきたばっかりの歯を試すにはちょうどいい硬さもあるし…モグモグぼりぼり…うん、美味しい。

って、あれ?いつの間にか男の腕から解放されてる?おぉラッキー。

…でもなぜか二人は私を遠巻きにして驚いたような顔をしている。

なになに?どうしたんだいお二人さん。


「あぶぶ?もぐもぐ…」

「お、おい…お前…いったい「なに」を拾ってきたんだよ!!」

「わ、わからない…数日前近くに捨てられてて…それで…」


うーむ…これはあれかな、私が何かをやらかしてしまったパターンのやつかな。

ネムとの交流を経てだいぶ人間の常識を身に着けた気になっていたけれど、どうやらまだまだだったらしい。

ところで何が悪かったのだろうか?誰か教えてくれないかなぁ。


と、そんなふうに困っているとアザレアの袖からニョロちゃんがボトッと地面に落ちてきてにょろにょろと私のもとまでやってきた。

おぉ…ニョロちゃん…ようやく近くに来てくれたね…!


「あにゅにゃん」

「――…!」


小さくなってしまった手でニョロちゃんを撫でると、その細長い身体を上下に伸ばしたり縮めたりしてニョロちゃんは暴れだした。

これは彼女がテンションが上がった時に見せる動きで…どうやら私のことに気づいてくれたっぽい。

よかったよかった。


「クロロとあんなに仲良く…メアたん…あなたはいったい…?」


その後私はアザレアに部屋に戻され…この事件?はひとまず決着したのだった。

ちなみに男があの後どうなったのかは知らない。

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