第9話 特訓をしてみる

「イルメア様…行きます!」

「ほい~いつでもどうぞん」


木も草も伐採されてだだっ広い広場になっている場所でネムが私に向かって剣を構える。

なんとなく不思議な迫力があるように見えるのは…あの子のことを私を討ち取るかもしれない「シュジンコウ」だと思っているからだろうか。


でも勘違いはしないで欲しい。

これは殺し合い的なあれではなく、いつもの「運動」なのですよ。

いつからだったかネムが急に戦いに興味を持ちだして、くもたろうくんやニョロちゃん達は母の予言の話を知っているので反対していたけれど、私的には脆いの体現ともいえる人間であるネムに最低限の護身術くらいは教えておきたいと思ったのでこうやって戦い方を教えているのです。


お姉ちゃんとして可愛がりの一環でやっているのだけど…いつか自分の首を絞めることにならないように祈ってはおこう。

でもさ、ぶっちゃけこの10年そこらでここまで仲良くなったネムに殺されるようなことが起こるのなら…それはそれで仕方のないような気もしないかな?

まぁ実際そんな展開になれば全力で抵抗しますけどねっ!


「イルメア様!隙アリです!」

「およ?」


考え事をしていたらいつの間にかネムが距離を詰めていて、手に持った剣を振り下ろそうとしていた。

おほぉ…いやぁそれにしてもその一動作だけでもネムがかなり強くなっていることがよくわかる。

少なくとも私がネムと初めて出会ったときに戦った人間たちよりはよっぽどスピードもあるし鋭さもすごい。

でもそれくらいで簡単にやられる私ではないのだ。


「ドラゴンオーラ」


避けることも出来るけど、あえてドラゴンオーラを展開して身を守る。

これは訓練の一環なのだ。

私が効率的に勝つ…のではなく、ネムに力を付けさせてあげるためのね。

さてさて…どう突破いたしますかなネムよ。


「っ…やぁ!」

「おお」


掛け声とともにネムの持つ剣の周りを魔力に反応した魔素が薄く覆った。

それがドラゴンオーラにぶつかり…するりと刃はオーラの内側へと入り込んだ。


本来魔素というものは使うことは割と簡単にできるけれど、細かくコントロールするとなると話は変わり、とても難しくなる。

実際呼吸をすることで酸素を吸うことはできても、それを思いのままに操れだなんて言われても困るのがほとんどだろう。

それと同じで魔素も体内の魔力と結びつかせることで魔法として適当な位置で爆発させることは簡単にできても、剣に纏わりつかせる…なんてことは普通はできない。


だがそれをネムはやって見せたのだ。

すごいと褒めるほかないね、本当に。

私のドラゴンオーラは魔力を自分を中心にドーム状に吐き出すことで魔素を反応させ…そのドームに触れたものを滑らせるという効果のある技で実は壁ではない。

防ぐのではなく逸らすのだ。


ネムは剣に魔素を纏わせることでドラゴンオーラを構成していた魔素に反発させ、刃を通した…そんなところだろうか?


「もらいました!」

「強くなったねぇネム。でもまだまだ」


迫りくる刃を親指と人差し指で挟んでキャッチ。

それだけでネムは剣を動かせなくなってしまう。


「っ!う、ん…!!」

「技術は上がったけど、力のほうはまだまだだね~」


「まだです!剣が使えなくたって!」


そこでまさかのネムさん、私がつまんでいる剣を軸として身体を捻り、顔に向かって蹴りを放ってきた。

ほんとにすごく動けるようになってるね。

関心関心。

さてさて…これはどうするべきか…うん、普通に何もせず受けよう。

この威力なら私は防御しなくてもダメージを受けないと思うので、どうすればダメージを与えられるのかという事を今後の課題としてもらおう。

そんな風に方針を決めたところで…ネムの肩にスピちゃんがしがみついているのを発見してしまった。


「スピ!お願い!黒霊魔装(こくれいまそう)!」

「うぇ…!?」


ネムの脚が黒いオーラのようなものを纏った。

見たところ、どうやらスピちゃんが魔素を反応させて呪いの力を発動させ、それをネムが先ほども見せた魔素のコントロール力をもって脚に纏わせているらしい。


だからと言って蹴りが速くなっているわけでも、おそらく威力が変わっているわけでもない。

スピちゃんはダークスピリット…実体がないタイプの魔物だ。

だから物理的に何かを強化するなんて力はないはず…ならこれは何の意味があるのだろう?

防ぐことも避けることもできるけど…好奇心が勝ったので当初の予定通り、そのまま受けてみることにした。

そして…スパァン!とネムの蹴りが私の顔に命中した。


「え…当たった…?」


ネムもまさか当たるとは思っていなかったようで、驚いた顔をしている。

ついでにスピちゃんも驚いている。

ほんとうに仲良くなったねキミたち。

うーん…それにしても…。


「なんか痒いね…?」


蹴られたところがむずむずとする。

ちょっとだけ嫌な痒さだ…寝ているときに感じると微妙に目が覚めてしまう系の…。


「痒い…降参ですイルメア様…」

「ん?どしたの突然」


脚を下ろしてネムとスピちゃんが肩を落とした。

理由を聞いても「いえ…なんでもないです…。痒い…ちょっと強めの魔物くらいなら倒せるのに…なんか心を折られました…」とボソボソとよくわからないことを言っていたので触れないほうがいいのかもしれない。


「いや、でもネム本当に強くなったよ。私嬉しくなっちゃった。この前まであんなにちっこくてすぐに転んで泣いちゃうくらいだったのに…なんだか感慨深いなぁ」

「いえそんな…えへへ…」


いやぁほんと…自分の事じゃないのになぜか嬉しいし、次はどんな成長を見せてくれるんだろうって楽しい気分になる。

…母も私にこんな感情を抱いてくれていたのだろうか?そうだといいな。


「あ…母か…そういえば」

「イルメア様?どうかなさいました?」


「うん…ちょっと待ってね」


服の中に手を突っ込んで…あったあった…。

私の背中の方に指を伸ばすと触れる硬いものがあるのでそれをペりぺりと一枚だけ剥がす。

そう、数少ない私の鱗です。

まぁ剥がれたらまた生えてくるし、数はあまり関係ないんだけどね。


「ほいネムちん、あーん」

「え?あ、あーん……うむんぅ!?」


口を開けたネムの口の中に鱗をぽいっと放り込んだ。

母が元気だったころ、私が戦いを挑んでいいところまで行くとこうやって母がご褒美と鱗をくれていたんだよね。

いい感じの歯ごたえがして美味しかったのと、食べると不思議と元気が出てきて疲れが抜けていたのを思い出したのでそれに倣ってネムに私のをあげてみた。


まぁ母のに比べると私の鱗なんて小さいもいいところなので噛む…というよりは飲むくらいしかできないかもだから味は分からないかもしれない。


「い、イルメア様!今のは一体…?」

「まぁまぁ気にしない気にしない」


「…スピがすっごく慌ててるんですけど…?」

「おお、本当だ。いやこれは踊りたい気分なんだよたぶん」


スピちゃんが手足をバタバタとさせながら暴れているけれど、そんな気分になるときもあるよね、うんうん。


「さて…じゃあとりあえずここまでね。私もそろそろ準備しないと~」

「あの…本当に行くんですか…?やっぱり危ないのでは…?」


「だいじょーぶだいじょーぶ。すこし遊びに行くだけだからー」


色々考えたけれど、私はやっぱり少し前から続いているボーっとしてしまう現象の理由を突き止めるための小旅行に行くことにした。

いつも絶対に同じ方向を見てボーっとしてしまうなんて、何かあるとしか思えないしね。

とりあえずそちらの方向にあると言う教会までは行ってみようと思っている。

母の予言にも出てくるしね教会。

あれはたしかお城の隣にある同じくらいの大きさの教会…だったけど、ただでさえふわふわだった母の言葉だし、確かめておいて損はないと思うのよ。


「でも…もしイルメア様に何かあったら…」

「大丈夫だって。十分注意はするし…なによりネムが私を殺そうとしてないからね」


「はい…?」


ネムはほぼほぼ母の言う「シュジンコウ」で確定だと私たちは思っている。

ネムを保護してからもくもたろうくんを中心にみんなが情報を集めたりしてくれたけど…ネムと同じくらいの年齢の黒髪の人間の子供なんて見つからなかったし、情報すらなかった。

唯一少しだけ引っかかった情報があったのだけど、それは「最近黒色領で一番幅を利かせていた家の当主が殺され、それを実行した少女が新たな当主となった」というものがあり、その少女とやらがネムと同年代っぽかったのだけど…その子はどうやら灰色の髪らしい。


灰色はシュジンコウの特徴からも除外されるし、うっすらと覚えているらしいネムの記憶にある「お姉ちゃん」も黒髪だったそうなので関係ないだろうという事になった。

なのでシュジンコウ条件に合うのは現状ネムしかおらず…そしてそのネムと私は仲良しの極みだ。

つまりは母の予言に出てくる私を殺す存在…というものの攻略はすでに済んでおり、私を脅かすものはよっぽどでないともうないはず…なのだ。


「でもだからこそ不安材料は取り除いておきたいんだよねぇ~」

「はぁ…?」


「ま、そんなわけで情報収集に出てくれてるくもたろうくんが帰って来次第、少し行ってくるよ~」

「あの!じゃあやっぱり私も一緒に!」


「だーめ。ネムはまだ弱いから不安だもの。もう少し強くなったら一緒に外に行こうね」


黒髪というのは外の世界では大変…それを身をもって知ったのでネムを外に連れていくのはかなり気が引ける。

母ほど…とは言わないけれど、せめて私と同じくらいは強くなってもらわないと黒髪のネムに限っては安心できない。

過保護と言われようとも譲れない一線ですよね。


「…無事に帰ってきてくださいね」

「うんうん。帰ってくるよ」


ぽんぽんと頭をなでると笑ってくれたのでよかったよかった。

そしてその二日後…くもたろうくんが戻ってきた。

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