三話 ⑦

「ベルリだけじゃありませんよ。ミネルの丘は、呪晶獣に支配されて以降は、北のベルリ、西のアスラム、南のドムド。三国の緩衝地帯になっていた土地です。アスラムやドムドからも睨まれることになりますよ」


 ヒバリとブランが口にした懸念は、当然のものだった。

 国を作ることが容易ではないことは、重々、承知している。それでも、シラヌイが国を作りたいと考えたのには、もう一つ、理由があった。

 その理由を、シラヌイは語った。


「私は、私たちが作る国を、大災厄で土地を追われた人々の、逃げ込み先にしたいと考えているのです」


 来るべき大災厄。

 シラヌイはアウラと子を成し、その子を守り育てて大災厄に打ち勝つつもりではいるが、それでも降り注ぐ呪晶石によって多くの難民が生じることは、防ぎきれるものではないだろうと考えている。

 難民の受け皿が必要だ。自分たちの国が、その一つになれはしないか。

 シラヌイはアウラと目を合わせた。アウラは微笑み、頷いた。

 アウラには、国を作るもう一つの理由も、事前に話していた。

 アウラは快く賛成してくれた。そして今も、


「わたし、白虎の頭領アウラも、シラヌイさんの妻として、また七曜の賢者の一人として、国作りに賛成します。あらゆる協力を惜しみません」


 シラヌイを後押ししてくれた。

 賢者として。それは重要な視座だった。

 シラヌイとアウラは、世界塔の巫女から直々に、賢者に任じられていた。それも、ただの賢者ではない。大災厄に於いて世界防衛の要になる、七曜の賢者だ。

 七曜の賢者であれば、大災厄に向けて出来うる限りの準備をするのは、責務だった。


「まあ、おまえたちの好きなようにやってみな」

「坊やたちにどこまでできるのか、見せてもらおうじゃないか」

「アウラさんがそう言うなら……。うん、わかった。あたしも協力するよ!」


 カガリとフロロは、シラヌイとアウラの判断に任せるという姿勢。難色を示していたヒバリも協力を約束してくれたが、ただ一人ブランだけは、


「僕は反対ですよ。事が大きすぎる。白虎と朱雀、双方の民を危険な目に遭わせるかもしれないってことを、もっと重く考えてくださいよ」


 反対の姿勢を崩さなかったが、そんなブランに、シラヌイは感謝した。


「ありがとう、ブラン。君の指摘はもっともだ。どうかこれからも、白虎の民と朱雀の民の安全を最優先に考え、私を諫めてほしい」

「……それって、けっこう嫌な役目なんですけど」

「だからこそ、君にお願いしたいんだ」

「……わかりましたよ」


 ブランは小さく舌打ちしつつも、了承してくれた。


「お願いね、ブラン」

「任せて、姉さん。里のことは何も心配いらないから、姉さんは立派な国を作ってよ」


 シラヌイには舌打ちを。アウラにはいかにも好青年風なさわやかな笑みを。

 ブランの態度はブレないが、そのブレないところが逆に信頼できる、とシラヌイは思っている。


「で、国の名前は?」


 だらしなくはだけた胸元をボリボリと掻きつつ、カガリが訊いてきた。

 シラヌイは姿勢を正す。

 国の名前は、考えてあった。

 厳かに、シラヌイはその名前を口にする。


「アウラリア」


 深呼吸を一つ挟んで、シラヌイは繰り返す。今度は、由来を添えて。


「アウラリア。私が、この世で最も愛しく、尊い人の名を冠しました」

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