この世界は、醜くも優しい。

雨楽希 カヤ

第1話

突然だが、きみはというものを信じるタチだろうか。


「⋯⋯ん?」


ちなみに言うと、俺は信じない。

あったら楽しそうだなぁとは思うけど、所詮それくらいの夢物語だと思っている。


「⋯⋯⋯⋯んん?」


────否、思っていた。


目が覚めると、見慣れぬ天井が広がっている光景に目を瞬かせ、次いで感じた体温にゆっくりと顔をそちらへ向けてみる。


「目が覚めたか。侵入者」

「ッ!??」


驚いた、とかそんな在り来りな言葉じゃ言い表せられない程に絶句して飛び起きた俺は、そこで初めて自分が知らない部屋にいることに気がついた。


一人部屋にしては広すぎる洋風な室内を見渡してまた隣を見れば、天使のような容姿の青年が鎮座している。


思わずゴクリと生唾を飲み込んだ俺を見て、目の前の天使が口元に弧を描きこう言った。


「随分な動揺の仕方だな。俺を殺しに来た暗殺者ではなかったのか?」

「───は、はぁ!?違う!違います!」

「うるさ」


なんなんだよこいつッ。

てかどこだよここ!!


軽く自分の状況を整理しようにも、最後の記憶は課題を終えて寝たところまでだし、来ている服もそのときのスウェットのまま、部屋だけが違うときてる。嗚呼、人もだった。


「あんたは誰なんだよ」

「その前に一つ答えろ」

「⋯⋯な、なんだよ」

「トゥルーガ王国に聞き覚えはあるか」

「とぅ、うーが?なにそれ」


天使な見た目とは違い、威圧感のある空気と喋り方でじっと俺を見つめていた男は、俺の答えを聞いた途端、難しそうに眉間に皺を寄せ目を伏せてしまった。


何が起きているのか。あんたは誰なのか。


答えが知りたくとも話しかけていい雰囲気にはならず、痺れを切らした俺が不満げに頬を膨らませたそのとき。


「────“clear”」


目の前の男が、突然そう声を出す。


すると、辺りが空間事揺れる感覚に陥って自分の体がバランスを失うのが分かった。


初めての感覚に驚愕したと同時に、怖さも覚えてギュッと目を瞑る。


「⋯⋯やはりな。大丈夫か」

「ぇ、ぁ、なに、いまの」

「魔力酔いだ。この世界の人間でない者にはよく効く。暫く動けなくなるだろうが、時期に治るからそう怖がるな」


そう言って男は俺の頭を撫でてくる。


言われた通り、全身に力が入らなくなった俺はされるがままで恥ずかしくて。


「ロギウス!」

「───おはようございます殿下。ほんじ⋯⋯⋯⋯⋯つの朝食なんですが一人分しかございません何事ですちょっとま、ゴホッゴホッ」

「落ち着け」


急に男が大きな声を出したことに驚いたのも束の間、一秒も経たず現れた執事服の男性にまた驚き目を瞬かせた。


「失礼致しました。して、ご用件は」

「すぐに父上と教会へ向かう」

「教会?⋯⋯まさか」

「あぁ、そのまさかだ。今まで野放しにしていたツケが回ってきたな」

「その割りには随分愉しそうですがね」

「そりゃそうさ。俺は今最ッ高に気分が悪い。事が収まるまで、こいつの面倒を頼む」

「かしこまりました」

「──説明はロギウスに任せる。俺が戻るまで、この部屋で自由に過ごせ。わかったな?」


今まで完全蚊帳の外で呆然としていたから、男の言葉に少し間を開けてしまい、俺は慌てて首を縦に振る。


返事が遅いとか怒られたらどうしよう───そう思っていたことは、全て杞憂に終わったのだが。


「いい子だ。頼んだぞ、ロギウス」

「えぇ、イヴァ殿下」


部屋から出る直前、肩越しに振り向いた男の笑みがどこか優しげに見えたのはなぜなのだろうか。


「⋯⋯さて、何から話しましょうか」


この男性──ロギウスと呼ばれた男の髪が、彼と真逆の黒髪で、まるで悪魔のようだと思ってしまったからなのかは分からなかった。



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