第12話 ご飯をもらってみる

 人間は卵からは産まれず、母親のお腹から生まれてくるらしい。

龍とは全然違うし、卵を通さず直接出てくるなんてすごい…と半ば人事のように思っていたのだけど、今はそんなことを言っていられなくなっている私はたぶんドラゴン。


と言うのも死ぬほど脆いでおなじみの人間のお腹の中から生まれてくるのだから人間の幼体はそれなりの小さなサイズで生まれてくるわけで…それが赤ちゃんというわけだ。

龍は卵から出てくるころにはほとんど成体に近い姿をしていて、実は見た目の成長幅と言うのはあまりない…らしい。

らしいと言うのは私が龍の産まれてくるところを見たことがないのと、私自身が卵の外に出て以降ほとんど体の成長はしていないという現状からの理解なので、いまのところは「らしい」で止まっている。


ただ髪は伸びるし、代謝もあるので全く成長してないわけではないだろうし、そもそも母は私なんかと比べ物にならないくらい大きかったので、あれがそのまま卵から出てきたとも考えづらいので本当のところはよくわからない。


まぁ今はそんな事どうでもよくて…つまり何が言いたいかというと…


私が!その!人間の!赤ちゃんに!なっている!という事なんだよぉおおおおおおおお!


「あばばばばばぶぅ~~~!!!」


なんてこったいメタモルフォーゼ。

いったいなにがどうなってなぜゆえにそうなったのか、すべてが不明だけどとにかく今は現状を受け入れるしかない。

なぜならばなってしまった以上は仕方がないからだ。

いまは生きていることだけでも良しとしよう…生命に感謝。


「あぶぅ~」

「いきなり叫んだと思ったら神妙な顔で両手を合わせたりしてどうしたんでしゅか~?メアたんはほんと、生まれたばかりとは思えないほど元気でしゅね~…それでいて泣くわけではないし、どうなってるんでちゅか~?ふしぎでちゅね~?」


なんだこの女、変な喋り方をしおってからに。

というか私って生まれたばかりなの?300年生きたのに?その実績はどこへ消えたの?

…まぁいいや。

大事なのは生きているという事実であり、どれくらい生きたかではないのだから。

命に感謝~。


「あ~ぶぅ~」

「あらあらほんとに不思議な子でしゅね~。お医者様の話でも生後そんなにたっていないはずなのに首が座っているし、癇癪も起こさないしで不思議って言ってたけど…」


──くぅぅ~。


おっと…お腹が鳴ってしまいましたわ、お恥ずかしい。

いや…まって…頑張っていろいろと前向きになろうとしてたけど…お腹がすきすぎてヤバい…私空腹だけはダメなんだ…耐えられないの…なにか…食べ物…。


「あぶ…」

「あら」


ほとんど無意識に私を抱いている女…アザレアに噛みついてしまった。

すぐに口を離したけれど危なかった。

いくら何でも私の面倒を見てくれているらしき女を食べるのは道理に反しすぎている。

空腹すぎて力が出ないのと…なんか歯がないみたいで助かった。

いや…歯がなくてどうやってご飯を食べるのよ!?どうなってんだ人間の赤ちゃん!とか言ってる体力すらない…ほんとに死ぬ…空腹で私の龍生終わる…たしゅけて…。


「…お腹がすいたのね。これ…食べられる?」

「あぶ…?」


アザレアが私の口元に匙を差し出してきた。

その上には赤色の…ドロドロの何かが乗っていて…ほとんど反射的にそれを口に入れた。


「あっ!ダメよメアたん!一気に食べないで!ゆっくり飲み込むの!お願いだから!」


何か叫んでるけど今は食事が第一だ。

お腹がすきすぎてそれ以外のすべてに気が回らない…。


そんな私の口の中に入ってきたドロドロを歯が無いなりに味わって舌の上で転がす。

ドロドロのように見えたけど、よくよく探ってみると小さな固形物がちょくちょく混じってるのが分かる。

これは…あれかな?野菜をお湯で煮てドロドロにしたやつだ。

塩気すらないのでほんとにお湯で煮たものを摺りつぶしただけだ。


でも…こういう素材の味百バーセントの素朴な味もいいね!うまし!

噛めないのでほぼ飲み込む感じにはなるけど、むしろその方がお腹に溜まっていいかもしれない。


「メアたん本当にダメよ!ちょっと吐き出して!」

「あうあうあう」


なぜか口をこじ開けてこようとするアザレアに必死の抵抗を見せる私。

食べさせたくせになぜゆえに吐き出させようとするのだ。

やめてくれ~と頑張ってみたけれど、現状あちらの方が若干力が強く、口をカパッと開かれてしまった。

なんだか恥ずかしい。


「あ、あら…?まさか全部飲み込んだの!?苦しくはない!?」

「あう?」


苦しいとはいったい…?むしろご飯を食べられて気分がいいくらいだ。


「…そう。やっぱりメアたんは少し特別なのかもね。もう少し食べる?」

「あぃ」


再び差し出された匙の上のドロドロを口に含む。

うーん、うまい。


「…ごめんねメアたん。本当は乳母を用意してあげるはずだったのだけどダメで…赤ちゃんが食べられそうなものが何もないの。苦し紛れでこんなものを用意してみたけれど、本当はたべちゃだめなのよね…でも何も食べさせないわけにはいかないし…ゆっくりよ、少しずつゆっくり食べるのよ」

「あぅ」


人間ってやっぱり色々大変なんだなぁ~メアの時も思ったけれど、ご飯一つとっても考えることがありすぎる。

色々とアザレアも考えてくれたみたいだけど、私にそんな気を使わなくていいのよ。

だって今も何の問題もないし…ちょっとずつどころかボトルでごくごくいきたいくらいだ。

でもネムの面倒を見ていた私にはわかる…食事に気を使うことがどれだけ大変かという事を。

なのでありがとうの意を込めてアザレアの頭を撫でようとして…手が短すぎて頬しか撫でられなかった。


「あら…うふふ、メアたんはかわいくていい子でちゅね~」

「あぶあぶ」


現状は何も把握できていないけれど、とりあえずアザレアはいい人そうで良かった。

いまはご飯を食べて力をつけ…そのあとのことはそれから考えよう。


「…全部食べちゃった。よっぽどお腹がすいてたのねメアたん。お腹がぽっこりしちゃってましゅね~」

「けっぷ…ふぁあああ~…」


ご飯を完食し、これで元気充填完了!と思いきや今度は抗いようのないほどの強烈な眠気に襲われた。

確かにご飯を食べた後って不思議と眠くなるけど…ここまでのは初めてかもしれない…。

ちっちゃい頃のネムはご飯食べてすぐに寝てたし…これも人間の子供特有の現象なのかもしれない。


「うふっご飯食べて眠くなるのは健康の証…メアたんが元気になってよかった。またあとで様子を見に来るから少しおやすみなさいね」

「あふぅ…にゃふにゃふ…」


再び柵のついたベッドの上に寝かせられるとあら不思議…勝手に瞼が落ちてきて意識が夢の中に落ちていく。

アザレアに頭を撫でられながら完全に視界が閉ざされ…。

最期の瞬間にアザレアの肩の上に黒く長い何かがにょろにょろと顔を出したのが見えた。

あれって…まさか…あぁダメだ眠い……――――。


────────────


気持ちよさそうに寝息をたてるメアの頭をなでながらアザレアが眼鏡の奥の瞳を細めた。


「寝ちゃった、か。おやすみなさいネムたん」


頭から頬に、そして唇に…次は首、そしてお腹と指を滑らせていき、満足そうに笑う。

そんなアザレアの肩の上で黒く細長い生き物…蛇がチロチロと舌をのぞかせた。


「ん~?どうしたのクロロ?大丈夫よ何もしないわ。こんなにかわいいのだもの…死なせちゃったらまだもったいないでしょう?黒髪でも、ね」

「――」


アザレアがメアの黒髪を救い上げ…指を通して手放す。

すやすやと眠るメアはどれだけ触れられても起きる気配すらみせない。


「ええそうよ、可愛がってあげるし守ってもあげる。この私が。…あなたが可愛くあるうちはね…うふふふっ。そう、可愛くあるあいだはね、せいぜい私に可愛がられるままのメアたんでいることね」


そう言い残してアザレアは部屋を後にしたのだった。

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