第7話人間ちゃんと生活をしてみる

 人間ちゃんを連れて帰ってからいろいろと大変だった。

連れてきた以上は面倒を見ないとだし、そもそもこの子を「シュジンコウ」だと考えて仲を深めると言う目的を達成せねばいけない…ということでひたすらに世話を焼いた。


世話を焼かれることに関しては右に出る者はいないと自負している私だけど、その経験を持ってしても人間の面倒を見ると言うのはとても大変だった。

まずは名前。

一応聞いてみたけれど、記憶喪失ということでやはり覚えていないらしく…悩みに悩んだ末に「ネム」という名前を私が付けた。


由来は私と出逢ってすぐに「眠った」からと…ノー「ネーム」ということでね。

ふふふ…我ながらよい名付け方だと思う。

くもたろうくんとニョロちゃんからは「安直なんだか捻ってるんだかよくわかんねぇっす」と微妙な反応をいただいたけれども。

ただ人間ちゃん…もといネムは喜んで受け入れてくれたので大丈夫でしょう、たぶん。


その次は食事。

なんといっても一番大切なのは何を置いたとしても食事だ。

全ての始まりは食事であり、この世で一番楽しい瞬間もまた食事であり、一番幸せな瞬間も食事である。

私に面倒をみられるという事はご飯を食べるという事であるからして、ネムはとにかく細かったし、栄養が不足しているようだったのでとにかくご飯を与えることにしたのだけど…。


「はいネムちゃん、あーん」

「あー」

「お嬢様ぁああああああ!!人間に生肉なんて与えたらだめっす!死ぬっすよ!?」


絶叫しながらくもたろうくんに肉を奪われ、瞬く間に火を通されてしまった。

焼いたのも美味しいけど生は生で美味しいのに。

しかし母の知識を覗いてみたところ人間は内臓もそれほど強くないので生食は衛生管理?とやらがしっかりとしていなければダメらしい。


「なるほど、火を通せばいいのね。ならこっち…はいネムさん、あーん」

「あー」

「お嬢様ぁあああああああああ!!!それそこらへんに生えてた変なキノコでしょう!?そんなもん食べさせたら死ぬっすよ!!!」


火を通してもキノコはダメらしい。


「なんでさ。キノコは人間も食べるって調べはついてるんだぞん」

「いや食べられないものと食べられるものがあるんでっす!そう言うの全部無視できるのなんてお嬢様くらいしかいないっすよ!」


そんな人を異常な物みたいに言わなくたっていいじゃんね?でもよくよく調べてみると確かにキノコは食べられないもののほうが多いらしい…初めて知ったわそんなの。

おいしいのに。

というかあれもダメこれもダメって…何を食べさせればいいんだ。

難しすぎるだろ人間…どんだけ脆いのさ。


「ああもう!お嬢様は自分のご飯を食べて大人しくしてるっす!ウチがやるっすから」


そうやってくもたろうくんは鮮やかな手捌きで料理を始めた。

お肉と野菜を切り、なんか粉みたいなのをパラパラと散らしながら着火…なんかしゃっしゃっとしながら炒めていき、なにやらドロッとした液体をかけながらさらにしゃっしゃっと…そうやって出来上がった料理とやらはとても食欲を誘う香りをしていた。


「ほら、さっさと…でも感謝を込めて食うっす人間」

「わー…いただきまぁす」

「ちょい待ち」


くもたろうくんがネムに匙を渡そうとしたのを横から奪い取る。

ネムは片腕が折れてるからまだ一人では食べ辛いだろうから私が食べさせてあげたほうがいいだろうからね。


「ほいネムたん、あーん」

「あー」


大口を開けたネムの口にくもたろうくん作のおいしそうな料理を掬った匙を運んで…運んで…。


「…」

「あー…?」

「お嬢様。自分の口に運んで行ってますけど、食べたらさすがに引くっすよ」


「…はっ!?」


気が付かないうちに料理の乗った匙は私の口元まで来ていた。

全く意識していなかったのに…これはまさか何者からかの干渉を受けて…!?


「いいから早く食べさせてやるっす。ネムの腹がずっとなってるすよ」

「う~…」

「ごめんなさい」


歯を食いしばって食欲をなんとか抑え込み、ネムにご飯を食べさせた。

食事が終われば眠くなってしまったらしく、ネムがウトウトとしだしたので適当なところでお眠りと伝えたらまたくもたろうくんに怒られた。


「ちゃんとベッドまで連れていくっす!ウチがお嬢様用に買ってきてたやつあるでしょ!」

「えぇ~でもお昼寝くらいどこでやっても同じじゃん」


「同じじゃないっす!ちっちゃい子が硬いところで寝ると変な癖がついて大変っす!それにあったかくして寝ないと体温が下がって風邪をひいてさらに大変なことになるっす!体が弱ってる状態ではなおさら危険性があがりまっすし、ただの風邪から取り返しのつかない病気まで発展することもあるんですから気を付けないとだめっす!」

「ごめんなさい…」


がっつりと怒られてしまったのですでに半分寝ているネムを抱えて私の寝床にあるけれど、ほぼ使ってないベッドまで連れて行ってそこで寝かせた。

そしてすやすやと眠りについたのを確認して…くもたろうくんに正座をさせられた。


「さっきから全然ダメじゃないっすか!面倒を見るって決めたのなら適当にやっちゃだめっす!そもそもお嬢様はいろいろと規格外だから意識が向かないのは分かるっすけど人間の子供なんて脆いの極みなんでっすからもっとまじめに考えるっす!誰もが自分と同じだって考えてはいけないっす!」

「はい…」


うん、これはなんの反論の余地もなく私が悪いので素直に反省。

ひとしきりくもたろうくんの説教を聞きながら、頭の中の母の知識を探って人間に対しての情報を更新していく。

なんというか…ここまでの経験と、この情報を踏まえるに人間というのはどうやって生きているのか不思議に思うほどに脆いようで…ちょっと気を引き締めねばならないと思いを新たにする。


「それはともかく…くもたろうくん意外と面倒見がいいね?」


ちょっと前は殺すとかなんとか言ってたのに、ふたを開けてみれば意外と…というか私のポンコツ具合を完全にフォローする勢いでネムの世話を焼いてくれている。


「いや…殺したほうがいいって言うのは変わんないっすけど、殺さないんでしょ?なら生かさないとまずいじゃないっすか。お嬢様に任せてたらネムすぐ死にそうですし…」

「そっかぁ…ありがとうねくもたろうくん」


「っす」


そんなこんなで数週間。

ネムもだいぶ元気なり、森の生活にも馴染みだし…私も何とか一人でネムの面倒を見れるようになってきた。

今日も今日とてネムの体力づくりのためのお散歩中だ。


「お姉ちゃん」

「んー?」


「あそこの木になってる果物は食べられるのー?」

「私は食べられるけどネムはたぶんダメだねー。毒があるからお腹が痛くなる奴だねーたぶん」


こんな感じでネムが食べられるものとダメなものを判断できるようにもなってきた。

勉強の成果が出てるぜー。ふっふー。


「どくー?」

「そう、毒。この辺りの木はねニョロちゃんが住んでるところに生えてあるからさ~何でもかんでも毒になっちゃんだねー」


「そうなんだ~。ニョロちゃん凄いね」

「そーそー。見た目は小さいけどニョロちゃんはすごいんだよー。ちょーっとニョロちゃんが気合入れて毒を吐き出せば人里の一つくらい数秒で壊滅するんだからね~」


「わ~すごい~」


こんな微笑ましい会話までこなせている事実に自分の成長を感じてならない。

私だってやればできるのですよ。


「いやどや顔してるところ悪いっすけど、かなり教育としてはどうかと思う会話をしてまっすからね」


隣にいるくもたろうくんは相変わらず厳しいのでなかなか合格点をくれないところが目下の悩みどころだ。

あぁそれともう一つ、変化があったんだ。

私の視界の端を手のひらサイズの小さな何かがふわふわと飛んで…ネムの頭の上に乗った。


「あ、スピちゃんだ。おはよー」


ネムが頭の上の何かに向かってにっこりと笑いながら声をかけた。

それは小さな人型の魔物だった。

背中の四枚羽が目を引くのと身体が半透明だけど、それ以外は人間の女の子にしか見えない彼女こそ私のお友達の一人、「ダークスピリット」のスピちゃんだ。

なんでかわからないけれど、気が付けばネムとスピちゃんは仲良くなっていて、私といないときは二人で遊んでいるらしい。


「いやぁでも…まさかスピと仲良くなるとは思わんかったすね」

「なんで?むしろスピちゃんなんて見た目が一番人間に近いし、妥当じゃないかな?」


「いやだってダークスピリットすよ?ゴッリゴリの悪霊っすよスピは」

「えぇー?そんな種族に対する偏見は良くないよ。スピちゃんが悪いことするの見たことないし」


ここまで常識人派閥だったくもたろうくんにしては痛恨のミスだ。

せっかくポイントを稼いでいたのに、ここにきて種族差別だなんて、大きくポイントを下げたわねくもたろう!


「いや…そんなのお嬢様に通用しなかっただけなのと、それで精神が折れて大人しくしてるだけでたまに人里に下りては人間を呪い殺したりしてたっすよ…身体をねじ切ったり、内臓を引っ張り出したり…血を全部抜いてみたり…」

「ゴリゴリの悪霊じゃないか」


「ゴリゴリの悪霊っすよ…」


まさかスピちゃんにそんなヤバい一面があるだなんて夢にも思ってなかったよ。

可愛い外見に完全に騙されていた。

あんな絵本に出てくる妖精さんですよ?みたいな見た目してまさかそんなレベルの悪霊だったとは。


「…ネムは大丈夫かな」

「まぁお嬢様の言伝に逆らって…なんてことはないと思うっすけど…」


心配する私たちをよそにネムとスピちゃんはキャッキャッと遊んでいる。

その光景はどう見ても妖精と遊ぶ純粋な女の子という物語に語られそうな一光景だ。


「とりあえずは大丈夫なのかな…?」

「たぶん…いちおうスピにはウチとニョロがよく言い聞かせておくっす」


「よろしく。もしやんちゃしちゃったら私がブちぎれるからね?とも言っておいて」

「はいっす」


そんなヒヤッとすることも時折ありつつ…なんやかんやであっという間に10年が経った。


─────────────


無色領――そう呼ばれるその地はおおよそ活気にあふれているとは言い難い場所だった。

髪に黒が混じっている…黒に近い理由をしているという理由で他の領地を半ば追い出される形で後にし、それでも自分たちは「黒」じゃないというわずかな希望やプライドから黒神領にはいかなかった者たちの住む場所故に、全体的に暗く陰鬱な雰囲気のある場所だからだ。


しかしそんな領地がその日はやけに騒がしかった。

無色領に存在する唯一の教会…そこに煌びやかな装飾の施された馬車が教会の周囲を埋め尽くすほどの数をもって立ち寄ったのだ。


その中の一際豪華な見た目の馬車から一人の老人が数人の助けを借りながら降りて、無色領の地を踏む。

それとほぼ同時に薄汚れたローブに身を包んだ男が息を切らせながら現れ、老人に向かってローブが汚れることもいとわず膝をつく。


「これは大司教様!このような寂れた地によくぞお越しくださいました!十分な歓迎も行えず恐縮ですが出来る限りの宴を…」


男の言葉を大司教と呼ばれた老人は手をあげて制止し、ゴホンと一度だけ咳をして口を開く。

老人たちの正体は赤神領の教会関係者たち…無色領所属の男では本来会話をすることすらできないほどの高貴な身分の者たちだった。


「気遣いは結構。それよりも儂と数名の部下が一晩だけ止まれる場所を用意してもらいたい。その他の護衛の分は不要だ」

「ははっ!すぐにご用意させていただきます!」


「結構。あぁそれと…あれを置ける場所がどこかにないだろうか。なるべく広い場所がよいのだが」

「あれと申しますと…」


大司教が目を向けた場所に男が顔を向ける。

そこには馬車の荷台部分を丸々占領している赤黒く大きな箱のようなものが鎮座していた。

精巧かつ、豪華な周囲の馬車の中で、異様なほど簡素で無機質さが際立っているからか男に目にその箱は不気味なものに映った。


「返答は?」

「あっ!?も、申し訳ありません!それもすぐにご用意させていただきます!」


「あぁ丁寧な扱いを頼むぞ…何もしなくていいが、くれぐれも不用意に近づいたりはせぬよう…あれは「赤」の加護を受けし我らの大切な宝故に」

「ははぁー!」


なぜ世界で最も地位の高い「赤」所属の教会…その大司教ともあろう人物がわざわざ忌諱されることの多い無色領までやってきたのか。

なぜ宝だと言うそれを持ち歩いているのか…そしてそれをなぜ手間をかけてわざわざ馬車から降ろしてこの地に置くのか…男の疑問は尽きなかったがそれを大司教に問うことは立場が許さなかった。


そしてその夜。

広く開けてい入るが、人気も人通りもないその場所に置かれた箱に数人の男たちが息をひそめて近づいていた。

顔を布で覆い、もし誰かに見つかったとしても正体が割れないように徹底している彼らの目的はただ一つ…赤の領の宝と呼ばれるそれを盗む事だ。


「へへっ…馬鹿な連中だぜ。わざわざこんな絶好の場所に大事そうなもんを置いていくなんてなぁ」

「ひひっ…「赤」所属ってだけでさんざん俺らみたいなやつを馬鹿にして排斥してきたんだ…これくらいのしっぺ返しは覚悟してもらわないとですからねぇ」

「ぐひひっ…こんだけのでかい箱、俺たちが拝借する分くらいはあるでしょうしね…それにしてもほんとでかいですねこの箱…」


男たちが箱に触れる。

ひんやりとした無機質な冷たい感覚が手のひらから伝わり、夜の風も相まって男たちの身体をぶるっと震えさせる。


「…あ、あんまり長居はできねぇ。さっさと中身を少し頂いてずらかろうぜ」

「そうしよう」


宝が納められている箱である以上、どこかに物を入れるための口があるはずだと、夜の闇の中で男たちは手探りで箱の周りを探っていく。


「ん…なにか聞こえる…?」


男の一人がなんとなく箱に耳を近づけると「チャリ…」と硬いものが揺れる音が聞こえた…気がした。

今のは一体…と音の正体を探ろうとしたところで別の男が声をあげてそれを制止した。


「おい!見つけたぞ!ここだ!」

「馬鹿!でかい声を出すな!…だがでかした!」


男の一人が見つけた箱の入り口に全員が集まる。

その部分は確かに扉のようになっており、そこから箱の中に入れそうだった。


「…しかし見つけたのはいいですけどどうやって開けます?」

「そりゃあお前…壊すしかねぇだろ」

「え…それはさすがにまずいんじゃ…バレないように少しだけ拝借って目的だったのにそれじゃあ確実にバレますよ…」

「え、待てよおい…まさか誰も箱を開ける方法を考えないままここに来たんか…?」


男たちの間にしばしの沈黙が流れ、やがてリーダー格の男がキレたように声をあげた。


「だぁあああああ!めんどくせぇ!こんな飾り気のない箱、全員で力ぁこめれば開くだろうが!気合見せろてめぇら!」

「「「う、うっす!!!」」」


男たちはいっせいに扉に手をかけると一気に力を込めた。


「あ、あれ…?」


しかし次の瞬間、男たちは全員呆気にとられるととなった。

なんと扉は施錠されておらず、決して軽くはないが全員で渾身の力を籠めるまでもなく開いていく。


「鍵がかかってない…?そんなことがあるんですかね…?」

「ど、どうせうっかりかけ損ねたんだろ…遠目で見た時あのお偉いさんはジジイだったからな…そ、そんなことよりさっさと中身を拝借してずらかるぞ!」


リーダーに促され扉から巨大な箱の中に男たちは入っていく。

その場所は…ただただ冷たかった。

夜風による寒さとも違う…冷たい壁に囲まれた…閉じられた世界。


「ちっ…暗くてなんも見えねぇ…おい!明かりをつけろ!外はバレるかもしれなかったが、中に入っちまえばもう関係ねぇだろ!」

「へ、へい!」


男の一人が小型のランプに明りを灯し、周囲を照らす。

そして…男たちは見てしまった。

その箱の中にあったものを。


「え…な、なんだよこれ…なんでこんなもんが…」

「ひ、ひぃ!?なんだこれ!なんだこれぇ!宝なんてどこにもないじゃんか!まさか…こんな「もの」が宝だって言うのかよ!?」

「う…うおぇ…」


それを見た男たちが各々の反応を見せながら取り乱していく。

そして先ほど箱の外からの音を聞いた男が、自分の聞いた音の正体に気がついた。

箱の中…天井からつるされた鎖。

それが揺れてチャリ…チャリ…と音をたてていたのだ。

その鎖を揺らしていたものこそが…。


「ひぃいいいいいいい!!!」


男の一人が箱の中に耐え切れず、悲鳴をあげながら逃げ出した。

他の者たちもそれに釣られ自分が先とばかりに仲間を押しのけながら箱の外から逃げ出していく。

だが次の瞬間、先頭を走っていた男が不自然に倒れ、後ろに続いていた男たちはそれに躓き転んでしまった。


「お、おい!何をやって…」

「あぎゃぁああああああああああああああああああぁァアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


倒れた男の口からこの世の物とは思えない絶叫が上がった。

一人の人間がここまで大きな声をあげることができるのかと思うほどの大きい絶叫だ。

聞いているだけで鼓膜が破れそうになるうえに、ここまでの大声を出されてしまえば自分たちが盗みに入ったことがバレてしまう。

他の男たちはわけもわからないまま、喉が裂けて血を吐いてなお、絶叫し続ける男を抑え込もうとして…なぜ男が絶叫しているのかを理解した。


「「「あぎゃぁああああああああああああああああああぁァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」」」


その場の全員が悲鳴を上げた。

それはなぜか…そうすることしかできないからだ。

リーダー格の男が叫びながら全身を掻き毟る。

痛いのだ。

全身どこもかしこも痛くてたまらない。

そして痒くてたまらない。

皮膚を全て重度の感染症に侵されているかのように。

全身を刃物でめった刺しにされているかのように。

全身を巨大な鈍器ですりつぶされているかのように。

首を吊り下げられた縄で絞められているかのように。

内臓が一つ一つ握りつぶされていくかのように。

同時に病に侵されて腐り落ちていくように。


ありとあらゆる「死」の苦痛が一度に襲い掛かり、どうすればいいのかわからず男たちは喉が裂けるのも構わず悲鳴を上げるのだ。

やがて男たちの全身がどす黒く染まり…絶叫が収まると同時に糸が切れたかのようにその命を手放した。


無惨で異様で不気味な死体たち…それらに夜の闇の中から一人の老人と、数人の鎧に身を包んだ者たちが近づいていく。


「…愚かなことだ。分をわきまえて大人しくしておけば無駄な苦しみを味合わずに済むものを」


死体を見下ろしながら老人…大司教が吐き捨てるように言った。


「大司教様…処理は「いつも通り」でよろしいでしょうか」

「うむ…任せる。確実に処理するように」


鎧の男が一礼するのを素通りし、大司教が扉の開いた箱に近づいて…一瞬だけ中を覗いた。


「…」


そこにあるものに何も異常がないことを確認し…大司教は扉に手をかけて箱を閉じていく。

ギィィィィィイと錆び付いた扉がやや耳障りな音をたてて閉まっていく。

だからだろうか…大司教はその音に別の何かが混ざっていたことに気が付くことができなかった。


「…み、つ、け、た…」


ガタンと扉は閉じられ…箱の中は再び閉じた冷たい世界へと戻ったのだった。

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