第3話 プロローグさん③
そして、
バタンッ
「ただいま~」
ここはいつも私が利用してる宿屋さん。
長期で借りてるだけなんだけど、今ではもうすっかり我が家。
う~ん……帰ってきたよ!
とりあえず、この窮屈なブーツを脱ぎ捨てて
バッ! バッっと!
ベッドさんにダ~イブ!
「はあ~、疲れたよ~」
色々あってヘトヘト。
もう動けないよ〜。
だけどそれはもうおしまい。
なぜなら~、フフッ。
ふかふかのベッドさん!
そう! このベッドさんが、柔らかい毛布が、疲れた私をこれでもかと甘やかしてくれる!
こんなのって中々ないよ!
「う~ん!」
コロコロコロ〜♪ コロコロコロ〜♪
コロコロの舞~♪
──ドンッ!
ピタッ
あっ、お隣さんだ。
なにかな? 壁なんか叩いちゃって。
今日も元気だね。
まあいいや。
「……はあ、色々あったな~」
ゴロンッ
お昼前に大声でリーダーと喧嘩して、パーティを脱退。
「ミホちゃん……」
グスンッ
と思ったら、今度は貴族の屋敷でお話。
それで家主が居留守だからまた明日も来いだってさ。
こんなことになるなんて、昨日まで想像もしてなかったよ。
環境が変わるのって案外あっという間なんだね。
それと、今日の使用人さんとのお話……
色々ボロも出てたけど、大丈夫だよね。
お皿とかも特に割ってないし。
とりあえずまた明日。
うん、明日の私に期待しようかな。
明日の私はすごいから、きっと上手くやってくれるはず。たぶんそう。
一応、家主に合わせてくれるって話だから大丈夫だってことだよね。
ダメなら初めから合わせてくれないだろうし。
まあBランクだから当然かな。
このまま無事に採用されるといいんだけど……
いや、心配したってどうにもならないよ。
どうせ何もしなくたって明日すぐにやってくるんだから。
大丈夫、私は大丈夫だから。
今日はもう、このまま……
うん、ゆっくり休もう。
んじゃ、夕飯はもう済ませてあるし、明日も早いし、ベッドさんはふかふかだし。
そう、みんなが可愛くなれる時間。
ランプの明かりを、フッ
明日も良いことあるよね、ミホちゃん。
おやすみなさ~い。
ZZZ……
ZZZ……
「……あっ」
パチッ
お風呂、まだだった……。
──次の日、スキップしたよ。
「こちらになります」
ゴクリッ……
約束通り、今日も屋敷に来た。
私は今、ここの主がいる部屋の前に立ってる。
うぅ、今さらだけど緊張してきたよ~。
怖そうな人だったらどうしよう……
「旦那様、お連れ致しました」
昨日の人は初見さん怖そうだったけど、話してみると案外そうでもなかった。
今日もそうだと良いんだけど……
「では、ごゆっくり」
パタンッ──。
広い部屋。
だけど少し大きめなテーブルがあるだけで、他には何も。
よく分からないけど、骨董品?
絵とかが一つも置かれてない。
でも、なんだろう。
中は綺麗にされてるし。
これはこれでシンプルに貴族らしい部屋、なのかな?
「──キミがそうか。待っていたよ」
中にいるのは……全体的にシュッとしたおじさん。
こういうのダンディって言うのかな?
パッと見だと人当たり良さそう。
「はい」
うん、座らせてもらうよ。
昨日みたいな感じで向き合うように。
面接形式だよ。
「たしか紅茶で良いんだったね」
「えっ? あっ、はい……」
紅茶って……
うわぁ、昨日のまた……
ちょっと勘弁してほしいかな。
「私はメッセ=アドレウス。一応このアドレウス家の現当主をやっている者だ。よろしく」
「ミチル=アフレンコです。こちらこそよろしくお願いします」
この人がここで一番偉い人か。
良かった、感じの良さそうな人で。
「ふむ、ロザリアから話は聞いているよ。まだ若いのにしっかりとした、元気なお嬢さんだってね」
「そうなんですか」
あれ? たしか昨日の私、結構ダメダメだったんだけど……
アレでしっかりしてそうに見えてた?
そっか。
あのロザリアさんって人、なんだかんだで私の本質をちゃんと見抜いてたんだ。
こう見えてしっかり者さんだって。
フフンッ♪
しっかり者さんな私。
この絶妙な間で、出された紅茶を一飲み、
ズズッ
ん……あれ?
この紅茶、昨日と違う。
昨日みたいな強烈な苦みがない。
むしろスッキリしていて、
「美味しい……」
「そうか。気に入ってくれたようで何よりだ。自分で入れた甲斐があるってモノだよ」
あっ、この人が入れたんだ。
「上手なんですね。その、紅茶作るの」
「ありがとう、まあ軽い趣味みたいなモノだよ。よく使用人たちに勝手に振舞っているのだが、らしくないと鼻で笑われる」
「それは、そうでしょうね」
私もそう思ったよ。
当主なのにらしくないって、フフッ
「……あっ、すみません」
しまった、つい鼻で。
「別に構わないよ。にしてもキミは……フッ、本当にロザリアの言った通りだな」
「えっ……」
うわっ!?
鼻で笑い返された⁉
「ロザリアさんが私を? なんて言ったんですか?」
陰口かな?
「いや、気にしなくていい。とにもかくにも彼女が決めたんだ。問題ないのだろう」
うん?
「さっそくだがお願いしたい。今回キミを雇いたいワケ、仕事の内容についてだが……」
それは……うん、気になるよ。
大事なことは全部後日説明。
げんに私は今、何も知らないでここにいるワケだし。
「はい」
でも、なんだろう。
この胸のトキメキ。
よく分からないけど、ワクワクしてる自分がいる。
「……と、その前に。一つ話しておきたいことがある」
「ん?」
なにかな?
「私の息子についてだが……」
「お子さん? それって廊下に飾ってある……」
「ああ。名前はメイルと言ってな。我がアドレウス家の長男、大切な一人息子。今年で12歳になる」
12……私と4つ違い。
一人っ子なんだ。
へえ~、なんか大変そう。
「急な話で悪いが……私は妻を亡くしていてね」
「えっ……」
「不治の病だった。それもメイルがまだ幼い頃に。私も最善を尽くしんたんだが……」
「そうなんですか……それは、辛い、ですよね」
そっか。
お母さん、もういないんだ。
たぶん……ううん。
きっと、私じゃ想像もつかないくらい……
「出来る限り愛情を注いだつもりだ。だがいかんせん片親では限界がある。加えて私自身忙しい身でね。使用人に頼りっぱなしで、あの子と十分に向き合う時間がない。情けない親だと笑ってくれて構わないよ」
「そんなことは……」
貴族なんだもん。
仕方ないよ。
「加えてあの子自身、元々どこか冷めていると言うか、子どもにしてはやけに達観しているところがあってね。妻を亡くしてからそれがさらに顕著になってしまった」
んー、大人ぶってるってことなのかな?
「おそらく合わないんだろう。同年代の子どもたちとは一切遊ばず、いつも1人書斎で本ばかり読んでいる。人付き合いが苦手な、そういう子だ」
言われてみれば、たしかに。
あの絵だとそんな感じだった。
完全に偏見だけど、あまり笑わない子って感じ。
「しかし、親の私が言うのもアレだが、とてもしっかりした子どもだ。だがその分、私に心配をかけまいと、『自分はもう大丈夫だ』と、無理をしているようにも見える」
流石にまだお母さんのこと忘れらないよね
「もうここ何年、あの子の笑顔を見ていない気がする。そんなあの子が、私はとても心配で……」
うぅ、どうしよう。
思ったより重い話だよ……
さっきまでワクワクしてたのが申し訳なくなるよ。
「そんなある日、自分の探偵事務所を持ちたい、とあの子から言ってきてね」
「探偵事務所、ですか」
また急だね。
「ああ、私も驚いたよ。おそらく本の影響だろう。いつになく目が輝いていた。まだ子どもらしさが残っているようで私も嬉しかったよ」
「へえ~、なんだか可愛いですね」
「ああ」
ちょっと無茶なお願いな気もするけど。
「探偵事務所……何が目的なのか皆目見当もつかないが、妻を失って以来、久々のあの子からの頼みだ。私としてはぜひ叶えてあげたい」
「……なるほど」
ふむふむ。
「どうだろうか? 1人の父としての願い、頼んではくれないだろうか?」
うーん……
そんなの、答えはとっくに決まっているよ
「分かりました。要はお子さんの用心棒をすればいいんですよね」
「まあ端的にはそうだ。少々気難しいところもあり苦労をかけるかもしれない。だが良い子なことは私が保証する。お願いしていいかな?」
「もっちろん! 任せてください!」
フンスッ!
「おお、そうかそうか! いや、とても助かるよ。ロザリアだけでは正直不安だからね。彼女の他に腕の立つ者がいるのは大変心強い」
聞いたかな? 今の。
腕の立つ凄腕冒険者だって。
ンフフッ、そっか〜。
そっかそっか~。
うん!
うんうん! うん!
なんたって私はBランクだからね!
「はい! 大船に乗ったつもりで、ドーン! と任せてください!」
あなたのお子さん。
何かあっても絶対に。
「たとえ私の命に代えても必ず守ってみせます!」
「ハッハッハッ! それは頼もしい限りだ。妻もきっと喜んでいるだろう」
「はい!」
エッヘン!
「……オホンッ! では、これから息子のガードマンとしてキミを正式に雇い入れるワケだが。その間はここで寝食を過ごすといい」
「えっ、良いんですか?」
「無論、キミが良ければの話だが」
「そんな、私としてもすごく助かりますけど……」
寝食の提供。
なにもそこまでして頂かなくても……
「なに、全ては息子のためだよ。色々と惜しまないつもりだ」
それにしたって限度ってモノが……
「ああそれと、キミの報酬についてだが」
むっ!
「月払いで……」
ゴニョゴニョゴニョ……
お金の話は内密に。
ちょっと教えられないかな。
お給料は……ふむふむ、なるほど。
私が冒険してた頃の大体5倍くらい。
ふ〜ん、5倍か~。
5倍、5倍……
「って……えぇっ!? そんなに!? そんなに貰っていいんですか!?」
多すぎだよ!
超待遇かな⁉
「当然だ。キミは大事な息子のガードマン、十分見合った対価だ」
「でも……」
そんなの、世間が許してくれないよ。
もっとこう、相場とか照らし合わせて……
「なに、遠慮はいらない。これからはキミも我々の一員。他の者と同様、自分の家だと思ってくれて構わない」
「そ、そんな……」
「どうだろう、どうせならこの際もっと多くしても……」
「い、いいえ! それで十分です! むしろ十分すぎます!」
オーバーだよ!
「そうか、ならいいが……おっと、紅茶が冷めてしまったね。入れなおそう」
えぇ……
凄すぎだよ……
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