黒色編

第11話 人を呼んでみる

 一面が黒で染められどこからが地面で、どこまでが天上なのかすらわからないその場所を部屋の中心に聳え立つ不必要なほど太い柱…その中央部分にはめ込まれている巨大な玉がぼんやりとした光を放ち、わずかに照らしていた。

それだけがこの場所にある唯一の灯りであり、その光に照らされて男の姿が浮かび上がっていた。

その男はローブを頭から被っており、口元は露出しているがその顔は伺うことができず…ローブの下から覗くしなやかに鍛えられた肉体がただ者ではないという事を感じさせるのみで、それ以外はすべてが闇に隠されていた。

そんな静寂の闇の中に身を投じていた男のもとに、震える足取りで白を基調に赤い意匠の施されたいローブに身を包んだ一人の老人が首を垂れながらその姿を見せた。

その老人は赤の領地で大司教と呼ばれる人物だった。


「…き、教皇様…本日もあなた様に謁見できる光栄を…」

「御託はいい。本題を話せ」


教皇と呼ばれた人物がローブの下から威圧を放ち、大司教を黙らせた。

その声は大司教に比べると明らかに若いものであるにもかかわらず、荘厳さにあふれており、大司教は汗を流しながら何度も頭を下げた。


「は、ははーっ!申し訳ありません…!ほ、本日は定例の報告に参った次第でして…!」

「そうか。それで?結局何も見つかってはいないのか?」


「は、はいその通りにございます…数年前ひとりでに「呪槍」が発動した理由は分からず…未だに無色領の周辺を調査させておりますが…あれ以来「宝」も何の反応も示しておりません…」

「ふむ…という事はやはり、あの事件はお前の失態…という事になるな?」


ぶわっと老人の汗がさらにその量を増し、ぽたりと闇の中に落ちて消えていく。


「お、お言葉ですが!あの件は宝の暴走という他なく…!!」

「あれの責任者はお前だったはずだ。それが暴走したと言うのなら責任を取らねばならない立場のはずだな?数年前の「呪槍」の暴発により抑止力が一時的に機能しなくなった結果、龍たちの侵攻を許してしまった。その結果がどうなったか言うまでもないな?」


「そ、それは…しかし…」

「二体…いや三体か。「聖」「青」「緑」の襲撃を受け、我々は「金」と「紫」の協力を乞うほかなくなり…どうなった?言ってみろ」


「ぶ、無事に時間を稼ぐことに成功し…呪槍で「緑」の撃破に成功しました…」

「お前はこの俺を馬鹿にしているのか?」


大司教を見下ろしていたはずなのに、次の瞬間に教皇は吐息すら聞こえてきそうなほど近くに来ており、そのまま大司教の頭を掴んだ。


「誰が成果を口にしろと言った。「金」と「紫」に協力を乞うた結果どうなったのか言えと言ったのだ」

「申し訳ありません…!け、結果として…「金」には御国の宝物庫の7割を献上することになり…紫には…国を一つ差し出す結果となりました…!!」


「そうだな。そしてそれらの責任はあれの責任者でありながら、管理できなかったお前にあるとは思わないのか?」

「そ、その…しかし…しかし…」


「…まぁいい」


大司教の頭に加えられていた力が消え失せ、頭をあげるとすでに教皇は元の場所に戻っていた。

もはや興味もないとばかりに視線を外し、闇を照らす柱に目をやりながら教皇は何かを大司教に投げ渡す。


「こ、これは…?」

「見ればわかるだろう。「呪骸」だ。俺はお前を信頼している…だからこそ大司教という立場を与えているのだからな。つまり…言いたいことは分かるな?いくら信頼があると言っても何度も庇うことはできない。いいな?」


「は、ははーっ!お任せください!頂いた慈悲に見合うだけの働きを約束いたします!!」


水を得た魚とばかりに大司教は顔を喜色に歪ませ…またすぐに顔を曇らせる。


「なんだ?まだ何かあるのか」

「その…教皇様のお耳に入れておきたいのですが少し前から「色狩り」と呼ばれる人物による凶行が目に余るほどになっており…」


「色狩り…あぁ少し前から出てきた妙な連続殺人犯か」

「はい…高貴な色ばかりを狙う畜生にも劣る下手人でして…赤髪の人物や、近い系統…そもそも我らが赤神の地に住まう教会関係者というだけで狙われる始末でして…もはや無視はできなかと…」


「少し前は悪斬りで今度は色狩りか。ままならぬものだな世の中と言うのは…そもそも悪斬りもまだ捕まっていないのだろう?」

「はい…なのでより上位の執行官…もしくは枢機卿の方々の助力を得られないかと…」


教皇は少しだけ考えるそぶりを見せ…頷いた。


「わかった。こちらで手配をしておく…約束はできんがな」

「ありがとうございます!では私はこれで…」


「ああ」


数秒ほどで大司教の気配が消え失せ、教皇は闇の中で一人…巨大な柱にそっと触れた。

無機質な冷たい感覚がその手を伝わる。

闇を照らす光に…ぬくもりなどなかった。


「この状況…どう見る?」


誰もいないはずの闇の中に、教皇の独り言にしては違和感のある声が響いた。

しかしそんな声に答えるものなどこの場にはいない…そのはずだった。


「さぁね」


聞こえるはずのないそれは…不気味なほど感情を感じさせないものだった。


────────


前回のあらすじ。

喋れないし手が短い。以上。


はろーはろーどこかもわからない場所からお送りしております、そう私がドラゴン。

またの名をイルメア。


「あうあう」


あれから少し頑張ってみたけれど、やはり意味のある言葉は喋れない…というか舌が回らない感じだね。

言葉を発音できてない。

ひーん、こんな経験初めてだからどうすればいいのかわかんないよ~…手も足も短いし、なんか全然動けないしお腹もすいたしどうなってるんだぁ~。

やはり私はあの時死んでしまっていて、今は死後の世界ごーいんぐまいうぇいなのだろうか?

むむむ…だとすれば死後の世界あまりにも不便すぎるぜ、ちくせう。


「う~ぁ~い~ぃ~」


本当に何もできないので口からなぞの音を出して遊ぶしかやることがない。

眠るのは好きなんだけど、身体が動かせなさ過ぎて寝返りすら打てず…そうなってくると眠るにも辛いという地獄なのですよね。

というか本当に誰もいないの!?誰でもいいからこの状況を説明してよ!!


「あぁ~!だー!にゃぶにゃぶ~!」


出来るだけ謎の怪音を出してみるが誰も来ない…いや、耳をすませば足音が聞こえる気がする。

そしてそれはだんだんと近づいてきているような?

おーい!こっちー!こっちに来て―!


「だぁー!あぶぅ!あーう!あーう!」


必死で声をあげると足音は私がいる場所…の前のあたりで止まった。

どうやら足音は二人分あるみたいだけれど、なぜかこっちまでは来ない。

きてよ!!なにしてるの!!


「当主様…ど、どうかお許しください…あのような悍ましい子供…私の手には負えません…!」

「面倒を見ろだなんて言ってない。ただ乳母になれって言ってるだけよ」


どうやらそこにいるのは声から判断するに女性が二人…しかもちゃんとした言葉を発音していることから上位の魔物か、もしくは人間だ。

でも魔物にしては気配が薄い気がするから人間かも?いや…なんかもう一つよく知っているような気配もあるけどよくわからない。

いつもより感覚が鈍いと言うか…やっぱりこの異常な状況で力が出せないからなのかな?

う~!不便だー…。

しかしどうやら女性二人はなにやら言い争いをしているらしく、ちょっとうるさい。


「同じことではありませんか…!無理です…絶対に無理です!だってさっきも聞いたでしょう!?生まれたばかりでもうあそこまで声を出せるなんて…やはりどこかおかしいとしか思えません!それに髪が…」

「あなたこんな土地に住んでおいて髪がどうとかよくも言えるわね。自分だってそう変わらないくせに」


「私の髪は黒ではありません!青が濃いのでそう見えてしまうだけです!なのに…と、とにかくいくら当主様のご命令でもあの子供だけは無理です!あれに乳をやるくらいなら死んだほうがマシです!し、失礼します!」


一人分の足音が遠くに去って行ってしまった。

えぇー…ちょっと!もう一人はどこか行かないでね!?お願いだからこっちに来て!そして事情を説明して!


「あー!あぶあぶー!」

「はぁ…仕方がないか…」


私の願い虚しく、残っていた気配もどこかに去って行ってしまった。

そんな…と絶望していたけれど、しばらくすると後から去って行った方の気配が再び戻ってきて…そしてなんとなんと近づいてくるではないか!

よしよしよーし!そのまま早くこっちに来て!

そして私の願いはついに通じて…。


覗き込むようにしてきたその人と目が合った。

人間の女だ。

どちらかと言えば黒寄りの灰色の髪を長く伸ばしていて…そして顔に何かを付けてる。

なんだっけあれ…えーと…そうだ眼鏡だ。

灰色の髪で眼鏡をした人間の女。

それが私のことを上からのぞき込んでいた。


「あうあう~」


ひとまず出会えた第一村人ということで軽快なコミュニケーションをとってみる。

すると女は手を伸ばしてきて…動かなかった私の身体を持ち上げる。

…この女、でかい!!いや…私が小さいのか!?

一体何が起こっているのかさっぱりわからん!!

とにかく女は私を抱きかかえると目を合わせながらふわっとほほ笑んだ。


「初めまして。私はアザレア…この辺りで一番偉い女なんでちゅよ~」

「あぶあぶ?」


喋り方が少しイラっときたがどうやらこの辺りでは偉い感じの女らしい。

それが一番最初の名乗りなのはどうなのかと思わないこともない。

おっと…私としたことが、どうであれ名乗られたのならば名乗り返すのが礼儀というものでしたね。

というわけで自己紹介。


「えあ~…いうえあ~」


はい無理でしたー。名前すら言えませんー惨めですぅー。

くそう!


「なに?いうえあ?いー…る?めあ?」

「あぶっ!!」


おお!?なんかそれとなく伝わっているぞ?すごいじゃないか私。

いや…この女が凄いのかも?だって私なら絶対今のわかんないもん。


「そっかそっかー…うーん…そうね、いいかもね。あなたは「メア」って言うのね?なら今日からあなたはメアちゃんよ。よろしくね」

「えあ?」


名前の前半を削られてしまった。

まぁ別にいいか…半分だけでも伝わったことをまずは良しとしよう…おや?あれはなんだい?


一仕事終えて満足したのもつかの間…私は視界の先にとんでもないものを見つけてしまった。

それは鏡だった。

ちょうどこちらの姿を映すように置かれた大きな鏡…それは当然私と、それを抱く女の姿を映していて…。


「あうあー!?」


なんじゃこりゃー!!とつい叫んでしまった。

女のほうはいい。見たまんまの容姿だ。

問題は私…なんか…人型のよくわからない生き物が私がいるであろう位置に映っているのだ。


髪は黒…これはいい。

でもそれ以外は全部おかしい!

短い手足!ぽんぽんと膨れたお腹!真ん丸なお顔!そして何よりちいせぇ!!であった頃のネムよりはるかに小さい!人型をしているけれど、もはや別の生き物にしか見えず…そして私は気が付いた。


ネムの世話をするにあたって取り入れた人間の知識…それに今の私の状態に引っかかるものが一つあった。

それは…赤ちゃんという言葉だった。

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