第26話 妖精さんからの依頼⑦

 扉の前、


「みんな、準備はいい?」


 メイルくんの最終確認。


 うん、覚悟は決めてるよ。

 大所帯で入るワケだからそこまで怖くない


 今は強い味方さんがたくさんついてる。

 みんなで力を合わせればきっと何とかなるよ。


 でも、


「ミチル?」


 ……ううん。

 

「もうどうにでもなれだよ、メイルくん」

「その粋だ。じゃあ入るよ」

 

 ギリッ、ギギギギ……


 開ける前の扉が、勝手に。

  

「メイル様」

「もう隠す気はないみたいだね。でもその方が好都合だ」


 さっきとは雰囲気が違う。

 まるでこっちの出方が分かってるみたい。


 何か邪悪なモノが、私たちを真上全体から見ているような。

 うぅ、明らかに敵意だよ。

 

「ご要望通り2階へ行こう」


 2階、昨日襲われたあの部屋だ。


 一歩一歩階段を上るたびに、軋む音がする。

 ボロボロだし、踏み向いたりしないかな。


 2階につくと、左に曲がって、一番奥の部屋。

 気のせいかな。

 黒いモヤのようなモノが見える。

 一段と嫌な感じがするよ。

 

 ガチャッ


 入ったよ、例の部屋。


 中は物で散らかってて、結構足場が悪い。

 私たちが脱出した窓は割れていて、破片が辺りに散らばったまま。

 あれから何も変わってない。


「ここにいるのかな?」


 気配とかは特に感じない。

 それとも、観測できないだけでちゃんといるのかな?


「いないみたいだけど、メイルくん」 

「変だ。妖精はこの辺だって言ってるけど」


 んっ、風さん曰く、妖精さんが取り乱したりはしてない。

 でもここにいるらしい。

 っていうことは、いるにはいるんだけど、まだ姿を見せてない感じ?


「やあ、また来てあげたよ」


 そう呼びかけるのはメイルくん。

 さっそく話かけてる。

 ホント肝さん据わってるよ。


「せっかくまた出向いてあげたんだ。いい加減キミも姿を出してくれないかな」


 そんな、何も挑発的なこと言わなくても。


 ……って、ん?


「まあこの人数だ。キミが怖気づくのも──」


 あっ!


「メイルくんっ!」


 私たちの前、部屋の壁の方!


「ほらっ、あそこ!」


 何もないところからホコリが舞ってるよ。

 

 風さんじゃない。

 徐々に大きくなって、歪だけど手と足がある。


 それが不格好な人の形になって……


「な、なにかな……」


 大きい、ザッと2メートルはあるよ。


 それに、


──ゴオオオオオオオ

 

 真ん中に大きな空洞があって、そこから低い呻き声のような音が聞こえてくる。

 まるで私たちを、見下ろすようにして立ってる。


「あの、メイルくん、これって……」


 ちょっとヤバいんじゃないかな。


「メイル様、早く指示を」

「みんなよく聞いて、今から僕の言うことを──」

 

 シュウウウウウルルルルル

 

「んっ⁉」

 

 ギャンッ! グギャアアアアアアア!!!


「わわっ⁉ なにかな⁉」

 

 なんだよこれ⁉ 咆哮⁉

 うそ、身体が後ろに流されるよ!

 まるで巨大生物に間近から吠えられてるみたいだよ!


「うぅ、耳さん痛いよ……」


 やっと鳴り止んでくれた。

 もう、開幕なんなんだよ。

 こういうの良くないと思うな。

 

「まずい、今ので妖精たちが」

「へっ? あっ」

 

 うわっ、ホントだ!

 妖精さんの反応ゼロだよ!


「うわぁ……」


 みんないなくなってる。

 何なら最初からいた妖精さんまでいない。

 そんな、冗談だって言ってほしいな。


 まずいよ。

 ほらっ、見てよ。

 また本が人知れず宙を……


「メイルくん! 早く私たちも撤退を──」

「ミチル! 危ない!」


 えっ?


 ガツンッ!


「うっ⁉」


 な、なにかな。


 急に頭に、衝撃さんが……


──ミチル! ミチル!


 ああ、メ……メイル、くん……

 

 





「──うっ、うぅ」


 ここは……


「そうだ私、さっきまで悪霊と」

 

 ごめんよ、気を失ってたみたい。


「いたた……」

 

 服に着いたホコリさんを払う。

 邪魔だよ、パンパンと。


「メイルくん、ロザリアさん」

 

 んっ、2人がいない。

 どこに行ったのかな。

 

 さっきと違う部屋にいるみたいだけど。

 なんだろう、この違和感。


 そうだ、色がない。

 ドアや暖炉、家具、窓に映る景色に至るまで。

 まるで灰色の世界にいるみたい。


 ここは一体……


 ──スッ

 

 いま後ろに何か。


 ガタッ


「むっ」


 物音。


 フワッ


 また髪を。


 フワッ


 ……何かいる。


 ギュッ!

 

「何か知らないけど、私を舐めないでほしいな!」

 

 私を誰だと思ってるのかな。

 あんまり調子に乗ってると痛い目見るよ!


 バッ!


「行くよ! 風さん!」


 タイマンならこっちだって望むところ!


 いざっ、決闘だよ!


「……って、あれ? 風さん?」


 シーン。


 おかしい、風さんが全く反応しない。


「どうしたのかな! 風さん! ほらっ、出番だよ!」


 えいっ、えいっ、えいっ!


 くっ、なんで出ないんだよ!

 こんなに呼んでるのに!


 えいっ!

 

「ぜ、全然でない……」

 

 そんな、もしかして魔法使えない?


 ──シュルルルルル

 

「あっ……」


 目の前に黒い霧のようなモノが集まって。


 シュウウウウウ

 

 この感じ、もしかして風さん?


 ブオンッ!


「わっ⁉」


 えっ……


 ブオンッ!

 

「わっ⁉ 危ないよ! 何やってるのかな!」


 なんで攻撃するんだよ!

 

「私が分からないのかな!」

 

 ダンッ!


「うぐっ⁉」


 壁に思いっきりぶつかった。

 い、痛いよ……

 どうしよう、制御できない。


「いっ~!」


 うぅ、クラクラするよ。


「あっ!」


 また来る!


 ガンッ! ガンッ! ガンッ!


「かはっ!」

 

 なんでこんなことするんだよ。

 さっきから標的違うよ。


 たしかに最近ちょっと扱いが雑だった気もするけど。

 

 やめて風さん。

 お願いだからやめてほしいな。


「うぅ……」


 ごめんよ風さん。

 少しだけ眠ろうね。


「痛いけど許してほしいな! 行って! 【放弾ショット】さん!」


 ボワッ……


「なっ⁉」


 不発!?

 そんな、やっぱりこれも出ない。

 

 ブオンッ!


「うがっ!」


 また……っ


 ガンッ、ガンッ、ガンッ!


 そうやって上下に叩きつけるのやめてほしいな。

 私、そんな頑丈じゃないよ。


「くっ、【ショッ──」


 ゴリュッ

 

「あがっ!?」


 杖さんが、私の腕ごと。


 腕が、グチャグチャにひん曲がって……


「ああっ!? あああああああ!」


 腕が! 腕がないよ!


「いやあああああああ!!!」


 こんなの私の腕じゃないよ!


 ボフッ、バンッ!


「うっ、ゲホッ、ゲホッ!」


 どうやって戦えばいいんだよ、これ。


 グ、グラ……


 どうしよう、私なんかじゃ全然歯が立たない。


 つ、強い……

 この悪霊さん、強すぎるよ。


「はあ……はあ……っ」


 意識が段々ボヤけてきた。

 もう足にほとんど力が入らなくなってる。


 ポタ、ポタ


「くっ……」


 なんでだよ、風さん。

 私、もうとっくに抵抗できないのに。

 私の知ってる優しい風さんは、無抵抗な人間をいたぶるような真似はしないよ。


「なのにっ、なんでこんな酷いことができるんだよ!」

 

 ねえ、応えてよ。


 なんでさっきからずっとだんまりなのかな


 ねえ、ねえってば!

 

「無視しないでほしいな!」


 ゴリュッ


「うぐっ!? くっ……もう、やめてよ」


 分かったよ。

 もう分かったから。

 

 これ以上は、もう……


──ズズッ


 なに、かな……

 

 壁に、人の影が。


──チル、キテ


 中を、ゆっくり歩いてる。


 こっちを見て、身体を向けた。


──カリ


 壁から這い出て、近づいてくる。


 あれ……?

 このシルエットって、


「ミホ、ちゃん?」


 なんでこんなところにミホちゃんが。

 こんな時に、絶対おかしいよ。


 ……でも、


 間違いない。

 ああ、このお日様みたいな。

 いつも私を迎えに来てくれる。

 今だって。


──ミチル、キテ


 そっか。

 こんなところにいたんだ。


 どうりで、探したよ。


──ハヤク、シテ


 うん、いま行くよ。


 この手を取って、私も──

 

 

──ミチル!


 ビクッ


 むっ! なにかな!


──負けたちゃダメだ! ミチル!


 この声って……


「メイルくんっ!」


 真上から聞こえる。

 どこなのかな!


「むっ! なにこの手! 汚いよ!」


 パシンッ!


 これミホちゃんじゃないよ!


──ミチル! 早く戻ってきて! ミチル!


 今の声、聞いたかな。


「風さん! もう一度私に力を貸してほしいな!」


 私の魔力を一点に! 全部!


 キュルルルルル!


「うぐぐっ……お願いだよ!」


 ルルルルルルル……ピカンッ



 応えて!

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