第6話女の子を拾ってみる

――前回までのあらすじ。

私がお姉ちゃん。

以上。


「お嬢様~「それ」ウチが持ちますよ~」


くもたろうくんが私の背中を指さしながらそんなことを言う。

それとは尋ねるまでもなく私の背中ですやすやと眠っている人間ちゃんの事だろう。

私のことをお姉ちゃんと呼んだ人間ちゃん…その後よくよく話を聞いてみると、なんとこの人間ちゃん…記憶喪失のようなのだ。


気が付いたらボロボロの状態であの辺りにいて…さ迷っていたところをなぜか突然私が消し飛ばした人間たちに追われていたそうだ。

そこに私が現れたと。


そしてそして、どうして私がお姉ちゃんなのかというと、ぼんやりとした記憶の中で「お姉ちゃん」と一緒にいたことだけをなんとなく覚えているそうだ。

そしてその姉も黒髪らしく、助けてくれた私に姉の姿を見たと。


人間ちゃんの身体を調べてみると全身を強く打ち付けた跡があったし、頭にも確かに傷ができていた。

左腕に至っては折れてたし、外的なダメージによる記憶喪失の可能性は十分にあったからとりあえず信用してみた。


「ただお嬢様…これって…」

「うーん…結構ダメな奴だよねぇ…」


この人間ちゃんが記憶喪失という事はこれ以上の話を聞くことができないし…さらにはもう一人、この子より少なくとも年上であることは確定している黒髪がいるということでして…そちらがシュジンコウかもしれないけどどこにいるかわからない。


「詰んでない?私死んだ?」

「いや…諦めないでくださいっすよ~…この子が探している子って可能性もありますって!」


可能性もあると言うかもはやその可能性に賭けるしかないと思うのよね。

やはり母からの手がかりがあまりにも少なすぎる。


「この子を保護してさ、んでもってこの子のお姉ちゃんを探しつつやっていくってのが一番なのかなぁ」

「っすねぇ~…なんかうまい事この人間の記憶が戻れば姉の居場所もわかるかもしれませんし」


「うんうん。じゃあそれでいこうか」

「はいっす。なるべく早く記憶が戻るといいっすね~…そうすればサクッと殺せますし」


「え…殺すの?」


突然血の気を見せてきたくもたろうくんに驚いた。

殺そうなんて微塵も考えてなかったよ私は。


「だってそっちのほうが確実じゃないっすか?将来お嬢様を殺すかもしれないんでっすよ?ウチじゃなくてもみんな殺そうって言うと思いますけど…魔物ならともかく人間ですし」

「そう言われればそうなのかなぁ…」


私の最大の目標はとにかく生きること。

そのための障害となりそうなものはすべて排除するのが確実…考えなくてもそうなるよねぇ。

ただ――


「お姉ちゃん?」

「んー…」


姉と呼ばれるたびに胸の奥がざわざわとする。

なんか…そう呼ばれることが妙にしっくりとくると言いますか…何だろうこの気持ち。

ほんとうに私は「お姉ちゃん」なのではないかと思ってしまうほど響く何かがある。


「でも私に妹なんていないしなぁ…」


卵から這い出てから今までの私の龍生に記憶の欠落なんてない。

今だって初めてみた外の世界…いや、大きな母の姿を思い出せる。


「くもたろうくん、一応聞いてみるけど私に妹なんていなかったよね~?」

「えぇ?多分いないと思いますけど」


「なんでたぶんなのさ」

「だってウチがお嬢様と出逢ったのって200年と…少しくらい前っすよ?それより前のことは断言できないっす。でも黒龍様からもそんな話聞いたことないですし、いないんじゃないっすか?」


それもそうかと思ってあらためて生まれてからくもたろうくんと知り合いになるまでの記憶を細かく探ってみたけれどやっぱり忘れてることなんてないし、妹もいない。

ならこの感覚は何なんだろう…?


「お姉ちゃん…」

「私はキミのお姉ちゃんじゃないのよー。なっしんぐとぅーおねーちゃーん」


「え…」


みるみる目に涙がたまっていく人間ちゃんを慌てて宥めつつ、抱きかかえる。

うーん…やっぱりなんでかわからないけれど、この子は守ってあげないといけないって思っちゃうと言うか…殺すのはちょっと嫌だなって思った。

さっき何人かの人間を殺しちゃった私が言うのもあれかもしれないけどね。

思ってしまったものは仕方がない。


「ま!この子を殺すのは無しで!山に連れて帰るけどくもたろうくんも皆にそう伝えておいて~」

「えぇ!?なんでっすか!」


「なんででも~。それに母もシュジンコウを見つけたら殺せじゃなくて、仲を深めろって言ってたしさ。やっぱり殺すのはなしだよ~。それとも死んじゃったからって母の言葉を無視する~?」

「え!?いや、その!黒龍様の言葉に逆らうのはさすがに!すでに1ミスしてるのでこれ以上はなんか精神的に辛いっす!」


「なに1ミスって」

「気にしないで欲しいっす!」


そんなこんなで私はいつの間にか寝てしまった人間ちゃんをおんぶして山に連れて帰っている途中なのでしたとさ。



「いいよ私がおんぶしてるから。私がくもたろうくんに荷物持ちさせるの嫌いだって知ってるでしょ~」

「いやでもそれじゃあウチの存在意義が!」


「荷物持ちが存在意義なの…?とにかくダメ~。くもたろうくん私よりだいぶちっこいからそういう事させるとなんか嫌な気持ちになるの~」

「ひぃ~…このミニマムボディが憎いっす…」


「あ、じゃあさくもたろうくんさ擬態を解いて私たちを乗せて連れて帰ってよ。私が全力で走ったほうが早いけど、この子を抱えてだと怖いし…人間て思ったより脆かったからこの子なんて特に細くて小さくて負荷が心配だけど、くもたろうくんならもう少し早いでしょ?」

「そうそう!そういうのっす!お嬢様!よーし!今回いいところなしだったのでウチ頑張るっす!擬態解除!」


冷静に考えるとくもたろうくんにさらに重い荷物を持たせる形になっていると思わなくはないけれど、気づかぬふりを敢行した。

そして次の瞬間くもたろうくんのかわいらしい姿が糸になってほどけていき…中から黒くて大きな蜘蛛の魔物が現れた。

どういう原理かは知らないけれど、あの人間体の中に収納されていたにしてはあり得ないくらいの大きさ…ざっと三倍くらいはあるのでたぶん中に入っているというわけではないのだろう。

久々に見たけれど、こっちの姿はかわいらしい擬態とは違ってかっこいい。


「さぁお嬢様!乗るっす!」

「あいあい~お邪魔しマウス」


くもたろうくんの身体をよじ登り、胴体の上に座って人間ちゃんを身体の前に抱えなおす。

振り下ろされないようにしっかりとホールドして…準備完了。


「おっけーだよくもたろうくん」

「じゃあ行くっすよー!」


なぜかテンションの高いくもたろうくんの八本の脚が別々に稼働しながら進んでいく。

そしてくもたろうくんはほぼ垂直の崖をその脚を使ってすいすいと昇ることができるし、道が途切れていても糸を吐き出して渡ることができるので山までの道をかなりショートカットできるのだ。

だから女の子を庇いながら私が歩くよりも、くもたろうくんのほうが速いということなのだ。


そんなくもたろうくんの頑張りもあって半日ほどで山まで到着し、母のいなくなったその場所に新たに人間の子供が加わる新生活が始まったのです。

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