二話 ⑥

「聞いたか、みんな! これが朱雀の頭領だ! 我らの頭領に勝るとも劣らない実力を示すだけでなく、白虎の民への親愛をも示された! 我らの頭領の夫に、彼以上に相応しい男はいない! 恩讐を捨てる時だ!」


 ブランの声が林に響き渡った。

 倒されていた男たちが、苦しげに呻きつつも起き上がり、片膝をついて頭を垂れた。


「我ら白虎の民は、朱雀の頭領シラヌイ殿の温情に感謝し、忠義を尽くすことをここに誓います」


 四人の中で一番の実力者だったベンが、恭順の意を言葉で表し、額を地につけた。他の三人、そして、ヒバリを捕らえていた男も、同様に額を地につけた。


「皆、顔を上げてくれ。今回の件は、私たちが真の家族になるための通過儀礼であったと考えている。しかし、暴力による解決を、私は望まない。今後は、皆の思いは、言葉にして伝えてもらいたい。私は誠意を尽くしてそれに応えよう」


 シラヌイは白虎の男たちを見回し、そう言った。

 男たちは顔を上げ、顔を見合わせた後、


「ははっ」


 声を揃え、改めて頭を下げた。

 シラヌイは長く息を吐いて、ヒバリを見た。

 ヒバリを捕らえていた男は跪いているが、ヒバリは腰の後ろで両手首を縛られたままだった。


「ヒバリ、芝居はもういい」


 シラヌイがそう声をかけると、


「んっ」


 ヒバリは両手首を縛る縄を、軽く引きちぎって、口を塞いでいた布を投げ捨てた。


「あれ? バレてた?」

「当然だ。彼らが本当におまえを力ずくで捕まえたのだとしたら、無傷でいられるわけがない。……彼らのほうがな」


 呪紙で火の精霊の力が著しく弱められたこの林に誘い込まれたのだとしても、ヒバリの実力なら逃げられたはずだ。そもそも、林に足を踏み入れたところで異変に気づいて、いくらでも対処できただろう。

 ブランなら。

 ブランとヒバリの魔術師としての実力は、五分。ブランが本気で挑めばヒバリを拘束することも可能だろうが、その場合、ヒバリは無傷ではいられない。

 ヒバリも白虎の男たちも無傷という時点で、シラヌイは狂言を疑っていた。


「どういうつもりだ?」

「ブランくんにお願いされたんだ」


 ヒバリが手首をさすりつつ答える。


「兄様の実力と人柄を、白虎の人たちに見せてほしいって」

「僕から説明させてください」


 ブランが立ち上がって言った。


「シラヌイ様も感じられていたと思いますが、白虎の民の中には、姉とシラヌイ様の結婚を快く思っていない者もおります。特に男たちは」


 シラヌイは頷く。


「わかっている。無理もない」

「彼らに、シラヌイ様が姉の夫に相応しい方であると納得してもらうには、まずはとにかく力を示していただくしかない、と考えました。自分より強い者に対しては、相手が誰であれ一目置く。男とはそういうものです」


 男たちを見回し、ブランは言葉を続ける。


「もちろん、シラヌイ様が強いことは彼らも知っていました。なにしろ、あの姉と渡り合い続けた方です。それでも、目の当たりにするか、自ら味わうことでしか実感できないこともありますから」

「こんなやり方はしてほしくなかったが」


 ブランは肩を竦め苦笑する。


「彼らには、抱えた感情を吐き出してもらう必要がありました。その上で格の違いを見せつけられれば、納得するしかない。とはいえ、正面から挑むにはあなたは強すぎる。なので、戦い辛い状況を設けさせてもらいました」

「火の精霊を封じ、ヒバリを人質に取った」

「ヒバリさんに人質になってもらったのは、あなたに、戦いに応じてもらうためです」


 ブランの目線を受けたヒバリが、片手の親指をぐっと立ててみせた。


「ですが、力ずくで彼女を人質にした設定は、さすがに無理がありましたね」


 ヒバリに軽く手を振ったブランは、シラヌイに向き直り、深く頭を垂れた。


「申し訳ありません。このような真似、本意ではなかったのですが、シラヌイ様への怒りを抑えきれず、行動に移してしまう者が出てしまいました」

「里に入ったところで氷の礫が飛んできたが、あれか」


 ブランは頷いて、目線を、灰色の髪を逆立てた青年――ラウムに向けた。

 あの氷の礫は彼の魔術だった、ということらしい。


「短慮を起こす者が一人出れば、後に続く者も出てしまいます。最悪なのは――」

「アウラの目の前で、白虎の民と私が戦ってしまうこと、だな」

「はい。そうなることだけは避けたくて、無礼を働きました」

「事情は理解した」


 シラヌイはブランの肩を叩こうとしたが、その手は空を切った。

 ブランが、不意に早足で前に出たのだ。


「姉さん!」


 シラヌイは振り返る。走るアウラの姿が目に飛び込んできた。


「シラヌイさん! 強い魔力を感じました。何があったんですか?」

「アウラ。フェンリルはどうしました?」

「見つかりませんでした。気配も感じなかったので、遠くに行ってしまったのだと思います。見間違いだったのかも……」

「それは、よかった」


 アウラに嘘をつくのは心苦しいが、仕方がない。


「それで、あの、この状況は……」


 片膝をついた格好の男たちを見回して、アウラは戸惑っている。


「ブラン。あなたも説明して」

「シラヌイ様に稽古をつけてもらったんだよ。みんな、朱雀の頭領の実力を、実際に見てみたいって」


 てらいもなく、ブランは嘘をついた。予め考えていたであろうとはいえ、顔色一つ変えずに嘘を言えるのはすごいと、シラヌイは内心で舌を巻いた。


「まあ、そうだったの。すみません、シラヌイさん。お疲れのところに無理なお願いをしてしまって」

「みんな、シラヌイ様の強さに感服していたよ。すごいんだよ、シラヌイ様は。魔術を使わずに彼らを圧倒してみせたんだ。魔術は凶器だから、たとえ稽古でも、家族である白虎の民に魔術を使うわけにはいかないって言ってね。カッコイイよねぇ。憧れちゃうな~」


 シラヌイは渋面になる。

 今のブランの台詞に嘘はない。嘘ではないが、それを口にしているブランの感情は、言葉とは裏腹だろう。

 ブランは言っていた。今回の戦いを仕組んだのは、白虎の男たちに抱えていた感情を吐き出させるためでもあると。

 彼の言う白虎の男たちの中には、ブラン自身も入っていたはずだ。

 魔力が軋み、歪み、精霊たちが悲鳴をあげるほどの激情にかられて、彼は大魔術まで使ってきた。

 見た目どおりの穏やかな青年ではないということはわかっていたが。


(なかなか、厄介な義弟だな)

「シラヌイ様にも、いい交流の機会になったって言ってもらえたしね。ですよね、シラヌイ様」

「あ、ああ」


 人懐っこい笑みを向けてくるブランに軽く引きつつも、シラヌイは同意する。


「それならいいのだけれど……」

「そうだ! 姉さん、温泉に行ってきなよ。シラヌイ様と一緒に」

「温泉?」


 オウム返しに訊ねたシラヌイに、アウラが答えた。


「はい。森の奥に、温泉があるんです。ヒバリさんもどうですか?」

「いえいえっ。あたしは遠慮しておきます。お邪魔虫にはなりたくないですから」

「邪魔だなんて、そんな」

「せっかくだから、ここはヒバリさんの言葉に甘えさせてもらいなよ」


 ブランに背中を押されたアウラは、


「ふ、ふたりがそう言うなら……」


 恥ずかしげに掌をすり合わせつつ、シラヌイに言った。


「シラヌイさん。温泉に、ご案内します」

「は、はい」


 アウラについて歩き出したシラヌイを、


「シラヌイ様」


 ブランが呼び止めた。


「姉を、よろしくお願いします」


 ブランはシラヌイの耳元に顔を寄せ、シラヌイにだけ聞こえる声量で言った。


「それは、もちろん――」

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