第27話 妖精さんからの依頼⑧

「むっ!」


 パチッ


「はあ……はあ……っ」


 なにこれ。

 心臓さんがあり得ないほどバクバクしてる


 ここは……


「ミチル!? ミチル!」


 メイルくん。


「ローズ! ミチルが目を覚ました!」


 そんなに驚いて、どうしたのかな。


「戻ってきた……はあ、良かった」


 らしくないね。


「あっ、まだ動かない方がいいよ」

「大丈夫だよ。んっ、別にこれくらいってどうってこと……」


 すぐ起きるから。


「ダメ」


 グイッ


 えっ……?


「ミチル、混乱してるだろうけどよく聞いて。キミは今まで悪夢を見せられていた。さっきまでのは現実で起きたことじゃなくて、悪霊が見せていた幻なんだ」


 幻?

 いや、それよりも距離が……


「でもキミは戻ってきた。自力で悪夢を跳ねのけて、悪霊に打ち勝ったんだ。すごいよミチル」


 そうだ。

 私あの時、メイルくんが助けてくれたんだ

 

「まあでも、あれだけ酷くうなされていたから、しばらくは休んでた方がいいよ」


 そっか。


「メイルくん」

「ん、なに」

「ありがとね、ただいまだよ」


 また会えて嬉しいよ。


「うん。おかえり、ミチル」


 メイルくん。

 

「──あの、横から水を差すようで申し訳ないのですが、そろそろこちらも」


 あっ、ロザリアさん。


 フイッ


 いや、別に。

 今のはそんなんじゃないよ。

 そういうのやめてほしいな。


 オホンッ


 ん、それで、


 ゴオオオオオ


 改めて、目の前にいるのは悪霊さん。

 

 相変わらず姿形は視認できない。

 でも周囲のゴミやホコリが人の形をして舞ってるから、そこにいるってハッキリ分かる

 

「さっきまでミチルの中にいて、取り憑こうとしていた。でもそれはもうやめたらしい」

「ええ。抑えつけるのに苦労しました」

 

 結構危ないところだったんだね、私。

 2人に迷惑も。


 ゴ、ゴゴゴ……


 むっ!


 ゴオオオオオ!!!


 まただ。

 最初に妖精さんを追い払ったヤツ。

 

 この咆哮。

 覚悟や勇気、戦意、風さんまで。

 こっちが準備してきたモノを全部後ろに吹き飛ばす。

 残るのは後悔と絶望だけ。


 この世のモノじゃない。

 関わった時すでに遅しさん。

 そう肌に直接伝えれてるような感じ。

 怖さだけなら、たぶんヘルハウンド以上。


 ……でも、うん。


「──無駄だ」


 メイルくんの放った一言。

 そう、たった一言。

 

 その言葉が、


「頑張ってるところ悪いけど、もう効かないよ、それ」


 あっさり止めてみせた。


「同じ手は食いません。残念でしたね」

 

 クイッ


「確かにキミの力はすごいよ。相手に恐怖芯を植え付けて、それを糧に力を増幅させる。今まで多くの人たちを……うん、考えてただけでゾッとする」


 窓やコップ。

 ガラス類が一斉に割れた。

 

「でも言ってしまえば、それはただ脅かしてるだけ。視覚や聴覚に訴えて騙してるだけだ。そんな安っぽいハッタリは僕らに通用しない」


 絵の中にいるシスターさん。

 真っ黒な目から、赤黒いドロッとしたモノが流れ出てる。

 

「そもそも本当に力の強い悪霊なら、直接僕らを操って攻撃すればいい。変に脅かしたりせずに。でもわざわざそうするってことは、できないんだ」


 物がたくさん飛んでくる。

 でもロザリアさんが前に出て、当たらないようにしてくれる。

 

「分かってるよ。キミに人をどうこうできる力はない。せいぜいそうやって物を投げるか、無機物に働きかけるのがやっと」


 一度攻撃を止めた。


「生き物相手には憑依しないと何もできないんだよね?」

 

 今度はガラスの破片。

 メイルくんの言葉で反射的に、私たちをグルッと包囲。


「風さん!」


 今度は私が。

 

「そうだ。キミは所詮その程度の霊なんだ」

 

 図星さん。

 気づいてるかな?

 メイルくんの罵倒でホコリの形が崩れてきてる。

 

 なんだ、ちゃんと対峙すれば全然大したことない。

 メイルくんの言う通りだよ。

 この悪霊さん、ただ自分を大きく見せたいだけの小物さんだ。

 

 その証拠に、ほらっ、

 

 ガアアアアアアア!!!


 はあ、悪霊さんさあ。

 困ったらすぐやるよね、それ。

 もうそれしかできないんだね。


 見なよ、みんなすっかり冷めてる。

 シラけてる雰囲気が分からないのかな?


 怖がらせるためにやってるんじゃなくて、図星を突かれて怒ってる。

 バレバレだよ。

 それじゃ怖くないし、ただみっともないだけ。

 癇癪起こしてる子どもと変わらない。

 

 そろそろ分かってほしいな。

 キミみたいな弱小幽霊さんなんかに、私たちは負けないよ。


 アアアアアアアア!!!


「メイルくん、相手を完全に封じたよ! 今なら行けるんじゃないかな!」


 チャンスだよ!


「行けるって、なにがさ」


 えっ?


「いや、だって今、実際に怯んでて──」

「どうしろと? 現に我々は今、霊に干渉する手段がありません」


 あっ、

 

「できる事と言えば精神攻撃くらい。すでにやってる」


 えっ、じゃあ……


 ゴオオオオオ!


 どうするんだよ、これ……


 ガタッ!


「うわっ!?」


 ガタガタッ!


 地面さんが揺れてる!?

 なにかな⁉ 急に建物が揺れ出したよ!?


「まずい、怒らせすぎたみたいだ」


 わわっ!? 上から色々落ちてくるよ!

 

 これって、

 

「もしかして家ごと私たちを!?」

「そうみたい。大変だ」

 

 そんな滅茶苦茶だよ!

 もっと後先とか考えようよ!


「壊れて困るのはそちらでしょうに。なるほど、これが俗に言う自爆霊とやらで」


 クイッ

 

「言ってる場合じゃないよ! なにドヤッてるのかな!」

「いえ、そんなつもりは」

「うるさいよ!」 

 

 もうっ! 結局こうなるんだよ!

 あーそうだよっ! 全部わかってたよ!


 もういいよ!

 早くここから脱出して──


 ギャアアアアアアア!!!


「わわっ!?」


 また咆哮!?

 もういいよ!

 キミ本当にそればっかりするね!


 ……って、あれ?

 悪霊さん、そんな叫び方だったっけ?

 なんかさっきまでと様子が違うような。


 これは、悲鳴?

 よく見えないけど、ホントに絶叫してるみたい。

 音源からして、上を向いて叫んでる?

 

 あっ、揺れが止まった。

 やっぱりやめたのかな。

 住み家を失うのが怖くなって中断した?


 違う?

 じゃあ一体、なにが起こって、

 

「妖精だ、妖精が戻ってきた」 


 えっ、妖精さん?

 

「怒涛のラッシュだ。まるで悪霊を食い破ってるみたいに」


 グシグシ、風さんをよく凝らすよ。


「わっ、ホントだ!」

 

 部屋中至るところに妖精さんたちが。

 いつの間にこんな。

 

 すごい速さで飛び交ってる。

 動けない何かに集団が群がって、まるでハチさんみたいに。

 

 速すぎてそれしか観測できない。

 とりあえず数の暴力で殴ってることはしっかりと伝わってくる。


 なにかな。

 さっきすぐ逃げ出したクセに。

 これじゃ、手のひらくるっくるっだよ。


「本来、妖精にとって霊なんて敵じゃない。虫をいたぶって遊ぶような、まして悪霊なんて高級玩具も良いところだ」


 ギャアアアアア!!!


「何を言われようと絶対に取り乱すべきじゃなかった。何が何でも平静を装うべきだったんだ」


 アアアアアアア!!!


「残念だったね。この勝負、動揺した時点でキミの負けだ」

 

 ピカンッ!


「うわっ⁉ 今度はなにかな!?」


 急に光って、まぶしいよ!

 

「うぅ……あっ!」

 

 なんか光ってる。

 悪霊さんと思わしき何かが青白く光って……


 視えてる!

 普通に視えちゃってるよ! 悪霊さん!


 アアアアア!!!

 

 光体がどんどん削られていく。


 至るところに開いた傷口が、燃える紙切れのように広がっていく。


 そこから多くの光が漏れ出て、膨大な力が外に逃げていくみたい。


 ガッ……ガガッ……


 そんな、無理だよ。

 今さらこっちに手を伸ばされても。


 もう、何も……


 ア……ガッ……


「あっ……」


 シュウウウウウ


 消えちゃった。

 

 真っ白な煙が、お空に昇っていく。


「ミチル、終わったね」

「うん」


  

 バイバイ、悪霊さん。

 あの世でよろしくね。

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