第8話衝撃の事実を暴露してみる

「―――ま」


誰かに声をかけられた気がする。

さらには身体をやさしくゆさゆさと揺さぶられている感覚まである。

なるほど…私はどうやら眠っていたらしく、気のせいだと思いたいけれど、一度認識してしまったら最後…すやすやとしていた私の意識はだんだんとはっきりしてくるわけで…でもまだ眠い。

今日はなんとなく天気もいい気がするし、絶好のおやすみ日和だと思うんだよね。

というわけで私は何も気づかないふりをして睡眠を続行することを決めた。


「――さま。イル――ま」


ゆさゆさ、とんとん。

誰かは知らないけれど私を起こそうとしている不届き者は諦めるつもりはないらしく、ずっと声をかけてくる。

そう来るならば私も何が何でもまた眠って見せるという気になってしまう。

私にも意地というものがあるのだよ。


「イルメア様。ご飯ができましたよ」

「おはようございます」


意地なぞ、ご飯の前にはあまりにもちっぽけで無力なものだった。

ご飯こそが全てであり、心理なのだよ。


そんなわけでベッドから飛び起きてこの10年で随分と文化的なものが増えた森に置かれたテーブルまで一直線。

塗れた布で顔と手をふきつつ並べられていく料理を見守る。


私の目の前に置かれていくのは焼かれてたれのかけられたお肉に綺麗に切られて見栄え良く盛り付けられた野菜…そして彩り愉快なスープに焼かれた卵と随分とまぁ「料理」だ。

以前はあまり興味もなかったけれど、最近は料理も悪くないなって思うようになった。

味が複雑に絡み合って美味しいからね。

でもお肉をそのまま何もせず食べるのもさっぱりとしててそれはそれで美味しいのよ?つまりはご飯最高~ウェイウェイってわけさ。


「準備できましたよ。どうぞイルメア様」


そう言って私に微笑んだのはさらさらとした黒髪が綺麗なお姉さん。

まぁネムさんなんですけどね。

人間の成長は早いとは聞いていいたけれど、本当にすごくてたったの十年で私より背が高くなってしまったし、とても大人っぽくなってしまった。


もうあと五十年くらいはあのかわちぃ小さなネムさんと過ごしていたかったけれど、言っててもしょうがないし、ちゃんと育ってくれたのは素直にうれしいので良しとする。


「いつもありがとー。いただきまぁす」


料理を口に運ぶともうすっかりお口に馴染んだ味が広がって…全身が幸福に包まれる。

いつからかネムが料理をするようになって、最初は失敗続きだったけどいつの間にかこんなにおいしい料理を作れるようになっていたので感動どころの騒ぎではない。


ちなみにその失敗というのもお肉を黒焦げにしてしまったとか、お砂糖とお塩を間違えただとか、香辛料の分量を間違えて激辛になっただとか、その程度だったので問題なく美味しくいただけていたから気にならないかわいいものだったんだけどね。

うちの子はもしかしなくても天才なのかもしれない。


「今日も美味しいねぇ~ネムちょんの料理は」

「ありがとうございます。イルメア様」


「むぅ…」


一つ不満があるとすれば最近妙にネムさんが丁寧というか…小さき生き物だった時代の気安さがなくなってしまったというか…なぜか畏まっているのが微妙に気に入らない。


「前みたいにお姉ちゃんって呼んでもよいのよ?」

「い、いえ…その…」


なぜかもじもじするネムを不審に思っていると、どこからともなく現れたくもたろうくんがどかっとテーブルに備え付けられていた椅子に腰かけてきてやれやれと首を振った。


「お嬢様、あまり突っ込んでやらないほうがいいっす。ネムは絶賛「ちゅーにびょう」なんすよ。かっこつけたいお年頃なんす」

「ほー、そうなんだ。なら仕方がないかぁ~」


そう言えば私にもそんな時代があったなぁとしみじみ。

無駄に漆黒の炎を生み出せないかと研鑽してみたりとカッコよさを追求していた幼き日々がありましたよ、はい。

ならば私はあの時の母のようにネムを優しく見守ろうじゃないか。


「も、もう!そんなんじゃないって!やめてよくもたろうくん!」

「あっひゃっひゃっ!ムキになるところが肯定をしているも同然って気づくっす!」


いやぁこの二人も仲良くなったなぁ…くもたろうくんも最近は殺すとか言わないし、何もしない人が見ればこの二人こそ姉妹と思われそうなほどだ。

くもたろうくんは見た目が変わってないから、立場は逆転しているように見えるけどね。


「いや姉妹ではないか…くもたろうくん男だし」

「え”っ!?」

「なんすかお嬢様突然当り前の事言って。なにかあったんす?」


「あぁごめんごめん。二人を見てたら姉妹みたいだなって思って」

「えー?ネムとっすか?そんなのごめんっすよ~こんなでかい妹欲しくねぇっす」


「いやぁすでにネムぴょんのほうがお姉ちゃんに見えるよ~くもたろうくんもご飯食べて大きくならないと~」

「いやいや…これでも微妙に背伸びてるっすよ?まだまだウチの成長期は始まったばかりっす」


わっはっはとくもたろうくんと冗談を言い合って笑いあっているとネムがなぜか変な顔をして固まっていた。

急に石化攻撃でも受けたのだろうか。


「どうしたのんネム。石化したの?ニョロちゃん怒らせたりした?」

「い、いえ…あのイルメア様…今…くもたろうくんが男だって…」

「ん?何を驚いてるんすか今更」


うむ、なぜ今更そんなことに衝撃を受けているのだネムさんよ。

あれ…?もしかして皆を紹介した時に性別とかは言ってなかったんだっけ?


「まぁでもわかるじゃん。くもたろう「くん」って呼んでるし」

「でっすよね」

「いやいや!だって女の子の格好してるじゃないですか!え!?ほんとに男の人なの!?私を騙そうとしてるのではなく!?」


「そんなことネムちんにしてなんの意味があるのさ。でもそっかぁ最初に言ってなかったんだね~ごめんごめん。改めてこの子はくもたろうくん。男だよ」

「男っす。厳密に言うのならオスっすけど今は人化してるのでまぁ男っす。どっちでもいいっすけどね」


「ええー!?なんで女の子の格好してるの!?ぜんぜん気が付かなかったよ!かわいいし!」

「…そう言えばなんでだっけ?」


確か出会ってすぐのころはこんな感じではなかったはずだけど…なーんか理由があったよね。

私には関係のない事だったから微妙に覚えてない。

いや、思い出そうとすれば思い出せるけど、そこまでの労力を割くくらいなら本人に聞いたほうが速いですよね。


「いや…まぁ恥ずかしい話なんすけど両親のことでトラウマがありまして…」

「くもたろうくんのご両親…?」


「っす。ウチの種族ってその…メスがオスを食べちゃうことがありまっして…いや何もないときに突然食べたりはしないっすよ?ウチらはこれでも理性ある上級も上級の魔物っすからね。でもその…気分が上がっちゃうと理性より本能が勝ってしまう場面もあるらしく…以前父親がウチに話してくれたことがあって…「いやぁお前を母さんと作った時は腕二本と脇腹を母さんに食べられて大変だったよ~愛するのも俺たちは命懸けなのさっ!」って言ってて…それがほんと小さなころだったんでトラウマになり…なんとなく女の格好をするようになったんすよねぇ…」


なるほど。

たしかにそれは当事者からしたら怖いのかもしれない。


「そんなことが…」

「ま!今は別にそんなもんかって割り切れてまっすけどね!いまだにこんな格好をしてるのは、なんかこれがウチっぽいなって思うようになったのと楽しいからっす」

「ほぇ~」


本人が楽しいなら何も問題はないよね。

誰に迷惑をかけているわけでもあるまいし、自分が一番よ、うん。

それにしてもネムに言ってなかったかぁ…いろいろと気を回してたつもりだったけど、あまりに自然すぎて当たり前になってたことだから見逃しちゃってたよ。

あとで他に何かこんなことがないか調べておこうっと。


いやぁそれにしても…――


「そうだったんだね…でもすごいなぁくもたろうくん本当に女の子にしか見えないよ」

「でっしょ?ネムに褒められてもそんな嬉しくねぇっすけど、どんどん褒めるがいいっす。もちろんお嬢様も…あ、お嬢様!また!」


くもたろうくんの声が遠くに聞こえる。

いや…音に聞こえてないのかもしれない。

なんか…ボーっとしてる自分がいる。


「イルメア様!イルメア様ー!」

「お嬢様!」

「ぁえ…?」


二人に肩をゆさゆさと振り回されてハッとした。

ぼやけていた意識が突然覚醒させられたからかびっくりしてきょろきょろと周囲を意味もなく見渡してしまう。


「も、もしかしてまた…?」

「はいっす」

「最近多くないですか…?」


心配そうにしている二人の顔を見れなくてつい下を向く。

そう…理由がわからないのだけど最近私はふとした拍子にボーっとしてしまうことが異様に多くて…さっきみたいに誰かに無理やり起こしてもらえればすぐに戻ってこられるのだけど、以前気が付けば半日近く一人でボーっとしていた時もあって本当にみんなに心配をかけてしまっている。

そしてこの現象の奇妙なところがもう一つ…それが。


「またあっちの方を見てたっすよ」

「…やっぱり?」


ボーっとしているあいだ私はいつも同じ方角を見たまま固まっているらしい。

必ず同じ方向を見ているそうで…自覚がないだけに本当に不気味だ。

自覚はないけれど疲れてるのかなぁ?


「もしくはあっちに何かあるのか…」

「向こうは無色領しかないっすよ。一応はたしかそこそこの大きさの教会があったはずっすけど…お嬢様が気にするようなものは何もないはず?」


「でもなぁ…よし」


少し準備をしたら来週にでもそっちの方角に行ってみよう。

ずっとこんな状態が続くのも困るしね。

私はそう決めたのだった。

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