第5話 折檻と姉や狼少年
この年かどうかわからない、前の年の幼稚園に入る前の冬だろうか、記憶している母からの強い折檻がある。
姉の小学校の父兄参観日に連れられて学校に行ったが、家以外の所で姉の姿を見ると言う不思議にうたれ俺は母に言った。
「 あそこにお姉チャンいるよ」
これがかなりしつこかったらしく、母の無言の状態が何を意味するかまるで理解出来なかった。
まだ4〜5歳である。大人の都合と道理を理解しろなどと言うのは無理なことだ。
結局何分もしないうちだと思うが、母の強引な退出に一緒に手を引かれ家へ帰った。
家は冬のため寒く急遽ストーブが焚かれ、ボーボーと言う音がしている。
俺はズボンを脱がされ何度も尻が赤くなっても
部屋は冬の冷えのため乾燥していて、ストーブの働く音と共に折檻の象徴のような記憶になった。
授業参観に行けるとは弟はまだ生まれていないと言うことだ。この母の激怒の冬は俺が4歳から5歳の時だ。
ただ、折檻がこれ一度だとは思わない。覚えていない数々の暴力にさらされていたであろう心の深い傷となって残っているからだ。
この折檻が新しく初めてのことだと言う認識も当時の自分の中になかった気がする。
日本人とは子供を産んで親になってしまえばそれだけで何らかの特権を得たかのように振る舞う。
言葉にそれが表れている。
親不孝、親孝行、親心、親思い、親知らず、親離れなど親の特権を表した語がいくつかある。
しかしこれが子供の権利を表す言葉はあるのだろうけど上述の親の語よりも印象が薄い。
過去は返ってこないので親を責めるのもなんだが、人生の先輩が後輩よりも物事を知っているはずだから背中で教えるものではないだろうか。
生まれて何年も経っていない者なぞ何も知らない。
20年とか30年とか生きて悟っているであろう大人が幼い子供に依存したとしても何も出てこないだろう。
そうでない生まれながらの聖人を人は期待するのであろうか。
「お前が神でないからどうとでもしてやる」
そんな言葉を浴びせられたこともどこかである。これはずっと後のことだから幼い記憶の霧の中のものではない。
母の怒りは幼い俺への過大な期待があったから他ならない。その母の俺に対する基準があまりにも高すぎた。
これを裏切られるから怒り狂うのだ。
ただ理性を無くすのは本人の育成にかかわる過去のトラウマからのものがあるだろう。
育ちが良かったらもう少し別の表現があったかも知れない。
自分の亭主の心の状態への忖度も幼い俺に求めた。
ただ、これにしろこの先両親の心の戦争と俺の人生の闘争にしてみれば序の口のことだ。
幼稚園前後の歴はこんなものを記憶していた。
この頃のある日のこと、国道に交差した砂利道の歩道を歩いていると、ものすごい轟音とチュルチュルと油の切れがちな機械音を出して通る巨大なキャタピラ車に恐れおののいた。
濃いモスグリーンのそれは自衛隊のものだと認識したが大きな砲身が見えず機関銃かなにかの小火器程度のものしかついていない。
後から考えると、このキャタピラ車は上級の指揮官用の車両なのだろうか。
怖がっている幼児を見て車両から上半身を出した自衛官は笑みを浮かべていた。
国道は国道だから当時からちゃんとした舗装道路だったと思う。
車やバイクやトラックがガンガン走っていた印象はあまりないが、近くの交差点で人身事故があってそれを皆で見物に行った。その交差点では人だかりが群れていた。
親に連れられてスーパーや銭湯にも行ったがまるで覚えがない。
この時から家に風呂があったかも知れないが覚えていない。
姉は小学生になったばかりの頃から優等生だった。
彼女は習字の習い物をしていてその教室を見物したことがある。
それで姉の書く字の美しさが際立っていて、俺の汚い字と大きく違っていた。そして一生俺は字が汚くて何が書いているのかわからないと言われ続けるのである。
姉は他にも何かの作文で文科省の表彰を受けたことがある。
姉が習い物をするからお前もとのことらしいが、俺はその見物に行っても何の興味も湧かなかった。
習字の他に何かの習い物を見物したかも知れないが覚えていない。
俺は外での生き物を観察したりすることに捕らわれており、室内で人に教えを受けることがとても窮屈に感じたのだろう。
これが後に釣りにのめり込む特性へとなったのだろう。
私見だが、人と言うのは、他の人の教えない自分の興味を抱いた方向へ突き進む力がないと将来職業選択だとか異性と交際したり結婚へと至る自由意志に基づく行動が出来なくなる可能性があるのではないかと思う。
この勝手力と言うものがない、主体性を持たない若者に親や周囲の大人がその人の生きる道を設定したりすると、あるときその者に破綻を生じさせることがある。
他人の決めた道でも本人に合っているなら上手く行くが、そうでなかったとすると問題が生じるのではないかと思う。
素直で良い子は実は単に主体性を持てなかった薄弱な者である場合がある。
他人に従うことがそもそもの性癖である場合それに突き進んで行くものだが、人とは本来それぞれの好きこのみと言うのがある。
俺は自分の興味あることに惹かれることが強烈だからある程度はそれなりに生き抜けたんだろうと思う。
どんな暴力的支配に屈しない趣味的思考と言う強力なものが。
友人は同級生にいたが、その他には近所に様々な歳の子供たちもいた。
まだ幼児だからちょっとした痛みでもわんわん泣いたりする。
泣くこと自体どうでも良いことだが、大人にとっては些細なことと重大なことの見分けがつかなくなる。
相当酷い怪我とつまらないことを同じ泣き声で表現されてはと思うだろう。
そんななか、1〜2歳年上だったと思うが、姉と同じくらいの歳のお姉さんがいた。
彼女は上級生らしく模範的な人だったが、上述のように泣いたりしないばかりか、めそめそした表情もしない感じだった。
その人が冬のとある日雪遊びをしていて顔のどこかの痛みと思しき動作で倒れ込み自分の家へと避難した。
それでも彼女は泣かなかった。
周囲の子供たちは通常することのない彼女の動作にうろたえた。
日が暮れてもことの重大さを悟った我々はその家に入り込んで様子を見に行った。
父親の介抱がしばらく続いたが、その後はおそらくは病院へ行ったのだろう。
狼が来たと一言も言ったことのない人がそう言えば人々は皆信じるだろう。
子供の泣いてばかりいるのは狼少年にされてしまう。
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