第3話
side イヴァ・リューネブルク
「父上。お話があります」
この城の中で一際大きく目立つ扉の向こうから返事が聞こえると、両端に立つ騎士の2人がその扉を開けて頭を下げる。
王国騎士団の青と白を基調にした制服は、つい先日弟が入団した為、なんだかむず痒い感覚もあって少し可笑しな感じだが。
「フッ、母上とリエルもいたんだな」
「おはよう。イヴァ」
「にーちゃ!おやよ〜!」
父の執務室に入ると、床に玩具を広げて母上と遊ぶ末の弟、リエルがいて思わず笑ってしまった。最早見慣れすぎた光景である。
キャッキャと、やけにはしゃぎながら俺の足にしがみついてくるリエルを抱き上げるが、今日はやけに機嫌がいい。
「朝食のフレークが美味しかったみたい」
「牛乳に顔を突っ込む勢いだったな」
「可愛かったですね」
「リエルが一番食いしん坊だからなぁ」
両親のその言葉に、嗚呼なるほどと腕の中のリエルを見下ろせば、当の本人は指でもしゃぶってキョトンとしている始末。
「今、お前の恥ずかしい話がまたひとつ増えたんだが?」
「イヴァお兄ちゃんは意地悪ね〜!」
全く、とわざとらしく頬を膨らませた母上は俺の腕からリエルを奪い去り、玩具の場所へ戻っていった。
刹那、父上の纏う空気が変わる。
“父親"から──“王”へと。
「それで?お前の部屋に異様な気配を感じたが、今ここにやってくるとは随分と苦戦したか。はたまた、刺客ではなかったかのどちらだと思えばいい」
キラリと光る金の瞳は、俺を試すように射抜いているのが分かる。
視界の端で母上の長くも綺麗な白髪が揺れるのを感じながら、俺は口を開いた。
「その二択なら、後者に当たります。ですが事は一刻を争いますので、簡潔に述べさせていただきたい」
「述べよ」
「──至急、教会への査問、及び尋問の許可を要求します」
「なに?」
「異世界の人間が召喚されました」
その言葉に、ピシリと空気が凍る。
ほんの僅かな時間だが、その間に全ての状況を理解したらしい父上は勢いよく立ち上がり、イスの背にかけていた羽織りを手にドアの方へ足を進めていく。
「城を頼んだぞ。シンシア、リエル」
「はい。お任せ下さい、国王様」
「あいあい!」
背中越しに母と末弟の名を呼ぶ大きな父の背は、どこまでも広く感じて。
「彼のことはロギウスに任せていますが、何かあれば力をお貸しください。シンシア女王」
「ふふ、貴方にそう呼ばれると照れくさいわね」
「ご冗談を」
「にーちゃ!ちゃいちゃい!」
「バイバイな。リエル」
俺もまた、この背中を超えなければならないのだと強く自覚することになった。
*
簡潔に言うと、読みは大当たり。
教会の人間は、禁忌とされている神子召喚を我々王族に隠れて行い、失敗した。
実際に彼らの元には何も来なかった為、隠し切れると判断したのだと言う。
「それが何の因果か。お前の元に訪れた」
「悪事はいずれ、バレるものですからね」
とんだバカ者共が。
太古より語り継がれた神子召喚の伝承は、俺達王族がいることにより嘘でないことは既に証明されているにしても、だ。
その代償に神子のこれまでの人生を奪い、一生この地に縛り付ける呪いだとも言い伝えられているというのに、アイツらは。
「⋯⋯チッ」
「イヴァ」
帰りの馬車の中。
苛立ちを隠せない俺の姿に、父上は困ったように腕を組んで頬を緩めている。
「そんな怖い顔のまま、家に戻らないでくれよ?リエルが泣いてしまう」
「分かってる」
「⋯⋯お前はよく耐えた。あの場で裁く権限は私が行ったことでお前にはなかったが、一切の不満も見せず、騎士への指示と捕縛対象への監視に徹底していたな。成長を感じたよ」
「うるせぇ今喋りかけんな」
「ははっ、いきなり退化したな。面白い」
ケラケラと愉しそうに笑う父に髪をボサボサにかき乱され、俺の機嫌は更に急降下する。
父譲りのこの瞳は、神子の血を受け継いだ証となるのだと知った時、絶望した。
伝承の中の神子は、この力を使うためだけにこの世界に呼ばれ、子を残すよう言われ、王族と繋がったのだと書かれていたから。
元の世界に帰るすべはなく、無理矢理魔法で帰ろうとすると、神子の器は自身の魔力に耐えきれず死んでしまう。
──ならば、あの少年はどうなる?
神子でさえ不可能だとされたことを、ほんの僅かな魔力で毒を受けたと同等になってしまう力のない人間ができるはずもないんだ。
──それを、アイツらは考えちゃいねぇ。
『お前たちが悪いんだ!神子の力を一人占めして、我々を欺くつもりだろう!』
そんなわけない。
『我々はこの国の民の為、必要な犠牲を払ってでも神に祈りを乞うべきなのです!』
それは本当に必要な犠牲なのか?
『所詮、王族は神子の血族であるだけだ!本物の力でないとこの世界は救えない!』
何を言っている。
この国の王は、父上はッ。
誰よりも偉大な人だ。
誰よりも強く、優しく。
誰よりもこの国の民を憂い、想っている。
そんな父の努力も何も知らない狂信者の分際で、あろう事かこの俺の目の前で侮辱するなんて───死ぬにはふさわしい、重罪だ。
「
「ッかは」
突如襲いかかる嘔吐感。
我慢しようにも全く上手くいかず、手の中に吐き出されたそれを見て、俺は息を飲んだ。
「⋯⋯こ、れは、ゲホッゴホッ」
「随分優秀な呪術士がいたようだ。一国の王子に催眠製の毒を盛るとは」
「がはっ、んぐッ、はっ、ア゛ッ」
「全て吐き出せ。落ち着いたらもう一度浄化魔法をかける。あと五回は繰り返すぞ。少なく見積ってはいるが、お前の気力次第だな」
まともに座ってはいられず、揺れる不安定な馬車の床に両膝と手をつき、辺りに広がるどす黒い液体を霞む視界の先に捕らえて言う。
「⋯⋯⋯⋯も、しわけ、ありません」
「言葉はいい。態度で示せ。それが時期国王となるお前の償い方だ」
「⋯⋯は、い」
「あと2回は耐えろ。そうしたら、一度眠っていい。家に着いたら、そこからは私とお前の勝負だ」
さっき頭を撫でた乱暴な手つきとは違い、今度はやけに優しく顎を掬われた。
徐々に歪んでいくこの目では、父の表情もよく見えなかったが、頬に添えられた温かな温もりにホッと息を吐き、残る力の限り俺は頷いて見せたのだった。
*
完全に力尽きた息子の頭を膝の上に乗せ、残りの帰路の時間、少しでも休めるようにとその手を握ることはやめなかった。
──否、やめれなかったが正しいのか。
「⋯⋯すまない。イヴァ」
体温を奪われた息子の手に、触れるだけの口付けを落とす。
この子は私とシンシアの自慢の息子であると同時に、一国の王子なのだ。
時期国王を育てるとなれば、ただの親でいられる時間の方が限られているというのに。
「ふ、重くなったな」
イヴァは剣術も魔術も優秀で、欠点など見当たらない完璧な王の器を持つ人間に見えるだろうが、親の私からしてみればまだまだ幼い子供なのだ。
隠せるようにはなったようだが、感情の起伏が激しいのは幼い頃からの弱点だった。
いや、子供としては愛らしいことかもしれないが、王としては判断力の妨げになるものはコントロールできるようになってほしい。
もしくは、傍でイヴァを導けるような相手と結ばせるべきなのだろうが。
「私がまだ、子離れ出来そうにないんだ」
我が息子達が、みんな愛しくて仕方ない。
先日騎士団に入団した第二王子は今年成人を迎え、第三王子は来年アカデミーを卒業。
第四王子のリエルは、まだ拙いがよく喋れるようになったし、誰よりもよく食べるようになった。
「だから安心してほしい、イヴァ」
お前の分も。
いや、それ以上にして奴らに返そう。
大方見当はついている。
「──私を侮るなよ。狂信者風情が」
嗚呼、こんな顔。
シンシアには見せられないな。
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