第4話

「おはようございます。カズマ」


あれから、一週間。


どういう風に過ごしていたかは記憶に薄いが、たぶん朝は起こされてご飯を食べて、部屋の中でぼーっと過ごして寝て、また起こされての繰り返しだったんだと思う。


あの白髪男は戻ってこないし、ロギウスもあれ以降淡々としていて会話らしい会話も交わしていない。


「本日の朝食は、ハムエッグにバターロール。コンソメスープにヨーグルトをご用意いたしました。ミルクは温めますか?」

「⋯⋯いい」

「かしこまりました」


唯一の救いと言えば、この異世界とやらの食べ物が、俺のいた世界と何ら変わりないことだろうか。


「入るぞ」

「イヴァ、殿下」


布団の中でモゾモゾと寝返りを打ったそのとき、不意に開かれた扉から入ってきたのはあの日の白髪男だった。


ロギウスも意表をつかれた顔をしていたが、すぐに気を取り直し、主人の元へ駆け寄っていく。


「もう動いて大丈夫なのですか」

「あぁ、心配をかけたな」

「いいえ。ご無事ならそれでいいのです」

「ありがとう。⋯⋯ロギウス」

「──失礼いたします」


いくつか言葉を交わし部屋を出ていったロギウスを横目に、白髪男は俺の元へやってきて、ドサッとベットに腰を下ろした。


「遅くなってすまなかった」

「⋯⋯別に、待ってない」

「フッ、そうだな」


我ながら呆れる態度。


それでも彼は優しく微笑み、俺の髪を撫でてくれた。


────正直、もう限界だった。


この世界に飛ばされて一週間。


毎日ふかふかのベッドで寝て、美味しいご飯を食べて過ごすことが出来たとしても。


たとえ毎日ロギウスや掃除係のメイド達が部屋を訪れたとしても。


どこか壁を作ってしまって、会話は愚か、目を合わすことさえ出来なかったから。


「ロギウスにどこまで聞いた」

「⋯⋯あんたが王子だとか、この国のこととか、神子のこととか。そのくらい」

「そうか。他には?」

「⋯⋯⋯⋯帰れないって、なに」


自傷めいた乾いた笑いが零れる。


「俺、なんかした?なんで俺なの?悪いことしたなら謝るから、どうしたら許して貰えるの?どうしたら、家にかえれるの、ねぇ」


気づけば、ベッドから起き上がり縋るように彼の腕にしがみついている自分がいた。


頭の片隅でこんなの自分じゃないって分かってるはずなのに、もう駄目だった。


家に帰れない、話し相手もいない、頼れる人もいない、この先の未来が見えない、何も分からず、どこに行けばいいのかも分からない、こんな場所で生きる意味なんてあるのだろうか。


「ロギウスの報告書に書いてあったんだが、カズマというのがお前の名か?」

「うん」

「いい名だな。母君はどんな人だった」

「優しくて、怒ると怖いけど、いっぱい褒めてくれた。オムライスが凄くおいしいんだ」

「オムライスか。一度食べてみたかったな。父君は?どんな人だった」

「⋯⋯っ、いつも仕事頑張ってて、」

「うん」

「父さんの背中、おっきくて大好きでっ」

「うん」

「やっと、妹が歩けるようになったんだ」

「そうか。めでたいな」

「ぅん、でも、おれッ」

「──泣いていい。悪いのはお前じゃない」


俺達の方だ。


その言葉を最後に、俺は喉が枯れるまでイヴァの腕の中で泣いた。


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