第32話 おじさんからの依頼②

「仕上げにグニグニして……よし、これで元通りだ」

「んっ」


 私の涙を拭きとってくれた。

 ありがとうだよ。

 メイルくんは優しいね。

 おじさんと違って。


「それでおじさん、今日はなんでここに来たのかな」


 ここにいるってことは、何か悩みがあるってことだよね。


「じゃあそろそろ本題に移ろう。えっと、プロソロさんは今回どういう──」

「プロソロ、呼び捨てでいい。だがおじさんはやめてくれ。コイツみたいに手遅れになる前に」

「じゃあプロソロ、今回キミはどういう用件でここへ?」


 メイルくんの質問。


「……なあ、その前に少しいいか?」


 むっ、間をおいてなんなのかな。

 

「それなんだが、コイツに席を外して貰うことはできないのか? 出来ればコイツ抜きで話を進めたいんだが……」


 私に聞かれたくないんだって。


 ふーん、そんなの、


「却下だよ」


 いきなり何を言い出すのやら。

 これだからおじさんはダメなんだよ。

 肝心なところでヘタレを発揮する。

 

「そうだね。ミチルは僕の助手だ。いてくれないと僕が困る」

 

 ほらっ、メイルくんの言う通りだよ。

 今さらだよ、観念しな。


「……だよな」

「別に誰にも言わないよ。お客さんのプライバシー第一。そこに関しては安心してほしいな」

「そうだね。ミチルの言う通りだ」


 お仕事だから。

 ちゃんと分けてるよ。


「はあ、いい加減腹くくるか。今日俺がここに来たのは、悩みと言うか相談なんだが……」

 

 なんだろう。

 

「なんと言うか、その、人間関係と言うか……なあ、よくある話だろ」

「もう、じれったいな。ハッキリ言わないと伝わらないよ」

 

 人間関係がどうしたのかな。

 勿体ぶらないでほしいな。


「その、まあアレだ、気になるヤツがいるんだ」

「気になる人?」

  

 それって好きな人?

 

「えっ、おじさんに?」

「ああ、悪いか。だから言いたくなかったんだ。ホントなんでお前がいるんだよ」

 

 気恥ずかしそうにポリポリしてる。


「ああ分かってるよ。似合わないって言いたいんだろ。俺みたいなのが恋愛なんて」

「そんなことないけど」


 ただちょっと意外ってだけで。

 てっきり私と同じでそういうの興味ないんだとばかり。


「いや、何だかんだ言って俺も良い歳だろ? 周りもそうだが、そろそろ身を固めても良い頃だと思ってな。まずはお付き合いから、で行く行くは……」 


 ふ~ん。

 よく分からないけどそういうモノなんだ。


「それで、その気になる女性って言うのは?」


 メイルくんの質問。

 うん、私も気になるよ。


「ああ、ステューシーって言うんだが。ギルドの窓口で働いてる」


 ふむふむ。

 

「ギルドの受付か。ミチル、知ってる?」

「ステューシーさん?」


 う~ん……

 あっ、聞いたことあるよ。


「たぶんあの人だね。ほらっ、前にギルドに行った時、メイルくんの並んだカウンターの隣にいた受付の人だよ」

「あー、ぼんやりだけど、あの人か」

「愛想は良いんだけど、端っこにいてあんまりパッとしない印象かな」

 

 受付員さんにして花がない。

 地味なイメージ。

 

「あの人が良いんだ。おじさん変わってるね」


 並ぶ人少ないし。

 私と違ってお仕事もあんまりできなそう。

 言っちゃ悪いけど他の受付員さんの方がいいと思う。

 

「まあ、俺も最初はどうも思ってなかったんだ。書類をよくぶちまけるわ、依頼の手続きにゴタついてクレームを貰うわ、お茶汲ちの時はぶっかけてくるわ。毎日叱られてよ。その度に頭を必死に下げて、誰かさんと同じでどんくさいヤツだなって」


 誰かさんと同じ?

 誰のことだろう、ミホちゃんかな?


「でも……なんだろうな。顔に出やすいんだろうな。良いことがあったら一発で分かるし、逆に酷く落ち込んでることもある。それがなんだか気になってよ」

 

 心配?


「上手く言えないが、気づけば目で追うようになっていてな。こんな事言ってるが俺自身もよく分からねえ」

「なるほど。つらいことあってもめげずに真摯に仕事に取り組むその姿。もうすっかり彼女の虜ってワケだ」

「まあ、そう言うこった」


 そっか。

 不器用だけど頑張り屋さんなのか。


 ふーん。


「なあミチル、お前なら分かるよな」

「いや、わたし女だし。共感を求められてもだよ」


 需要なんてわからないもん。

  

「ああ見えて隠れファンも多いみたいなんだ。よく野郎冒険者に絡まれているのを見かけるし、何なら前に食事に誘われているの見かけたな」


 まあ受付員さんだからね。

 多少の貢ぎ物くらいあるよ。

 

「そっか。なら早めに手を打たないと。こっちも何かアプローチするんだ」

「ああ。だがどうやったらいいモノか。女の口説き方なんて俺には一切分からねえ。女経験皆無なんて、んなこと同僚にも相談できねえし」


 今まで仕事一筋って感じだったからね。

 仕方ないよ。


「っていうか俺なんかがアタックしてもいいのか? 相手も迷惑なんじゃないか。たださえ目が合ったら逸らされるっていうのに……」

 

 ネガティブさん。

 

「つまり彼女にどうアプローチすればいいのか、それがプロソロの依頼ってことだね」

「ああ、何か頼む」

 

 依頼は恋のお悩み相談。

 おじさんの恋が無事に成就するよう私たちが──

 

「それにしても、本当に大丈夫か?」

 

 えっ?


「そういうのはまだ早いガキに、生意気で魔法だけが取り柄の助手、おまけに無口で不愛想な使用人。なあ、教えてくれよ。この中でまともな恋愛したことがあるヤツがいるのか?」



 むっ、ないけど。

 それがなんなのかな。

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