第18話
黒ずくめにクラバットだけが白い魔王――ユリウスの登場に、ざわめくのは集められた貴族や議員たちだった。今ここで魔力解放なんかされたらたまったものじゃない。だけどそんな私達の様子には目もくれず、ユリウスは玉座に向かって一礼をした。呆気に取られていたスーベンク王はそれだけではっと我に返り、ごほんっと咳払いをする。まさかこんな若造の姿で魔王が現れるとはおもってもみなかったんだろう。私達だってそうだ。美貌の魔王は私達を睥睨する。私はクリストファー様の陰に隠れる。なるべく目を合わせないようにして。
「聞いての通り、魔王ユリウス殿である。この度は休戦協定の為、城にやって来てもらった。辺境の国境戦は、これにて一時休戦となる」
はぁ!? と言いたいのを必死にこらえて、ざわざわしている人々に混じりたくなる。勝手に休戦って。いや戦うよりよっぽど良いけれど。とりあえず領土も守れたし、面目躍如ではあるんだろうけれど、亡くなった兵を思い出すとちょっと嫌な気分が込み上げてきたりもする。戦いに飽きた魔王。じゃあ彼はそれまで飽きていなかったのだろうか。不在だった魔王。何処に行っていたって言うのか。
大体『一時』休戦ってなんだ。一時って。また戦争を仕掛けてくるつもりがあるって事じゃないのかそれは。解らない。この魔王が何を考えてそんな申し入れをして来たのか、まったく理解できない。
「王。一時休戦と言う事は、次の可能性が無いとは限らないと言う事ですか」
クリストファー様が訊ねると、ひらひら手を振って見せたのはユリウスの方だった。袖からレースが見えている。こちらに合わせた格好をしてきた。本性はやっぱり竜みたいなのかもしれない。それにしても無駄に整った顔してるな。芸能人みたいだ。ミーハーな事を考えている場合ではないけれど、その海より空より青い目は綺麗で、ちょっと見惚れてしまう。
いかんいかん、魅了されてるんじゃなかろうな私。クリストファー様の瑠璃色の目を見上げると、きりっとしていた。あー綺麗。こんな深い青色の目は、知らない。多民族国家じゃなかったしなあうちの国。偶に不法在留の摘発があったけど。
「一時を往時に出来るのか、決めるのは人間の方だ。今回は我々が領地を求めたことから戦争が始まったが、そちらから起こしてくる可能性も無くはないだろう。何せ我らは相容れない同士だ。もしもそちらがあの恐ろしい兵器を使って攻めて来るとしたら、こちらも戦争の準備はあると言うだけ」
「ぬけぬけと良くも言う」
「まあ俺この戦争関わってなかったしな。いつの間にか始まってたからあわてて平定しに来たってのが正しい。信じてもらえなければ仕方がない。魔族の信用なんてないも同然かも知れないがな」
「それは――」
「と。その鎧を着ていると言う事はお前がクリストファー辺境伯か」
「……その通りだ」
「出来れば返して欲しいところだが、無理だろうな。これでも幼馴染の皮ぐらい弔わせて欲しかったんだが、無茶な話だろう。精々大事に使ってくれ。それと、後ろにいるのが『白衣の天使』殿かな?」
「ぇあっ」
突然話を振られて私は思わず変な声を出した。いかんいかん、と、わたしは一歩前に出てクリストファー様と並ぶようにして細い体を精々気丈に見せる。クリストファー様は心配そうにしていたけれど、私はにやりと笑って見せた。大丈夫、大丈夫。姿の所為かそんなに怖くないし、魔王。
しかしそうか、幼馴染の皮か。そう言う捉え方も、向こうには出来るんだよなあ。そう思うと本当に不毛な争いだった。国境線は確保できたけれど、払った犠牲は大きい。死人だって出ているし、怪我人も出た。そう思うとその美貌に目を奪われている場合じゃない。
ひゅんっと翼を鳴らして私のすぐ近くまでやって来たユリウスは、私の顔を覗き込んでにっこり笑う。背は、クリストファー様より少し低いと見えた。細身で青白い顔をして、長い睫毛は数えられそうもないぐらいびっしりしてる。ビューラー掛けたい、ビューラー。
「お初にお目に掛かる、『白衣の天使』殿。この十日間は随分と我らを苦しめてくれたようだな」
「貴様、妻に近付くなッ!」
「おっと平定の場で剣に手を掛けるのは良い選択じゃないぜ、クリストファー・セルシウス辺境伯。何も獲って食おうとしてるんじゃない。ただの挨拶だ、こんなのは」
旦那様の鎧を掴んで、私はふるふるとその剣に掛けられた手を離させる。大丈夫、大丈夫。苦く笑って見せると、むうっとした顔で手を放す。
「あの気球を使った兵器は恐ろしいなあ、敵なしだった竜の軍団の頭を取って来るとは流石に想像もしなかった。城に付ける兵器であるところの石弓を小型化して翼の起こす風を突っ切ると言うのも中々に脅威だったようだぞ。それらの兵器開発に関わったのもあなたらしいじゃないか、『白衣の天使』。否、天使であるのは人間にとってだけで、俺たちにとっては白い悪魔と言ったところだがな」
「貴様、妻を愚弄するか!」
「褒めてんだぜ。こんな時代にそんな兵器を考え付いた事に、な」
時代?
不在だった魔王。
まさかだけど、まさかだけれど。
この人私と同じ――
「だがやりすぎではあった」
途端に冷えたその声にゾッとするのはホールに集められた一同だ。青い目は私を見下ろしてにぃっと笑って見せる。冷たい笑顔だった。さっきまでのどこか楽し気な私を褒める態度とは打って変わって、そこには魔族を統べるものとしての凄味があった。
魔王。魔王、ユリウス。魔族を統べる王。
この男が戦場に出ていなかったことを幸運に思う。魔族は興奮し、竜は歓喜し、手が付けられない状態になっていただろう。そして戦いに飽きてくれたことを僥倖と思う。多分今の技術では魔族が人間に勝てないと踏んでくれたのだろう。自分の影響力をあまり理解していないのかもしれない。だとしたらそれもまた、幸運だ。
こんなのに、こんな王に鼓舞されたら、きっと私達は負けていた。確実に、そう確信を持てる。
そのぐらいに魔王の圧と言うものは強くて――クリストファー様も、怯んでいる様子である。
またニカッと笑った顔は、その圧をひらっと消してしまっていた。あまりの温度差に私達は拍子抜けする。彼が懐から出したのは、やっぱり羊皮紙の、署名状のようだった。なんだろう、と思ってみると、字が細かくて見えない。クリストファー様がそれを受け取ると、そこには休戦協定状と書かれてあった。
互いに互いの領地を尊敬し、これを破ることなかれ。さすれば人とは関わるまい。ただし不意の事故や迷子などはこれに含まれない――。
自分達から進撃してきた割りに、大分自由な協定だ。だけどこれで戦争が終わるのなら安いものかもしれない。慰謝料ぐらいは貰っても良さそうなものだけれど。こっちは一方的に攻撃されていたんだ。最後は一方的に殲滅したけれど。だけどそれだけで許されることではないだろう。こっちは出費ばかりだ。亡くなった兵達の年金も出さなきゃいけない。
「随分不公平な休戦協定だな。こちらもこちらで疲弊していると言うのにそのことは一切書かれていない」
「それはこっちだってそうだ。稼ぎ頭がいなくなった家庭には年金も出さなきゃならん」
「それはこちらとて同じことだ」
「だからこそこれがイーヴンって所じゃねえの?」
署名の箇所は三つ。一つはユリウス、すでに名前は書かれている。一つは王、一つはクリストファー様。仕方なさそうに机代わりの台に向かったクリストファー様は、さらさらさらっと自分の署名をする。そしてそれは家令に渡され、短い階段を上がった場所にいる王へと手渡される。王も少し眉根を寄せたけれど、結局署名した。
戦争が終わった瞬間だった。
「それじゃあ残るは後片付けだな」
「へ?」
クリストファー様が離れていた僅かな瞬間、私は魔王に肩を抱かれひょいっとお姫様抱っこされてしまった。
そして、バサリと大きく広げられた羽が、風圧で窓を破壊する。
「グレタ!?」
「クリストファー様!」
そうして私は――
休戦の席で、魔王に攫われた。
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