第13話
昼間まで仮眠して、昼食を終えると私は傾聴に走った。前回の倍ぐらいいる傷病兵に、丁寧に話を聞いて行くと、石弓も気球も一定の成果を上げていたらしいのが分かる。それがちょっとだけ嬉しくて、私は笑ってしまった。でも笑い事じゃないのは戦っている兵士達だろう。こほん、と息を吐いて、その二つの欠点も訊いてみる。
「気球は正確に龍の上にガソリンのタンクを落とせないのがちょっと怖かったです。自分達も巻き添えになりそうで」
「やっぱりそうですよね……。次の戦線からは新型の爆薬を使うそうなので、そこは安心してもらって大丈夫だと思います」
「本当ですか? なら良かったー。石弓は昨日は大丈夫でしたけど、雨が降ったりしたら足が滑りそうな感じでしたね。でも威力は強かったです。火の効かない火竜には羽の内側からうん……毒の塗られた矢で一発、って感じで。そうすると地上の戦闘に集中できるから、僕でもゴブリン二体とオーガ一体倒せたぐらいでした」
「戦場でうんちは臭いですよね……すみません」
「大丈夫ですよ、戦場でなくても臭いですから」
「それもそうですね。あははっ」
「へへっ」
まだ若い兵隊さんは笑って私を見てくれる。奥様じゃない看護師の私を見てくれる。それはちょっと嬉しかった。今までちやほやされていた分、しっかり働かないと。私は辺境と言う戦地の住人なのだ。それを忘れてはいけない。
救援が来るのは三日後ぐらいだと聞いている。手傷を負った魔王軍はおそらく間に合うまい、と言うのが私の感触だった。石弓使った本人であるエーギルさんにもお話聞きたいんだけど、どこにいるんだろう。一通りメイドさん達と一緒に傾聴を終え、紙を纏めて共通項は削除して清書する。堕ちた火竜の屍から剥ぎ取って来た皮で、クリストファー様は新しい鎧作りだ。
先にアクセルさん達かな、と、庭を見下ろすと、石弓の練習隊が出来ていた。いつの間にあんなに量産したんだ。思いながら私はゴムバンドを使ったそれを眺めてみる。量産に使ったと言う事は、悪い心地ではなかったと言う事なのだろう。進言してみて良かった。思いながらとてててと外に出る。アクセルさんは石に座ってさかさかさかっと石弓の絵を描いていた。
「まだ改良するんですか?」
「おお、グレタか。いや、歩兵に持たせる簡易なものもあったら便利かと思ってな。しかしいかんせん腕力が必要だから、若いもん向けじゃ」
「その石弓の感想を持って来ました。良ければ参考までに」
「現場の声は良いな、ありがとう、どれ読ませてもらうよ」
「バルタザールさんってどこにいます?」
「離れの工房でミシンをフル稼働させとるわい。昔から負けず嫌いでいかん、あいつは」
お互い様だと思うけどなあ、思いながら私は初めて認識した工房を見る。グレタも無視していたような場所だ。何があるのか分からないのにドキドキしながら、私はドアを開けてみる。
おばあちゃんの家にあったような足漕ぎ式のミシンで作っているのは、気球のようだった。こっちは改良を加えずに行くらしい。まあ落とすもので竜の頭を取ってしまえば良いんだから、とくに必要な改造は要らないだろう。強いて言うなら小型化か。それなら解らんでもない。どっちも量産化で勝負を仕掛けて行こうとしているのは同じだよなあ、アクセルさんもバルタザールさんも。
がががががっと動くミシンの中、やっぱり設計図とにらめっこしていたバルタザールさんの肩を、私はぽんぽん、と叩く。周りの騒音で聞こえていなかったらしい私の来室音に、おおっとバルタザールさんは驚いて見せた。総勢十台以上はあるミシンの音に囲まれていたら、解るものも解るまい。
「兵たちの感想です、一応持って来ました!」
「おお、すまんなグレタ! アクセルの方はどうだ!?」
「同じようなものを渡してきました! あと、エーギルさんの感想も聞きたいんですけれど、どこにいるかご存じないですか!?」
「恐らく森で剣でも振っとるだろう! これからの戦場には必要ないかもしれんのになあ、真面目な奴よ!」
「じゃあ行ってきますね!」
「ああ、気を付けてな!」
大声でしゃべり合い、私は離れの小屋を出る。森の方、と言うと、あの熊が出た方だろうか。ちょっと怖いな、と思っているとそんなことはなく、エーギルさんは森をちょっと入ったところで剣を振り回していた。
鈍器としての使い方。刃物としての使い方。両方をしながら、剣舞をしている。格好良いな、と思わず見とれていると、エーギルさんはうん? と私に気付いたようだった。視線が解ったのかもしれない。歴戦の、兵隊さんだから。
「ちょっと傾聴しても良いですか?」
「ああ、あの戦果を聞く奴か」
「まあそんなところです。エーギルさんはやぐらで石弓だったんですよね、昨晩は」
「ああ、ちょっと重くて老体には堪えたが、中々良い武器だったぞ。竜の羽なんて簡単に貫通していたしな。それにあのゴムが良い。これはアクセルにも話したことだが」
「アクセルさんも量産型にはゴムのバンドを使っていたみたいですよ。先に武器職人に手ごたえを伝えるとは、流石に歴戦の雄ですね」
「よせやい、照れるじゃないか。まあ敵がでかいから大雑把な照準でも当たりに来てくれたのは良かったな。しかし地上で暴れる小竜には少し狙いが付けづらい」
「その為に、改良型はなるべく小さくして反動も少なめにして作っているみたいでしたよ」
「抜け目ないのう、ほっほ」
しかし反動の強さは弓の強力さと直結している。小竜相手なら大丈夫だろうけれど、鎧を作れるほど頑強で巨大な竜には、やっぱりまだやぐらの要る大弓が必要だろう。もっとも私はこれ以上作戦立案に関わるつもりはないから、それは気にしなくて良い事だけれど。
だけどー。気になるー。どうなっちゃうのかー。もしかしたら次の戦いからも帰って来られない人がいるかもと思うと、口出ししたくなってしまう。何の権限も経験もないのに。
そうだ、私は私の経験が生きるところで働かなければならないだろう。私は看護師、看護のプロだ。外科手術はちょっと覚束ないけれど、単純骨折や打撲、切り傷には強い。そう言う私を押し出していこう。クリストファー様が私なんかに頼らないように。アクセルさん達の邪魔にならないように。
私は看護師。 わが生涯を清く過ごし、わが
良い事をしたからだとエーギルさんは言っていたけれど、私は何もしていない。ただ指示を聞き指示を伝え、自分に出来る事をして来ただけだ。夏には熱中症の患者さんを看護し、冬には凍傷の患者さんを看て来た。お金が無いから入院が出来ないと諦めて行く人たちを見て来たし、末期で殺してくれと唸りながらも家族の要望で延命措置を施される人たちを見て来た。
それに比べればここはまだまだましな場所だろう。結局は城で、病院ではない。いつか回復するだろう人達しか背負っていないのは、気が楽な事だと言えた。夜の食事は摂らない兵達。もしも戦場に出て怪我をしたら腹膜炎になっちゃうから。そんな知識はあるのだ、ここの人達だって。何が起こる解らないから最善の準備を。最善の装備を。最善の防備を。
だけどそれが本当に役立つかは分からない。魔王軍だって次には対策を講じて来るかもしれない。そうなったら次の策をこちらも練らなければ。いたちごっこで終わりが見えない。でも解ることはある。
お互いに滅ぼし合ってしか生きていけないんだろう、私たちは。
どちらかが全滅するまで、戦いは続くのかもしれない。
不在の魔王の帰還と共に。
すべてが鎧袖一触、されてしまうのかもしれない。
クリストファー様は、それを切り抜けられるだろうか?
私たちは、無事にいられるだろうか。
怖いとは言えない。でも思ってしまう事も止められない。
私は気丈な辺境伯夫人でいなければならないのだから。
せめて援軍が辿り着くまで、ここの人達の世話をしていよう。
それが私の、仕事なのだから。
いつまで経っても終わらない、地獄のような仕事だった。
それは今も同じ。
地獄のような場所をさまよう兵達の、少しでも力にならなければ。
だって私はもう、グレタ・セルシウスなのだから。
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