第2話
「そうですね。まずは、自己紹介から始めましょう。私の名は、ロギウス。ロギウス・アルネルディ。ロギウスと呼んでいただいて構いません」
男が出ていった後、ロギウスはベッドに腰かける俺に合わせるように椅子を持ってくると、そこに腰を下ろしそう口を開いた。
「えっと、和真です。大橋和真」
「カズマが名の方で合っていますか?」
「はい。合ってます」
「わかりました。では、話を進めましょう」
ロギウス曰く、ここは俺の住んでいた世界とは全く別の世界なのだと言う。
人々は産まれた時から魔力を持ち、幼い頃から礼儀作法を学び、武術や魔術を鍛え、15歳で成人となる。
全然頭が追いつかない。どうしよう。
「ここは、トゥルーガ王国──この世界の中心国として太古より存在しています。隣国のリンベルト国とは、現国王が数年前に和平を結び、永き戦いに幕を下ろしました」
「⋯⋯あ、の」
「なんでしょう」
「さっきの人は誰ですか?」
「イヴァ・リューネブルク。現国王の息子であり、王位継承権第一位。実質、この国で2番目に権力を持つ御方ですね」
「えっ?うそマジ?」
「弟君が3人居られます」
「あ、はい。⋯⋯え?」
結局ロギウスからの説明を受けて分かったことは、この世界が魔法を用いるファンタジーな世界で、ここはトゥルーガ王国という中心国で一番力が強く、その国の第一王子がさっきまでここにいた白髪の男──イヴァ・リューネブルクだと言うことだけだった。
あと弟が3人いる。これは一番どうでもいい。
「カズマがこの世界に来た原因については、解決次第、殿下の口から語られるはずです。もう暫く、辛抱してください」
ロギウスの気遣いには申し訳ないが、今の俺はそれどころじゃない。
辛抱してって言われたって、なら俺はどうすればいい?何をすれば、どこに行けば。
──元の世界に帰れるっていうんだよ。
「⋯⋯カズマ?」
「俺、帰れるんですよね」
さっきからずっと感じていた違和感。
ロギウスはずっと、この国や世界について教えてくれているが、それはなぜなのか。
だって、元の世界に帰れるなら、それは俺にとって不必要な知識だろうから。
「⋯⋯⋯⋯帰れるんでしょ?」
それをなぜ、こんなにも至極丁寧に説明されなきゃいけないんだ。
ふつふつと湧き上がるこの感情は、どこか怒りにも似ていて。
「帰れる可能性は、ありません」
藁にもすがる思いで掴んだロギウスの手を、次の瞬間、怒りのままに握り締めてしまう。
「ッ」
声にならない声は喉の奥でつかえたように息を潜め、言いようのない震えが全身を襲う。
俺の記憶は、確かだった。
昨日の夜、家族と夕飯を食べ、他愛もない話をしてまたねと明日を約束したはずなのに。
「──ふざけんなよッ!!」
母さんが作るオムライスが大好きだった。
父さんの背中が憧れだった。
まだ幼い可愛い妹がいた。
「帰せよ、早く元の世界に帰せってッ!」
感情のままに手元にあった枕を投げつけても、ロギウスの表情は変わらなくて。
それが余計、俺を虚しくさせた。
「魔法とやらで帰せばいいだろ?」
「⋯⋯できません。カズマの体は魔力への耐性がない。見れば分かります。恐らく殿下も見たのでしょうが、貴方に魔力を使うことは殺すに等しい行為になる」
「で、もたぶんさっき使われて」
「殿下は、太古に異世界より召喚された神子の末裔です。今はかなり血も薄れましたが、色濃く受け継いだのがイヴァ殿下です」
「みこ?」
また聞き慣れない言葉に力が抜けていく俺の手を、ロギウスはゴツゴツとしたその大きな手のひらで包み込み、安心させるように目線を合わせこう続けた。
「よく聞いてください、カズマ。神子というのは、飢餓や自然の摂理から人々を守る“神に愛された子”のことを指します。大昔、この世界は神の怒りに触れ、荒れ果てていた。その為、その時代の魔法士たちが異世界から神子を召喚したのです」
「⋯⋯なんで、異世界なの」
「神子は、異世界の血が流れていることが条件のひとつだと伝承では言い伝えられています。実は、あまり多くは分かっていないのです。その神子が当時の王族と結婚し、子孫を残した。その末裔が現在の王族──リューネブルク家となります」
「⋯⋯よくわかんない。けど、それと俺がさっき魔法かけられても大丈夫だったのは何が関係あるの?」
凄いってのしか分からなかったけど、さっきは力が抜けるくらいだったんだけどな。
「神子は、恐らくカズマと同じ世界の人間だったはずです。だからこそ、神子の力を使えば多少貴方への被害を抑えることはできる」
「じゃあ、それで帰れるんじゃ」
「その魔力量に、貴方自身が耐えれる器ではない。カズマは神子ではないのです。些細な怪我程度なら治癒魔法も掛けられますが、恐らく、高確率で貴方は死にます」
絶句とは、このことを言うんだろうか。
湧いてでた微かな希望にも打ち砕かれ、ただ叩きつけられた現実に耳を塞ぎたくなる。
じわじわと溢れ出てくるこの涙は、それを心底理解した証拠だった。
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