第12話

 怪我も無くシャワーを浴びて朝食をもりもり食べるクリストファー様がなんとも頼もしくて、なんだか私もにこにこしてしまう。と、顔を見ているのに気付かれて、どうした、と訊ねられた。いえ、と前置きしてから、私は素直に自分の感情を吐露する。


「怪我も無くご無事なのが嬉しいだけですわ、クリストファー様。ところで実際のところ私の作戦、役に立ちました?」

「ああ、ガソリンはものすごい勢いで竜を落としていったぞ。火竜には毒の砲弾が次々に刺さって、墜落したほどだ。武器もきっちり研いでいたから、ケンタウロスも首を落とせるほどにな。とにかく突然のこちらの装備に驚いて、連中散り散りになって逃げて行った。爽快だったな」

「でも、死人が出てしまいました」

「……そうだな。母数が大きいと少なく感じられてしまうが、せめて家族に年金を出さなければな」

「でしたら私の宝石類を売りましょう。こんなご時世に、手元にあっても仕方のないものですから」

「……お前は本当に変わったな、グレタ」

「お嫌いですか? 血みどろのドレスで駆け回ってる私」

「否、心強い。支えられているとでも言うのかな。孤独感が薄れていて、一緒に戦ってくれているのだなと思えるようになった。実際病室も戦場だろう。そこでよく戦ってくれていると、感謝している」


 おいおい感謝とか言われちゃったよ小恥ずかしいなもう。私は私に出来る事をしただけ、戦略なんか練られないし血まみれのワンピースで飛び回ることしか出来ない。ちなみにそれも今はオキシドール漬けにされて乾かしている最中だ。私は地味な色のデイドレスを着て、ほつれた髪も括り直してもらって、ただ城にいるだけ。ワンピースは洗い替え用にもう一着買ってきた方が良いな、それと宝石の換金もしに行かなくちゃ。否、それは市場が安定するまで待った方が大きなお金に換えられるか。とりあえずワンピース。ドレスは着慣れなくてつっかけちゃいそうだし。ヒールの低い靴はあったから、歩き回るのに躊躇はない。

 昼には兵達も落ち着いているだろうから、昼食が済んだら傾聴しに行かなくちゃな。でも今回の負傷者は結構な人数だ。投入数が多かっただけに。それもメイドさん達に手伝ってもらおう。


 ぱくんっと最後のパンの一かけらを食べてから、思わず手を合わせたくなるのを我慢しつつ私はごちそうさまをする。ほぼ徹夜だったから、私も昼まで眠っていよう。エーギルさんはどんな武勇伝を話してくれるかな。アクセルさんとバルタザールさんにも傾聴結果を渡して、石弓の改良点や、やぐらの見直しをしなければなるまい。完璧に勝ったとは言えないのだ。逃げられた、追い返せただけで、防衛が成功しただけで、攻め入ってはいない。


 やぐらを移動式に出来ればどうだろう、なんて考える。でもそれじゃ車輪を付けたとして、石弓の反動が逃がせない。むしろ危ない。やっぱり大砲を、と思ったところで、はたと気付いた。援軍の事だ。


「クリストファー様、そう言えば援軍の方々って何か持って来て下さるんですか?」

「新しく開発されたらしいニトログリセリンを使った爆弾と、当面の水や食料、と聞いている。それとお前が早馬で頼んだ破傷風のワクチンだな。あと移動式の大砲が十機と聞いている」

「ダイナマイト発明されたのか」

「だいな?」

「あ、いえ、なんでもないです。鎧も全員分ありますよね? こちらで用意しておく必要があるのは起居するお部屋だけで」

「ああ、城には部屋が余っているからな。今病室に使っている程度の部屋が、あと三つはある。全員負傷しても何とかなるだろう」

「後方に下げた兵達は?」

「そちらで専門的な治療をして、途中から加わって戻ってくる予定だ」

「なるほど」

「……また何か計略か? グレタ」


 ニヤニヤした顔で見られて、まだそんなのありませんよ、と一応言っておく。ガソリンよりもダイナマイトの方が良いな、気球に乗せるの。暴発の危険が無い。幸い今回は気化したものが熱気球の火に引火することはなかったみたいだけど、いつまでも幸運が続くとは思っていられない。日和見は禁物だ。

 でもそれらが私の指揮下でないのも事実だ。私が出来るのは、傷の手当て。それをしっかりと覚えておかないと、痛い目を見る。そうだ、傾聴、アクセルさん達にも手伝ってもらおう。武器職人ならではの視点があるかもしれないし、メイドさん達も少し休むことが出来る。


 朝食が終わって昨日三人で武器考案を行っていた部屋に行ってみると、何やら喧騒が聞こえた。どうしたのかと覗いてみると、エーギルさんもいる。何だ。一体何事だ。


「だから俺の作った石弓の方が役に立ったと言ってるだろうが!」

「いいや俺の作った気球だね! あちらを量産体制に移せばもっともっと魔族を減らせる! 広範囲の攻撃は圧倒的に有利だ!」

「それで味方に死者が出たらどうするつもりだ! 実際ガソリンを被った兵だっていたらしいじゃないか! 火がちらりとでも落ちてきたら生きたまま火達磨だぞ!」

「おちつけ二人とも。グレタが来ておる」

「お?」

「ほ?」


 えっやめて、巻き込まないで欲しいんですけれど。ぎらっと向いた二人の目に、エーギルさんが遠くを見る。置いて行かないで! 待って! 私本当に戦場とか解んない小娘だから! 同じ永世中立国としてここは助け合いを、ってしまったスイス武装永世中立だー! こっちに来たら殺すマンだー! 助けとか望めなーい!

 えーとえーと、取り敢えず私は部屋に入ってドアを閉じる。この喧騒は傷病兵に聞かせちゃいけないものだ。不安を煽る。それから新しい情報を投入。苦笑いで誤魔化しつつ。怖い。怖いよおじーちゃんたち。


「援軍が移動式大砲とニトログリセリンから作った爆弾を持って来てくれるそうです。ガソリンの問題はそれで片付くかと。大砲も石弓と合わせて使えば大分の兵力になるでしょう。それを待つことが、現在出来ることかと思われます。どちらの武器も、一定の効果はあった。それで決着、しませんか?」

「むう……」


 アクセルさんが黙るとバルタザールさんも黙る。似た者同士だな。そして挟まれつつも私に話題を投げるエーギルさん、地味に強い。二人とは士官学校で一緒だったって言うから、慣れているんだろう、武器職人たちの俺強い合戦。慣れるのは良いけど投げないで。


「それにどっちも言い出しっぺは看護師さんじゃしの。わしらはそれに従って戦ったまでの事じゃろ。それで武功を云々言っても、旦那様に笑われるだけじゃぞ」


 余計な事言わなーい! クリストファー様だったらちゃんと称えてくれる! そう言う事には厭わない人!

 しょぼんとした武器職人二人は、それでもばばっと顔を上げて、ドアに向かって来る。ちょっと慄いてドアの前から退くと、


「気球の布地を集めて縫わせて来る!」

「石弓の軽量化を進めてくる!」


 ばたん! と二人は足並み揃えて出て行く。元気だなあ。思いながら私はエーギルさんを軽く睨む。ほっほ、と長い髭を撫でて、いたずらっこくその隻眼で私を見た。昨日は気付かなかったけれど、サファイアみたいな綺麗な薄いブルーの目をしていた。今日は調子が良くて大きく開いているのかな。打撲も凍傷も殆ど直りかけだったし、昨日は石弓バンバン使ってたらしいし。

 と、横の窓から兵を連れてどこかへ向かうクリストファー様が見えた。何だろう、と首を傾げると、ああ、とエーギルさんは頷く。


「わしの落とした竜から矢を回収に行くんじゃろう。他にも使えるものは使うために、武器拾いに行くんじゃよ。倒した竜の皮は剥いで繋げば良い鎧になる。今は下級兵と同じ拵えじゃが、すぐに凛々しい竜甲姿になるぞ、お前さんの旦那さん。時に看護師さん、あんた自身はクリストファー様をどう思っておるのかな?」


 ニヤニヤ意地悪な目でエーギルさんは訊いて来る。

 どうって、そうだなあ。

 意図的に考えないようにしていた事だけれど、考えないわけにはいかないよなあ。

 夫婦だし。形だけでも。今は戦友みたいな感じになっちゃってるけれど。


「良い人……かな?」

「ほ?」

「私の立てた幼稚な作戦も一考して取り入れてくれたし、看護師としても認めてくれているし。だから良い人かなって」

「自分の手柄とは考えないのかね。看護師さん」

「考えられないです。今の所は。ガソリンかぶっちゃった人がいるって聞いてゾッとしましたし。肺から熱が入るからすごく苦しいんですよ、焼死って」

「見たことがあるのかね」

「はい」

「神様も残酷じゃなあ。そんな経験すらしてきたお前さんを、また戦場に送り出すとは」

「私がクリストファー様に一目惚れした所為です。しいて言えばグレタの功罪かな」

「お前さんは、クリストファー様をどう見る?」

「だから良い人ですって」


 ふっふっふ、鼻で笑ってエーギルさんは私を見た。微笑ましさすら感じさせる目で。

 あーもう。面倒くさいや。


「私も少し休みます。エーギルさんも、夜通し戦ってたんですから、寝なきゃダメですよ。疲れは万病の素です」

「そうするかの。あの二人もしばらくは帰って来るまいて」

「追い出したように見えましたけれど」

「時間の無駄じゃからな。己の性分を果たさせるまでよ」


 ふぁ、と欠伸をして、エーギルさんは立ち上がり、ドアに向かって来た。

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