第10話 足掻いてみる

 ひとまず荷物の準備は終わったのでみんなでテーブルを囲んでおやつを食べながらくもたろうくんの話を聞くことに…あ、このお土産のお菓子美味しい。こっちの干し肉みたいなのも。

昔は甘いものを食べた後にお肉とか食べてたら母に「順番どうなってんだ。菓子の後に肉を食うなよ」とかうるさく言われたものだ。

ご飯を食べるのに順番など関係ないよね?美味しければいいじゃない。


「お嬢様。食べることに夢中にならないで話をちゃんと聞くっす」

「聞いてるよ失敬な…もぐもぐ…」


「ならいいっすけど…こほん、ひとまず先に気になるところから言いまっすけど…お嬢様が何かあるかもしれないって感じているの…あながち気のせいだとは言えないかもしれませんっす」

「おや」

「えっ…それっていったい…」


ネムが不安そうにくもたろうくんに続きを促す。

そんな気落ちしないでもいいのになぁ。


「実は最近お嬢様が気になっている方角…無色領に赤神領にある教会のお偉いさん…大司教がいるそうなんです。それもなにやら変なものを馬車に乗せて」

「ふーん?それって何かおかしいの?」


「おかしいっすよ。赤神領のお偉いさんなんて人間社会のトップもトップ…うちらで言うお嬢様くらいの存在でっす。高貴な存在なんっす。そんな奴が無色領なんて言う…言葉悪いっすけど下賤な地にわざわざやってくるはずがないっす。それだけでちょっとおかしいですね」

「そーなんだー」


正直皆に対する私だなんて言われてもピンとこない。

自分を偉いだなんて思ってないし…くもたろうくんなんて結構私にズバズバ物申しているしね?母が偉いって言うのならわかるんだけど…。

まぁとにかくおかしいらしいので、そこを理解しておけばいいだろう。


「あの…それって理由があるの?」

「いい質問っすねネム。実は赤神領にある教会は一定期間ごとに巡礼をしていてですね?もともと各領を巡っているのでっすが…今回はそれには普段同行していない大司教がいることに加え、変な荷物を持って移動しているというのがおかしな点というわけっす。そしてもう一点…普段は無色領なんてほとんど素通りしているのに今回はやけに長く滞在しているっす。それも本来は一泊の予定だったはずが、数週間かけて無色領を巡っているそうなんですよねぇ…なにか裏がありそうで…」


つまりは偉い場所に住んでいる偉い人が、いつもとは違う行動をしていて…そしてそれが行われている方向に私は気を取られていると。

確かに偶然というには何かがありそうな気配はある。

ひとまず気になるのは…。


「その変な荷物って何なの?」

「すんません。ウチもさすがに赤神領の偉いさんに近づくのはリスクがありまっして…もう少し頑張れればよかったんですけど…」


「いやいや、危ないことはしちゃだめだからそれでいいんだよ。無理しちゃダメだめ。情報収集に行ってもらう時にも言ったでしょ。安全第一」

「っす。でも遠目には確認できました。なんか…でっかい箱でしたね。箱というよりはもはや小さな小屋くらいの大きさでしたけど…でも飾り気のない四角い箱で…とにかく変なものだったっす」


「そっかぁ…やっぱり行ってみないと何もわからないね」


怪しいとすればその箱…になるのだろうか。

ここ数週間と言うのならば私の意識が飛ぶ謎の現象が起こり始めた時と一致しないこともない。

赤神領の偉い人だなんて知らないし、一度その何かありそうな箱を見てみたい。

それで原因が判明すればよし、しなくても関係ないという事が分かればそれもそれで進歩だろう。


「んー…でもやっぱりお勧めはできねぇっすよ。そのことを抜きにしても最近どうも人間の世界はきな臭いといいますか…」

「そうなの?」


「ええ…まぁお嬢様に関係はないかもしれませんけど、なんか妙な「義賊」が沸いてるらしいっす」

「義賊?なにそれ」


「まぁなんといいますか…ぶっちゃけ連続殺人鬼っすね。人を殺しまくって捕まらずに逃亡している奴がいるそうなんですよ。でもその殺人鬼が狙うのが悪人や、他者を虐げるお偉いさんとかで…いわゆる弱い立場の人間からは支持されているそうっす。だから義賊…みたいな。世間では「悪斬り」とか呼ばれているそうっすね。そんなのが出てくる時点で世も末と言いますか」

「本当に大丈夫なんですか…?イルメア様になにかあったら…」


何度大丈夫だと言ってもネムはやっぱり心配らしい。

そこまで懐いてくれているんだって思うのと同時に、そこまで思いつめないで欲しいとも思うのだけどやっぱりどうしようもないよね。

いや…ネムだけじゃない。

私には関係ないと言いつつも、その悪斬りとやらの話をしてきたことからくもたろうくんからも何とか私を引き留めようと言う意志を感じる。

スピちゃんやニョロちゃんだって何も言わないけれど、私のことを心配している空気を出している。


「…それでも行かないといけない気がするんだ~。まるで何かに呼ばれているみたいに」


実際…呼ばれているのかもしれない。

何も体に異常はないのに意識は取られる…何かが私を呼んでいる。

ならば私はそのれが何なのか知りたい。

知らなくちゃいけない…そんな気がするから。


「だから行ってくるよ~。だいじょうぶ、だいじょうぶ。私の第一目標は生きること。無茶はしないし、危ないことがありそうならすぐに逃げるから。絶対に生きて戻るよ私は」


テーブルを囲む皆をぐるっと見渡して席を立つ。

荷物を抱えて準備完了…さぁ行こう私を呼ぶ何かの正体を確かめるために。


「じゃあいってきまぁす」


そして私は無色領に向かって歩き出した。

今度はくもたろうくんもいない…完全な一人旅。

うすうす感じていたのかもしれない…そこで何かが起こることを。


────────────



無色領には思いのほか早くたどり着いた。

以前は観光も兼ねていたからゆっくりと歩いたのだけど、今回の目的はそうではないし、みんなに心配をかけすぎないためにも早く帰りたかったから全速力で山を下りて、全速力で無色領まで進んだ。

ちょっと張り切りすぎて道中の木々や、人間の作った建築物やらを吹き飛ばしてしまったような気がするけど気にしない。


というか気に留めることができなかった。

無色領に近づくにつれて何かを感じるようになって…そして領地に入った瞬間それは確定的になった。


――ここに何かがある。


そしてその何かに私は惹かれたんだ。

半ば操られるように…私はその何かを感じる方に歩いていく。


「なに…?いや…誰なの?私を呼ぶのは…」


歩いて歩いて…途中で人に見つかって私の容姿を見られたからか悲鳴をあげられたけれど、それでもそんなものに気を取られる余裕もない。

呼ばれてる…誰かが呼んでいる。


ぼんやりとした意識の中…急に視界が晴れて…視線の先に四角く大きな箱があった。

そして…私には見えた。


真っ赤な糸が集まった束が揺れている。

その束の持ち主が…口を三日月型に開けて…真っ赤な口で笑った。


「っ!!!?」


瞬間、私は本能的にドラゴンオーラを全力で展開していた。

同時に私に向かって大きく…そして巨大な何かが飛来し…ドラゴンオーラにぶつかる。

それは真っ赤に光る槍のような形をしたエネルギーだった。


「んぐぐ…!な、なにこれ…!!」


私の全力ドラゴンオーラにぶつかってなお、軌道を反らされず、今にも貫こうとしているその赤い槍は何もかもが奇妙だった。

たぶん魔素を媒介にしているのは魔法と同じだけれど…何かが違う。

うまくは言えないけれど…魔法という概念のもとにある力じゃない。

それにこの槍は強いなんてレベルではなく「抗えない」…そんな圧倒的な力をもって少しずつオーラを貫き…そして私の身体を飲み込んだ。


「あぁああああああああああ!!!?」


身体で受けて理解する。

これはダメだと。

赤い光に飲み込まれて…私の身体が「死」へと引っ張られていく。

ブチブチと私の身体が引き裂かれて…命というものを焼き裂かれて、消されていく。

あの強大で最強の母ですら抗えなかった絶対的なもの…死。

それが私の目の前に現れて…飲み込んでいく。

私のすべてが真っ赤な闇の中に消えていく。


「イルメア様ぁあああああああああ!!!」


ふとここにいないはずのネムの声が聞こえた。

それに交じってくもたろうくんの声も…そうだ私は死ねないんだ。

言っちゃったんだ…絶対に戻ってくるって。

母とも約束したんだ…最後まで生きるって…!!こんなわけもわからないことで死ねるかぁあああああああドラゴン舐めるなおらぁああああああああああああああん!!!


「ぬ、ぬおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


死に抗って、抗って…まさに死ぬ気で意識を繋ぎ止めて…視界が爆発して光に包まれた。


そして──

────────

────────────


「うぅ?」


目が覚めた。

なんだかよく眠った気がする。身体がふわふわとしてて気持ちがいいもの。

…というか目が覚めたという事は私は生き残れたのだろうか?生き残れたんだよね。

いやぁよかったよかった。一時期はどうなることかと思ったけれど、何とかなったらしい。

これがドラゴンの意地というやつよ。見たか!ふはははははは!!


と心で笑い、余裕を取り戻してみたところでここはどこだろう?

なんだかふかふかとしたベッドで寝かされている気はするんだけど、視線の先にある天井に見覚えはない。

さらに周囲はなんだか木製の柵?のようなもので囲まれて…広さはあるので窮屈ではないが、なんとなく閉じ込められている気がして嫌だ。

というか誰かいないの?呼んでみるか。


「あうー。あーぃ」


…ん?なんだ今の謎の音は。

え?まさか私の口から出た?ちゃんと喋ったよね?ははは、どうやらまだ動揺しているらしい。

では気を取り直してもう一度。


「だぁ~ぁ~ぁ~いっ!」


なんてこったいカタストロフィ。

なぜだかわかんないけれど言葉が喋れなくなっているではないですか。

やはり私は微妙に無事ではなかったらしい。

体調はいいのになぜこんなことに?とにかく周囲を探ってみよう…そもそもどういう状態なのか…。

まずは手を伸ばしてっと…。


「だ…?」


視界に入ってきた自分の手を見て驚いた。

めっちゃ短い。

なんじゃこりゃ。拾った時のネムより小さいぞ!?いったい私になにが起こっているんだ!!??


私が自分の身に起きた変化に気が付いたのはそれから数時間後の事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る