三話 ⑤
シラヌイは魔力を練って、術を編む。
「
星々の瞬きの如き光が降り注ぎ、爆ぜる。
爆炎に呑まれたヤマは、咆哮をあげつつ巨体を仰け反らせた。
「よし、いけるな」
シラヌイは確信する。
先程、左腕を治した時にも感じたが、魔力の調子が、かつてなく良い。これまでよりも強く、速く、練ることができた。
これはもう間違いなく、アウラのおかげだった。魔力の暴走を静めるために、アウラが自らの魔力を同調させてくれたことで、シラヌイの魔力が、本来以上に整えられたのだ。
(今ならば)
シラヌイは左右の手を顔の前で組んだ。
「世界よ、裁きの時がきた」
指の隙間から火が湧き出る。
「罪人は悔いよ。罪なき者も悔いよ。火は全てを等しく焼き払うだろう」
組んでいた手を、ゆっくりと離す。掌の間に、拳ほどの大きさの火球が浮かぶ。
シラヌイが両手を天に掲げると、その動きに合わせて、火球は天に昇っていく。
「神々の怒り、今ここに放たれん」
シラヌイの遥か頭上で、火球は逆巻きながら大きく膨れ上がり、さらに色を変えた。赤から金に。
「
眩く輝く金色の巨大火球が、燐光を振り撒きながら落ちてくる。
しかし今、シラヌイの実力はアウラとの激闘を経て向上している。さらに、魔力はアウラのおかげでかつてないほどに整っていた。
今なら、というシラヌイの感覚は、間違いではなかった。
終焉の名を冠した金色の火球は、ヤマを呑み込み、その傍らの呪晶石をも巻き込んで噴き上がった。
ヤマの咆哮がミネルの丘に轟いた。それは怒号か、断末魔の絶叫か。
金色に輝く炎は神性を宿している。神性は、この世ならざるものに対して、特に有効に作用する。この世ならざるものとは、主に亡霊の類だが、この世界の外から飛来した呪晶石に由来する呪晶獣もまた、この世ならざるものだ。
火柱が燐光に変わって消え、ヤマの姿が露になる。
異形は、身体の左半分と、頭を失っていた。
バランスを欠いた巨体がぐらりと傾いて、生命感なく倒れた。
「勝った……」
シラヌイは大きく息を吐いた。
呪晶獣を――世界の敵を、一体ではあるが、倒した。
しかし。
ヤマの骸を、シラヌイは苦々しい表情で見つめる。
勝った喜びよりも、呪晶獣の頑強さに辟易する気持ちのほうが強い。
シラヌイは、苦々しい眼差しを呪晶石に移す。
ヤマの骸の傍らに聳える極彩色の柱は、シラヌイの大魔術に何度も巻き込まれながらも、傷一つついてはいなかった。
呪晶獣も頑強だが、呪晶石はその比ではなかった。朱雀の里の呪晶石にも様々な魔術を試し、わかっていあことではあるが、改めて、この世界の理を超えた存在だと痛感した。
「シラヌイさん」
背後からの声に、シラヌイは振り返る。
「アウラ」
「さすがは、わたしの旦那様です」
「あなたのおかげです。一人で戦うなどと豪語しておきながら、この様だ。まったく、情けない――」
歩み寄ってきたアウラが、立てた人差し指をシラヌイの口に添えて、それ以上の言葉を封じた。
「夫婦で力を合わせて勝った。それでいいじゃないですか」
微笑むアウラに、シラヌイも笑みを返す。
「……そうですね。私たちは力を合わせて、世界の敵に打ち勝った。それを誇りましょう」
「はいっ」
アウラは嬉しそうに頷いた。
その笑顔に、シラヌイは救われた気持ちになる。
「アウラ。あなたに、贈り物があります」
「贈り物……ですか?」
シラヌイは朱雀を召喚し、アウラをへと案内した。
街の上空を一息に越え、シラヌイは城の最上階のテラスに朱雀をつけた。
まずシラヌイが朱雀の背中からテラスへと飛び降り、
「アウラ、こちらへ」
「は、はい」
次いで、アウラが飛び降りた。
「このお城は……」
「ミネルの丘の領主のものです」
ミネルの丘の領主は、たしか、ベルリ帝国の、当時の大公だったはずだ。
シラヌイとアウラは並んで、街を見下ろす。
城は、アウラの丘の東端に建っている。テラスからは街が一望できた。
陽は西の稜線にかかり、街は橙色に彩られている。
「街も、この城も、綺麗に残っていたんですね」
「ええ」
街は多くの家屋が形を残していた。そして、城も。
「アウラ。この城を、どう思いますか?」
シラヌイが振り返って訊ねると、アウラも倣って振り返り、城を見上げた。
「素敵なお城だと思います。真っ白な外壁が、とても綺麗でした。まさに白亜の城って感じで」
「気に入ってもらえたのなら、幸いです」
シラヌイは右手をアウラの腰に軽く添え、左手で城を指し、言った。
「この城が、私からの贈り物です」
「えっ?」
「私一人の力で手に入れたわけではないので、私からの、と言ってしまうと語弊があるのですが」
「あ、あの、えっと……」
戸惑うアウラに、シラヌイは思いを口にする。
「私は、あなたを力ずくで妻にしてしまった。世界のためとはいえ、その事実は、ずっと私の心の重石になっていました」
「重石だなんて、そんな。わたしはシラヌイさんの妻になれたことを、嬉しく思っています。誇りに思っています」
シラヌイは頷く。
「あなたがそう言ってくれることはわかっていました。その言葉が偽りではないことも。これは私の身勝手な思いです。ただのわがままです。ですが、男の意地でもあるのです」
「シラヌイさん……」
「私は、私の思いを、形にしてあなたに贈りたい。それが、この城です」
「あ、あのっ、わたしっ、突然のことで、何て言えばいいのか……」
アウラはただただ困惑していた。
「シラヌイさんの気持ちはとても、とても嬉しいのですが、こんな大きなものをいただいても、どうしていいものか……」
「一緒に暮らしましょう、ここで」
シラヌイの言葉に、アウラは目を丸くした。
「まずは、ふたりで。共に眠り、目覚め、時を重ねましょう。いずれは、子も共に」
「シラヌイさんとわたしが、ここで……」
改めて城を見上げ、うっとりと呟いたアウラは、何かに気づいて、「あっ!」と声をあげた。
「で、でも、わたしたちがここで暮らすようになったら、白虎の里も朱雀の里も、頭領が不在になってしまいます」
シラヌイは首肯して、言う。
「私は、ここを、朱雀の民と白虎の民が共に暮らす、新たな土地にしたいと考えています」
「えっ?」
「朱雀の里は、二つの民が暮らすには、些か手狭です。しかし、このミネルの丘なら、二つの民を合わせて、その数を十倍にしても余裕で暮らせるほどに広い」
「朱雀の里を、捨てるのですか?」
「朱雀の里は、朱雀の民にとっても白虎の民にとっても大切な故郷。捨てはしません。若い衆から有志を募って、移り住むのです」
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