第5話

side イヴァ・リューネブルク


「ねぇ、これは?これはなに?」


カズマがひとしきり泣いて、落ち着いた頃。


食事よりも先に満たさなければならないものがあるだろうと、ダメ元で庭園に連れてきたことが功を奏したようだ。


あれはなんだ、これはなんだと走り回り、さっきまでの暗い表情から一変。


笑顔を見せるようになった。


「城の中は魔法で温度も湿度も変えられる。だから国や季節を問わず、様々な植物や生き物達が育つんだ」

「すげぇー」

「ほら、兎もいるぞ」

「え、マジだ!兎!」


数匹の兎の群れへかけていくカズマの背を眺めながら、俺はロギウスの名を呼んだ。


「お呼びでしょうか」

「お前にひとつ、聞きたいことがある」

「はい。何なりと」

「俺はお前に“任せる”と言ったが、こうなるまでなぜ放置した」

「それは」

「あぁ、俺が説明をと言ったからか」

「いえ。その、」


俺より幾分か背が高いはずのこの男と俺の出会いは、元々貧民街の捨て子だったところを父上が拾い、俺の専属執事として育てたのが始まりで、幼い頃から兄弟のように過ごしてきた分、多少の情は乗ってしまう。


だが、それでもやはり俺は王太子として一線を引くことを忘れてはならないのだ。


たとえどんなに彼が泣きそうに顔を歪めても、鞭を振るわねばならないときがあるのだから。


「ッ!」

「いい加減にしろ。俺は言い訳を聞いているのではない。理由を聞いているんだ」

「⋯⋯なぜ、彼が泣くのか。分かりません」


加減などせずロギウスの頬を打った。


その目に忠誠心が薄れた様子は感じられなかったが、ロギウスは少し人とずれた感覚を持つ節があることを思い出す。


貧民街での生活のせいなのか、はたまたなんなのかはよく分からない。


だが、俺は昔からこう言っていたはずだろ。


「分からなければ、お前から歩み寄れと伝えてきたはずだ。もう忘れたのか」

「いえ」

「それとも、お前には何も理解できなかったのか」

「っ、いいえ」

「だがそのおかげで、カズマは食事もろくに摂らず、痩せてしまった」

「⋯⋯申し訳、ありません」

「ほんの少し外に出ただけでこれだ。朝起きる度、どれだけの恐怖に苛まれたと思う。お前やメイドの声を聞く度、何度絶望したと思う。その不安や恐怖を取り除く事は出来ない。なら、俺達はせめて、吐き出せる場所になるべきだと俺は思っていた」

「イヴァ、殿下」


か細く揺れるロギウスの声に小さく笑い、俺は未だ兎達と戯れるカズマの方へ視線をやった。


「それを、お前に任せたつもりだった。負担だったならすまない。俺も戻りが遅れた身だ。多少の文句なら聞くぞ」


カズマが俺に縋りついた時、酷く濁ったその瞳を見て焦りに包まれたのは、この先も一生忘れないだろう。


「⋯⋯文句など、ある訳ないだろ」

「そうか?俺はあるぞ?不器用な兄を持つと弟は大層苦労するからな」

「おいコラ、イヴァ」

「あー怖。もう戻っていい」

「チッ。失礼しますねイヴァ殿下」


もしも、俺がカズマの立場だったら。


ロギウスや父上、母上、弟達ともう二度と会えないと言われ、国にも帰れないと言われたとき、どうするのだろう。


「イヴァ!みてみてこの兎、鼻が真っ黒!」

「ハハッ、お前もだぞ。カズマ」

「うぇっ。うそ、え、とってよ」

「分かったから。じっとしてろ」


恐らく俺は、死んで国に帰ろうとするのだろうなと。


無邪気に笑うカズマの頭を撫でながらそう思った。




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この世界は、醜くも優しい。 雨楽希 カヤ @kikyoumachi00

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