第4話人間と戦ってみる
「ここからじゃ何を話してるのかよく聞こえないなぁ」
木の上で男たちと子供の様子を伺っているけれど、あまり聞きなれない単語が出てくるのと、怒鳴り声なので普通に聞き取りにくいため何の話をしているのかわからない。
わかるのは男たちが子供に向かって恫喝をしているという事…そして男たちが怒鳴るたびに子供はビクッと震えて涙を流しているという事だけだ。
さて…実は私がくもたろうくんの制止を振り切ってわざわざここまでやってきたのには理由がある。
いくつかあるのだけど…その最たるものは――
「とうっ!」
木の上から飛び上がり、颯爽と男たちと子供間に降り立つ。
子供を背に、男たちを正面にした形だ。
「黒髪…」
「馬鹿な…黒神領が近いとはいえこんな悍ましい化け物が…」
「なんと…」
私が姿を見せたとたん、周囲の空気がガラッと変わるのが分かった。
うむ…もう疑うべくもない。
どうやら本当に黒髪というのは人間からしたら受け入れがたいらしい。
ならば私がこのまま人里に下りても…くもたろうくんが言っていた通り、酷い目にあって最悪殺されてしまうのがオチだろう。
そこで私が確かめたかったのは…そう、私と人間、戦ってみたらどっちが強いのかという事だ。
世の中なんて弱肉強食…もし私が人間より弱いと言うのならば、大人しく引き下がって山に帰ろう。
母との約束はまた別の手段を探すことにする。
でももし私が…人間よりも強いのなら、髪の色がどうこうでグダグダ言われるいわれはない。
「というわけで戦いましょう人間たちよ。偉大なる母より受け継ぎし黒龍の力…受けてみるがいい!」
決まった…これはかっこいい。
自分のあまりのカッコよさにほれぼれしていると正面にいる男の一人が怒鳴り声をあげてきた。
「何者だと聞いているのだ!そのような黒髪…普通の人間ではあるまい!」
えぇ…?何者かなんて聞かれてた…?自分のカッコよさに気を取られて聞き逃していたかもしれない。
ただ名前を名乗るのは…なんとなく嫌だ。
知らない人に名前を知られるのは怖いもんね。
それにほら…いまから喧嘩を売る相手だし…そもそも子供を襲っている相手なんかに名前を名乗って正々堂々と!なんて話もないだろうし…。
というわけで。
「お前らに名乗る名前などない」
…図らずとも妙にかっこつけた感じになってしまって少し恥ずかしいかもしれない。
でも平常心。
戦いは常に冷静に…熱くなった方が負けるのだと母も言っていた。
「…どうしますか司祭様」
「身元不明の黒髪…それもおそらく成人…厄介な案件ではありますが選択すべき対処もわかりやすいでしょう。目的はあくまでも後ろの娘の確保です」
「はっ!」
私をそっちのけでなにやら話していた人間たちだったけど無事にまとまったのか私に向かって手に持った武器を突きつけてきた。
これは戦う意志ありって事でいいんだよね?
ふふふ…いやぁわたくし実はワクワクしておりますよ。
今思えば仕方のない事だったんだけど、母が疲れるからいやだってここ60年くらい戦ってくれなかったからずっと物足りなかったんだよね。
たま~に、にょろちゃんやくもたろうくんが遊んでくれてたことはあるけれど、やっぱり母を相手にしているときのような高揚感はなかった。
人間さんたちはどれくらい強いのか…楽しみで仕方がないですよ。
「あ、あの…」
「うん?」
ワクワクしていると後ろからちっちゃい鳥が鳴いたかのような声が聞こえてきたので振り返ってみる。
そして思い出したのだけど…そういえば人間の子供を庇ってたんだった。
いや?忘れてはないですよ?ただ意識の外にいただけと言いますか…。
ま、まぁ…一応安心させておこう…邪魔されても困るしね。
「大丈夫だからじっとしててね」
「…」
この子、私のことを見てはいるんだけど、なんかぼーっとして話を聞いているのかわからない。
念のためもう一度だけ言っておこう。
「じっとしててね?」
「は、はい…」
返事をしてくれたので大丈夫でしょう。
さて…これで遠慮なく戦うことが…。
「敵に背を向けるとは愚か者め!」
私が正面に向き直ったのとほぼ同時くらいで男の一人が私に向かって手に持っていた武器を振るっていて…。
「あ、あぶない…!!」
と女の子が叫んだけども…おっそい!!
いや「あぶない!」が遅いのではなくて、この男の槍を振っているスピードがあまりにも遅すぎる。
遅すぎてどうすればいいのかわからないほどだ。
…はっ!?そういえば以前母から聞いたことがある…人間が使う「けんぽー」という戦い方の中にあえてゆったりとした動きをすることで相手を惑わせつつ、それでいて鋭い一撃を放つものがあると。
これがそれか!?お、恐ろしい…確かにこれは戦いにくい…!!
やばいぞ人間…これは手加減はしていられないかもしれない。
とりあえず振り下ろされる槍をどうにかせねば。
というかその使い方であっているの?その武器…?まぁいいや。
私の数多に存在するドラゴンパワーの一端をお見せしよう。
どれがいいかなぁ?あまり強すぎる奴は良くないよね?力が未知数の相手には自分の手の内をなるべく明かしてはならない…これも母の教えの一つだ。
「ドラゴンオーラ」
「なっ…!」
男が降り降ろした槍は私には当たらず、明後日の方向の地面を少しだけ抉った。
もちろん相手側が攻撃をわざと外してくれたわけではなく、私が反らしたのだ。
…とかっこよく言ってみたけれど、この程度は割とみんなできる。
空気中には魔素と呼ばれる普段は知覚も当然できない小さな変な粒みたいなものが漂っている。
この粒は存在こそしているけれど、特に何もすることはなく、何の意味も影響もないのだけれどある条件を満たすことで活性化する。
その条件とは生物の体内に宿る魔力と呼ばれる力の流れに触れること。
そうすることで魔力と結びついた魔素が反応し、様々な現象を起こす。
例えば何もない場所から突然火が出るとかね。これは正確には何もない場所から…ではなく、魔力と結びついた魔素が発火して火を出したから突然現れた風に見えると言うやつで、外に放出する魔力に「指向性」を加えることで火を出す以外にもいろいろなことができる。
これを「魔法」と呼ぶ…らしい。
今使ったドラゴンオーラ(私命名)はその前段階ともいえる技で大量の魔力をとりあえず外に放出して魔素に流れを作り、攻撃を反らした…ただそれだけのことだ。
魔力を外に放出させることができるのなら誰でもできる簡単な技ともいえない代物なわけですよ、はい。
「いったいなにが起こって…?」
妙に人間さんが驚いている感じなのが気になるけど…恐ろしいスロー戦法を使ってくる相手だ。
これも私を惑わせるために演技の可能性が高い。
だから次の技でさらに様子を見る!
「ドラゴンネイル」
これは私がよく使っている牽制技で、爪から魔力を放出しながら空を引掻くことで現象化した魔素を斬撃として飛ばす…そんな単純故に使いやすく消費も少ない便利さの塊のようなものなのだけど、母の鱗一枚すら削れない技なので威力はかなり弱い。
「うぇ…?」
思わず声が出た。
様子見で放ったはずのドラゴンネイルを受けた人間さんが三枚おろしになって地面に転がってしまったのだ。
死んだ…?うそだよね?え…?
いやでもこんな状態で生きているなんてさすがにないよね…?そんな気味の悪い生き物いくら何でもいないもんね…?え…?
「えっと…あの、これって――」
「うわぁああああああああああああああ!!!」
死んでいるのか確認をしようとしたら残っていた人間さんたちが耳の奥に響くようなうるさすぎる鳴き声をあげた。
これはまさか…雄叫び!?なるほど…ここからが本気というわけですか。
いいだろう!こい!
そんな私の闘志が伝わったのか人間さんが一人、手に持った剣を振り回しながら向かってきた。
これも遅い…どう対処すればいいのかわからなくなる遅さだ。
そしてあまりにも隙だらけだ。もし母を相手にこんなことをすれば百回は殺されるだろう。
「…えっと」
まさかとは思うけどこれは私を油断させるための作戦とかではなく…本当に弱いってことはないよね?ないんだよね?
…危険かもしれないけど実験をしてみよう。
そもそもが私と人間の実力を計りたいってのが発端なわけだしね。
多少の怪我には目をつぶろうではないですか…というわけでスローで襲い来る人間さんに放つはただのビンタ!
さ、さすがにこれは様子を見すぎたか…?しかしもはや止まることはできない。
頼む強くあってくれ人間よー!
「ぎゃぷ――」
ビンタがさく裂したその瞬間、そんな妙ちくりんな音を口から出して男の首が胴体から外れて飛んでいき…崖にぶつかって柔らかい果実のようにべちゃっと潰れた。
頭を失った胴体はそのことに気が付いていないのか勢いそのままに剣を振り下ろしてきて…消し忘れていたドラゴンオーラにそっと逸らされて身体ごと私をすり抜けるように倒れた。
「ひっ…!」
背後から小さな悲鳴みたいな声が聞こえたけれど、私はそれどころじゃない。
「あぇぇ…」
こいつら…めちゃくちゃ弱いじゃん!!!
なぁにが特殊な戦い方だよ!ちくしょう!真面目に悩んじゃったじゃん!ふざけるなぁああああ!!
「は、はずかちすぎる…」
あまりの恥ずかしさに両手で顔を覆うと言うベタな仕草をしてしまうくらいに私は動揺している。
どうしたらいいのかこの気持ち。
「ば、ばかな…」
「ひ、ひぃぃいいいいいい!!」
「名の知れた「執行官」が二人も…あんな一瞬で…」
人間たちが何か言っているけど恥ずかしさに捕らわれているので言葉としてではなく、雑音としか認識できない。
はやく立ち直らないといけないのは分かっているのだけど、ここまで恥ずかしい思いをしたのは200年くらい前にニョロちゃんを呼ぼうとして「母~」と呼び掛けてしまった時以来だ。
「とんでもない辱めを受けた…どうしてくれようか…」
悶々としていると鎧を着た男たちの後ろに立っているだけだったローブを着た人が前に出てきて睨みつけてきた。
薄紅色の髪の人間…くもたろうくんの説明通りならそこそこ偉い人…になるのかな?赤髪って崇められるくらい凄いんだよね?私が人間たちの住処で受けた仕打ちとは正反対だ。
「ね、ねぇ人間さんたち…このあたりでやめにしない?今なら見逃してあげるって言うか…お互いなかったことにしないって言うか…」
「貴様やはり普通ではないな?そのようなあまりにも悍ましい容姿をしているのだ化け物というほかないのだろう…神の裁きが必要だ。ハァアアアアアアアアア!!!」
私の話を完全に無視し、男が妙に気合の入った声を出すとその周囲を薄い膜のようなものがドーム状に覆っていく。
おぉ…あれ私のドラゴンオーラに似てる。
体内の魔力を放出して周囲の魔素を反応させている。
「…」
「ふははは。どうだ化け物め…我が力を見て恐れ慄き言葉を失ったか…しかし今更許しを請おうとも貴様のような存在を野放しにはできぬ。諦めるのだな」
「おぉ…!さすがは司祭様!」
「すごい…これなら!」
オーラの構築が終わったらしく、魔素の反応の拡大が止まった。
うん…確かに言葉を失ったよ…。
あまりにもお粗末すぎるし弱すぎる。
そんな出力の魔力じゃ母の鼻息すら防げないくらいには弱く薄い。
なぜかドヤ顔をしていることからおそらくそれが限界なんだろう。
もうなんだかやる気がなくなってきたし、帰ろうかな…弱い者いじめなんてかっこ悪いし…。
…あ。
とんでもないことに気が付いた。
ちょっと離れた場所から視線を感じているのだけど…この戦い(?)くもたろうくんが見てる…。
この私の恥ずかしいを姿をだ。
それはまずい、まずすぎる。
もし、くもたろうくんに私が勘違いから真面目に戦っていたなんて知られたらニョロちゃんにまで伝わって森の皆に広まってしまう可能性がある。
その結果私に訪れるのは…屈辱にまみれた恥ずか死だ。
それだけは避けなくてはならない…どうするべきか?考えに考えた末に私はひらめいた。
彼らを強敵であったことにすればいいのだ。
「ふ、ふっふっふ…なかなかやるようね人間…」
「怖気づいたか。哀れなものよ」
怖気づいてはいないけれど、なかなかやるという言葉は本当だ。
私をここまで追い詰めるとはある意味で大したものだよ…だからほんの少しだけ私のちゃんとした攻撃技を見せてあげようじゃないか。
別に問題ないよね…?私一回ここらへんでやめようって言ったもんね?無視してやる気になってくれてるんだから倒されても文句なんて言われないよね?
というわけでさらば弱い者いじめに勤しんでいた人間たちよ…私の尊厳のためにやられておくれ。
…「食べる分」は残っているし大丈夫でしょう。
──────────
「あーあ…始まっちゃったっすねぇ~」
くもたろう…イルメアからそう呼ばれている可愛らしい少女の見た目をした蜘蛛の魔物が崖の上から始まってしまった戦いを頬杖をつきながら見守っていた。
「どーしたものっすかねぇ~…おーい、ニョロ~いるんでしょ~?」
くもたろうが呼びかけるとそばにあった茂みの中から黒い蛇が顔をのぞかせ、チロチロと舌を差し入れさせながらくもたろうに向かって首を伸ばす。
「――」
「いや言っても仕方がないっしょ~。ウチなりに頑張ったすよ~?それよりもこれからどうするかを一緒に考えるっす」
二体の魔物の視線の先で人間がイルメアに向かって槍を振りかぶっていた。
イルメアはよそ見をしていたようで、先制を許していたが…二体に焦りはなく、表情すらも変えずにただ見守っていた。
「――」
「いやぁ意味ないっしょ。助けに入るなんて…そもそも人間がお嬢様をどーこー出来るわけないのは分かってるでしょ。むしろやりすぎないかが心配っすよ」
くもたろうの言葉を裏付けるようにイルメアに向かって振り下ろされたはずの槍は、その役目を果たさずに軌道を反らされて地面を少しだけ抉るだけに終わった。
避けたわけではない…イルメアはその場から一歩たりとも動いてはいないのだから。
そして次の瞬間…イルメアはゆっくりと右腕をあげ…空を引掻くようにして振り下ろした。
ただそれだけだ。
ただそれだけで…人間だった物の三枚おろしが出来上がり…べちゃりと地面に落ちた。
「…やっぱりそうなるっすよねぇ」
「――」
人間たちの悲鳴が見守るくもたろうたちの耳にもうるさいほどに届いた。
悲痛な感情の籠ったそれを煩わしそうにしながら、どうしたものかと頭を悩ませる。
「たぶん人間との力比べがしたかったんでしょうけど…狭い世界にいたから仕方がないのかもしれないっすけど…お嬢様は自分の力を理解してなさすぎっすね」
「――」
「でっすよねぇ。黒龍様は贔屓目なしで世界最強の龍だったっす。黒龍様からすればそれ以外の生き物なんて地を這う虫にも満たない…人間なんて群れるしかない弱い生物なんてもってのほかっす。そして…その黒龍様と「戦う」ことのできるお嬢様が…人間との戦いなんて成立させられるはずがないっす」
「――」
そう話している間にもまた一人…恐怖のあまり何も考えず剣を手にしてイルメアに斬りかかろうとした男が何の変哲もないビンタを受けて…その首が飛んだ。
それは戦いではなかった。
イルメアは人間たちがどの程度の強さなのか…いや、どれほど弱いのかを理解していないために全力ではないが、手加減もしていない。
そうなればそれは戦いなどではなく…虐殺だ。
「おーおー人間というのは悲鳴だけは力強いっすね~うるさくて仕方がないっす。そんな覚悟でよくもまぁお嬢様に喧嘩を売れたものっすね~…逆に尊敬しますわ」
暇だからとたまに「遊び」に付き合わされていたくもたろうの脳裏にその時の恐怖がよみがえる。
魔物であるくもたろうであっても遊びという名の付くそれでさえ…イルメアを前にすれば恐怖をせずにいられないのだ。
手加減なしのイルメアを前にしている絶望感はもはや言葉にもできないだろう。
「――」
「わかってるっすよ…黒龍様の言いつけっすよねぇ…「人間は喰わせるな」…でももう無理っしょ。お嬢様は自分で殺した生き物は食べるっすよ。そういう生き物っすから」
イルメアには生まれつきいくつかの特殊な能力が備わっていた。その一つが食事だ。
イルメアはそこに存在しているものならばありとあらゆるものを「食べる」ことができる。
毒性を持ったものや食べ物には分類されないものまで…彼女に食べられないものは無く、それが原因で森が一つなくなりかけたほどだ。
常日頃からその力の危険性に頭を悩ませていた黒龍はイルメアの近くにいることが多い魔物に「人間は喰わせるな」と伝えていた。
ただ食べるだけならば人間を警戒する必要はない…だがイルメアにはその先があったのだ。
「そもそもお嬢様が使っているのは「魔法」なんてものじゃないっす。ウチらが使っている魔法と、お嬢様の「アレ」には比べるのも恥ずかしいほどの差があるっす。だからそもそも勝負にすらならない」
だから自分たちには止められる自信がない…どうするかとくもたろうは悩み、同時にそこでようやく人間に対しわずかな同情を覚えかけたところでニョロがせわしなく身体を上下に動かし始めた。
「どうしたっすか?」
「――!」
「え”。ちょっ…うそでしょお嬢様!?」
くもたろうが見たのは両の手のひらを前に突き出した状態で組み合わせ…そこにどす黒いエネルギーを集めているイルメアの姿だった。
「ニョロ!止めるっす!あれは止めるっす!」
「――!――!」
「え?無理?お前がいけ?無茶言うなっす!あー!お嬢様ぁあああああああああ!!」
止める間もなくイルメアの手のひらから黒い波動が放たれ…くもたろうの絶叫ごと周囲を消し飛ばした。
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