第11話

 魔族の来襲は翌々日の夜だった。向こうも疲弊しているのだろう、その夜は小規模の戦隊がいくつかに分かれて松明を掲げていた。やぐらは仮作り、石弓も試作品、気球は何とか一個と言う戦力に、予備役も合わせて約百人の兵。これが有利なのかそうじゃないのかは分からないけれど、一報が入れられた時の旦那様の顔の引き攣り方を見れば少なくはないのだろう。

 そう言えば魔王は不在だと言うけれどどうしているのだろう。異世界転生でもしているのかな、なんて馬鹿な事を考える。やぐらの材料を持って大八車に乗せて行く兵達を眺めながら、私はクリストファー様を見上げる。エーギルさんが石弓を持っていった。一人で担げる大きさになったんだ、あれ。そして大分臭う肥。我ながらもうちょっとマシな作戦はなかったのか。おぇっと声を漏らしている兵たちに、心の中で謝る。


「ご武運を、旦那様」

「ああ。精々足掻いてみる。次の時には王都から百人単位の援軍が来ているだろう。それまでここを持たせれば、俺達の勝ちだ」

「消耗戦なんて長くは続かないですものね、お互い」

「まったくだ」


 くっくっく、苦笑いになって喉を鳴らすクリストファー様は、いつもよりどこか心強げだった。私の考案した武器がそうしているのかもしれないし、昼にたっぷり寝て夜に慣らしておいたのが良かったのかもしれない。怪我も殆ど治っていて、もう血が滲むことはなさそうだった。鎖帷子も徹底して、これなら斬撃はほぼ無効だろう。

 腰回りも鎧で囲んであるけれど、鉄パンツとかないのかなあと真剣に考えたのは秘密だ。まあ身体が重くなっても動きづらいだけだから、その辺りは仕方ないとしよう。脚甲も手甲も付けている、でもゴブリンの一撃って言うのは結構なものらしいので、油断はできない。鈍器と鎧は相性が悪い。まだ暴れるだけのオーガの方がましだ。


 否。戦争にましも何も無いか。誰かが傷付き帰って来て、ある人は戻らないだろう。城詰になる私やアクセルさん、バルタザールさんやメイドさん達。みんなが戦争の参加者なのだ。こんなに気持ちの悪い事もない。私はただの看護師でいたかったけれど、作戦立案なんてしてしまったら、積極的に関わっているも同然なのだ。そうでなくても看護師として手当ての形ではあるけれど関連してしまっている。私も人殺しだ。魔族だけど。魔族だから死んでも良いって訳じゃないだろう。

 そもそも私は魔族が何なのか分かっていない所がある。グレタの知識も乏しい。人間ではなく、凶暴で、何度も他国と領地争いをしてきた連中、としか。この国――スーベンク王国と言うらしい――も、昔から何度も戦を仕掛けられてきたと。


 中でも中央から遠いこの辺境は、何度も攻められている。でも敵を通したことはない。いつも最高の司令官を投入しているからだ、と言われている。それが今代はクリストファー様だと思うと、ちょっとは誇らしい気分になった。でもそんなところに嫁ぐに、グレタの覚悟は浅かったと思う。確かに戦争はこの十年無かったらしいけれど、それも着々と準備を進めて来ていたからだろう。

 二年続いている戦線。状況は一進一退。そこに新たな兵器の投入。暗くても竜は解るだろう、その上にガソリンの入った樽をぶちまけて、火を落とす。問題は気球が竜の頭まで届くかどうか。石弓の範囲に入ってくれるかどうか。弾道計算なんて難しい事は知らないから、その辺りは兵たちの勘でどうにかしてもらうしかない。


 役立たずだなあ、私。言うだけの、言葉だけの、口先だけの役立たず。せめてシーツを変えて病室を整えて死人が出ないことを待つだけの。今日も着ているのは白いワンピースだ。血は付くだろうけれど、オキシドールでどうにかなるだろう。その意味では脱色されてしまう服は白が良い。汚れが目立たないのは紺色とかだろうけれど、結局血の跡は残る。


 白衣の天使してたからなあ、一応。戦闘服は白の方が落ち着くのかもしれない。そう、ここは戦場だ。まだ誰も運ばれてこないけれど、ここだって戦場になるんだ。おちおち見送っている暇はない。緊張しておかなければ。打撲には湿布。切り傷にはワセリン。綺麗な水は井戸から大量に汲み上げて置いてある。

 さあ、何でも来い。でも魔獣とかは止めてね。念のために置いてあるガソリンで焼いちゃうから。そしてそれは私たちにも諸刃の剣だから。風向きによっては火がこっちに飛ぶ。


 わあああっと鬨の声が上がり、両軍が衝突したのがここからでも分かる。奥様、と不安げに呼ばれてにっこり笑う。私が盛り立てて行かなければ、ここの戦意はすぐに落ちてしまうだろう。魔獣に魔族、竜にオーガにゴブリンに。私たちは近付けない。武器すらない。

 がらがらと大八車に乗せられた兵が二人運ばれてくる。

 さあ、私の戦争の始まりだ。

 私の戦場の始まりだ。


「二人は預かります、あなた達は戦線に戻って!」

「は、はい奥様!」


 鎧の胸を中心に殴られた痕。鎧を外して鎖帷子も外すと、おそらくだろう肋骨が折れているのが分かる。でも肺器官なんかは無事のようで、ぜーぜーと息をしていのが分かった。X線が無いのが煩わしいな、私はゆっくりその身体を起こして、湿布を張る。これだけで一か月二か月この兵は使えなくなる。まだ始まったばかりなのに。

 もう一人は火竜による火傷。ちょっと鎧が焦げていたけれど、溶けるほどじゃなかった様だ。場所は右手二の腕、こちらは水に漬けてまず応急手当をしてから薬を塗り、油紙越しにぐるぐると包帯を巻く。


 そうこうしている内にも兵士たちは運ばれてくる。私も医者もメイドさん達も、てんやわんやだ。コックなんかの貴重な男手には怪我人を運んでもらうけれど、何往復しても足りない。

 と、そこでバアンッと言う爆発音が響いた。夜空が一瞬明るくなるのを見て、そこに気球の影を見る。成功したんだ、よっしゃ、と一瞬喜んでから、また治療。深い切り傷。縫合をして血を留め、ワセリンを塗る。油紙で蓋をして、次。また鎧が割れている。鎖骨が折れているようだった。解放骨折にはなっていない。念のため用意していたゴムひもで両肩を後ろで8の字になるよう縛り、クラビクルバンドの代わりにする。ようは両側から肩を開くバンドだ。そして湿布を張って、また次。また次。また次。


 何度も空が光って、その度に私はそれが気球内での暴発でないか確認のために顔を上げる。大丈夫。でもそろそろガソリン弾が無いだろうから、撤退した方が良い。と、夜空からゆっくり下りてくる影が見えた。クリストファー様が気球の撤退を指示したのか、現場の兵士の判断かは分からないけれど、ジャストタイミングだ。

 石弓の方はどうだろう。エーギルさんは大丈夫だろうか。そっちは流石に音も聞こえないから軽症の兵に訊いてみる。


「すごいですよ、竜の羽の風圧ものともしないで鉄の矢が飛んで行ってました。やぐらも頑丈だったから、一発一発が力強くて」

「そう……良かった」

「あと空中からの爆撃は、あの竜が一撃で倒せるほどだったんで、すごかったです。奥様がご考案されたと伺いましたが、本当ですか?」

「私は言ってみただけで、運用している兵士の方が凄いのよ。たった二日で物にするとは思わなかった、両方とも。やぐらなんてそもそも訓練からして重い木材と鎧でひいひい言ってたのに、本番では緊張感が手伝っているんでしょうね……、それで、クリストファー様は?」

「前線で剣を振るっておられます。オーガを数体倒したところまでは、俺も見えていました」

「そう……良かった」


 私の発案は攻撃だけで、防備に関してはからきしだったから、そこは無事そうで良かった。


 夜通し戦いは続き、三分の一ほどは怪我をして帰って来て、エーギルさんに至っては無傷でやぐらを死守したらしかった。死亡は五人。少ない方だと言うし、老兵だったから体力が続かなかったのだろうと言われたけれど、自分の手が届かなかったことはやっぱり悔しかった。

 血まみれのワンピースをぎゅっと握って、私はクリストファー様が帰るのを待つ。

 馬に乗った彼は、剣を振り上げて勝利を宣言した。

 どうにか振り切れたみたいで良かった、と、私はここに来てやっとへたり込むことを許される。

 ――クリストファー様が無事で、本当に良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る